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「ヴァイオレット・エヴァ―ガーデン」

本当にいまさらながらに、ヴァイオレット・エヴァ―ガーデンに乗りこみました。

①    ヴァイオレット・エヴァ―ガーデンについて
普遍的な、それでいて様々な愛の形に触れるヴァイオレットの心と他者との関わりの物語。
架空の世界の、架空の設定でも、登場人物たちが本気で感情が本物なら見る人の心は動くのです。「ラノベ系」と揶揄されても、その前提があればなんだって物語は心に刺さる。

わたしももう年を重ねてしまって、近頃のアニメーションの作画については詳しくありません。そして好まれる作風・流行りの作風のすべてに関心や共感を寄せることはできない。
ヴァイオレット・エヴァ―ガーデンがもはや情景を謳う文学。

いつも真実の言葉とともにある透き通るように美しい背景。
髪の毛の柔らかな先端。彼女たちをつつむふんわりとした衣装。
少佐の目と同じ色の「美しい」ペンダント。
やさしくまあるい作画に、忘れてしまいがちだが、物語の軸にはいつも戦争がある。
戦争の残す記憶に、笑顔にあふれる人々はみな傷を抱えている。

それを象徴するのが、ヴァイオレットの両手の義手。
鋼色に光る手は、人々の想いを文字に起こす美しい手であると同時に、殺戮を重ねた手、誰かを守るために血に染めねばならなかった手。

②    トラウマ
ヴァイオレットは「感情がない」というけれど、中盤ごろから「わたしの身体にはたくさんのやけどがありました」と話すようになる。
たくさんの愛に触れるうちに、自分もとても傷ついていたと気付き、そのトラウマに「やけど」という名前をつけた。
そして癒されようとも乗り越えようともすることなく、ただその感情を受け入れていくその過程が、ヴァイオレット・エヴァ―ガーデンという人間が生まれ直すような、そんな感想を持ちました。

碇シンジくんは自分の中にとじこもった。
竈門炭治郎は妹を守ることを使命に剣をふるった。
幸田実果子は髪の色と髪型を変えて、桜木花道は坊主にした。

ヴァイオレットは大それたことはしなくて、ただ自分の職務を全うする。誠実に他者と関わる。淡々としているようで実は感情的なヴァイオレットの「やけど」の受け入れ方は、現代のわたしたちにそっと寄り添ってくれる生き方のようにも思えました。

トラウマは身体の中にある。息をひそめてじっと攻撃の時を待っている。
わたしはトラウマについてそう考えています。
気付かないこともトラウマに傷つけられる要因になるし、気づいてからも更に傷つけられる。
本能と近いところで結びついていて、思考の働きかけだけではそこから逃れることはできない。
そんなトラウマとの付き合い方の一例を一人の生きた女性として表現してもらったような気持ちになる、ヴァイオレットのリアルな感情の動きを感じる選択をみせてもらえました。

③    ヴァイオレット・エヴァ―ガーデンが持つ意味と、持ってしまった意味
物語は悲しみにあふれる、それでも生きていく力を信じざるを得ない、静かな人間賛歌にも思える。
それだけで完成度の高い一つの文学として完結しています。

しかし。
ヴァイオレットの持つ悲しみと、制作会社である京都アニメーションを待つ悲しみ。
「焚書」、本が焼かれ始めると、次は人が焼かれるといったのは誰だったか…物理的な燃焼ではなく、創造という貴い心が焼かれる。

何重もの意味でより悲しい、いくつものトラウマの詰まった物語になってしまった。
この苦しみをどう受け止める?
この作品にそんな意味を背負わせなくてもいいのに。
当時からファンだった方の心を大きく傷つけたことは想像にたやすい。ご遺族・後遺症に苦しむ方の思いは想像を絶する。

それでも見る人の胸を打つ、確かな衝動をヴァイオレット・エヴァ―ガーデンは持っている。
ヴァイオレットの物語を通して創造は人々の胸に生き続ける。

すべての方々のご冥福をお祈りいたしますとともに、ご遺族の方への苦しみに寄り添う一文を添え、筆をおかせていただきます。

素晴らしい作品をありがとうございました。

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