チョコレート色の郷愁

私は走っていた。菓子折りをもって、昔通った道を懸命に走った。
運転免許を持たない私は、以前の家に荷物を取りに行った帰り、友人の車に携帯を忘れたのだ。携帯は見事に充電切れで、PCからLINEで友人に連絡したときは、文明の進化に感動すら覚えた。と同時に、友人の番号すら忘れている私に悲しくもなったりした。

「○○分にここにいるよ」という時代に似合わない古風な待ち合わせ方をして、休日を棒に振ってお怒りの友人の奥さん…であり私の友人へお菓子を買った私は目的地へ向かってひた走っていたのだ。
待ち合わせ場所は「あの日夏祭りにいった公園のそばのトンネル」。あの日をぼんやり思い出しながら道を駆けると、沢山の懐かしい景色がそこにはあった。その中でも一番私の目を惹きつけたのは、お菓子工場だった。

「工場からチョコレートの匂いがしたら、次の日は雨が降る。」
そんな迷信のようなものに一喜一憂して毎日匂いを懸命に嗅いでいたのはいたのはいつのことだろうか。あのお菓子工場は、チャーリーのチョコレート工場だった。
あの頃は大きな家の柘榴の木にめがけて石を投げて数粒の赤い実を落とすこと、同じようにお寺のびわを狙って怒られたこと。小学校の隣の森にはお化け、工場側へ抜けるトンネルをくぐれば神隠しにあうと思っていたし、いつも鬼ごっこしている田んぼにはワニノコが住んでいるかもと思っていた。平気でマンションの3階から飛び降りたし、毎週末にゲームキューブでスマブラをして、残機99をかけて争う5時間ゲーム(おやつ休憩アリ)を飽きることなく続けた。
放課後の待ち合わせはいつも「家に帰ったらすぐ〇〇ん家集合」で、家を追い出されて寒空の中三色カラーのゲームボーイでポケモンやメダロットに興じたものだ。

時は過ぎ、気づけば夜の七時に帰宅したりすることも出て。神隠しのトンネルを怖がる私を友人と自転車の二人乗りをしながら抜けた。耳をすませば、ではないけれど、横座りをした私は頼もしくなった友人の背中に体を預けてひどく安堵したりした。
恋愛なんて概念は昔から私とは縁遠く。私はいつまでも異性の友人と青春を過ごした。カービィのエアライドでついに最後まで倒せなかったデデデ大王も、あれだけ遊んでもらえたら本望だろう。

それでも、周りは色気づいてくるもので。私の苦手な、いわゆる、「女子の輪」からはやれ〇〇と付き合ってるだの、××とつきあってるだの…
そうやって勝手に周りにはやしたてられながら、そんなに恋愛っていいものか?と過ごしていた日々が、景色と共にじんわりと私の心によみがえった。

いつからだろう。そんなノスタルジックな日々が変わってしまったのは。
高校に入り友人とは離れ、会うこともなくなり。めっきりお菓子工場を見ることは減った。大学に通うようになって電車から見たお菓子工場は大きなチョコレート(の看板)で埋め尽くされてしまった。甘い匂いを感じることもなくなってしまった。
それから何度か心を痛めて大学に行けなくなった時、友人の家にいったりもしたが、なぜだかぎくしゃくしてうまく話せなかった。


そういえばもう随分あの匂いは嗅いでいないな。
思いながら待ち合わせ場所についた。無論携帯は持っていないし、指定した時間にほんの少し遅れてしまった。彼は来ただろうか。連絡が取れないとこんなにドキドキしたっけ。
5分ほど冷たい風に打ち震えながら突っ立っていると、「悪い、寝坊した」なんて言いながら友人が現れた。昔もそうだったな、と私は笑った。

そして、自分を見た。やれ最低限の化粧をして、服を引きずらないように裾をつかんで、友人の機嫌を損ねないように菓子折りまでもって。
昔はコンプレックスの繋がり眉毛の手入れもしていなくて、髪も短ければ何でもよかった。服なんか毎日どろどろで、友人に気を遣うことなんてなかった。

私は友人と別れ、帰路についた。(少し遠回りして、お菓子工場の方へ行ってみよう、娘を迎えに行くならそんなに変わらないから。)と言い聞かせて、私は昔懐かしいところへ足を向けた。おばけの森の前を通って、鬼ごっこでぼっちゃんとはまってしまったワニノコの田んぼを抜けて、神隠しのトンネルの前に着いたころには、少し暗くなっていた。

体裁を気にせず、無邪気に遊んでいたあの頃。今はずっと背が伸びて、心にも下駄を履いてしまったのかな。今見えている大きなチョコレートは、きっと昔の私にも見えていたんじゃないか。ついぞ実現してしまったけれど、幼い私の目にはきっとキラキラ光るチョコレートが見えていたんじゃないだろうか。
もしかして、変わってしまったのは自分なのかもしれない。

そう思ったとき、ふと、あの匂いがした。チョコレートだ。
天気予報は明日は曇りのち晴れだといったけれど。それでも3月の穏やかで暖かい風に誘われてやってきたチョコレートの匂いを私はきっと忘れない。

「そんなに気ィ使わんでええんやで。」と彼が最近私に言ったのを思い出す。私は自分を目いっぱい高く見せすぎていたんだろう。旧友にくらい気を使わなくてもバチは当たらないはずだ、次会ったら目いっぱい文句言ってやろう、なんて思いながら。私はノスタルジーにひたり、ゆっくりと、しっかりと、娘のいるわが家へ歩き出した。
今でもふとした時に思う、子供心のように幼く、純粋な創造と想像。今は前を向くので必死でひとつだって取り出せないけれど、無くさないでいたいなと強く願った。
今度は大きくなったら娘にも教えてやろう。「チョコレートの匂いがする次の日は雨が降るんだよ。」と。娘はどんな顔をするんだろう。どんな想像をするんだろう。今から楽しみでならない。

明日雨が降りませんように、と心で願った。次に考えることは、きっと幼いころの私と同じだ。

「今日の晩御飯は何かな?」


私は娘の待つ温かい我が家へ走り出した。


精神病持ちの邦楽好きでゲーム好き。健忘有り。 文章を丁寧に書くよりもその場で思ったことを勢いで書いていきます。 主に音楽、ゲーム、日常(疾病)についてです。