北海学園文学会ウェブエッセイ①「寂しさと文学」

 心を風に乗せて。少しだけ遠くまで、旅をさせてみたいな。寂しさを感じたときは、いつもそう思います。

 何でもないところ。たとえば、住宅街のアンダーパスとか。閑散とした田舎町の、平成の色を残した歩道橋とか。そういう、なんでもないところまで。心を歩かせて、立ち止まらせて。しばらく座り込んで、眠りのない居眠りをさせて。時間を忘れた頃に、帰ってきてもらうのです。

 それでもきっと、心の寂しさは消えません。喜びはきっとあります。十分すぎる幸せと、退屈を抱えて。それでもやっぱり、寂しさは消えません。

 寂しさというのは、どうやっても消えないのだと思います。理由がなくても、ずっとそばにいてくれる。友達みたいで、ストーカーみたいで。憎たらしくて、かわいげのある。そういう存在なんです。多分。

 この「寂しい」という友達に、どうやって話しかければいいのでしょう。この「寂しい」というストーカーに、どうやって苦言を呈したらいいのでしょう。「寂しい」だけに限らず。言葉の通じない概念と、コミュニケーションってとれるのでしょうか。

 文学はそれを、たまに可能にしてくれます。ほんと、たまにです。今まで触れたこともなかった心の琴線が、文学によって強く押されたり、引っ張られたり、叩かれたりして。それがエネルギーになって。「寂しい」みたいな、言葉の通じないただの概念に、感性のバトンを渡してくれるのです。

 そういう瞬間に出会うために。そういう文学をみつけるために。僕はきっと、文学といっしょに生きているのだと思います。

 素敵な偶然に恵まれて、文学会は息を吹き返すことになりました。これからの文学会に、大切な「寂しい」と挨拶を交わせるような日があることを、心より祈ります。

ソブリテン

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?