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楽しすぎて草


「お前と喋るの楽しすぎて草ww」
久しぶりに会った友人は、僕にそう言ってきました。

語尾に「草」を付けるというのはネットスラングの一種で、要するに「(笑)」みたいなことです。
最近こいつはインターネットに入り浸っているらしく、ネットスラングを現実で使うイタいやつになっていたのです。


僕が「最近仕事どう?」と聞くと、
彼は「忙しすぎて草ww キツすぎて大草原ww」と言いました。

大草原というのは草の発展系で、要するに草よりもっと面白いみたいな意味です。
ネットスラングは得てしてこのようにどんどん派生していくのです。

「転職とか考えないの?」

「実は考えてて石ww
でもなかなかいいとこ見つからなくて岩ww
めんどくさすぎて木ww 」

石、岩、木…?
草からの派生としては少し不自然です。これは一体…。
僕は少し考え、ハッとしました。

こいつはもしかすると、語尾で人類の歴史、とりわけ日本人の足元の歴史を追っているのかもしれません。

人類の先祖は草原から始まり、石器時代にかけて石の加工を覚え、洞窟や石造りの家に住み始めます。そして縄文時代にかけて、木材を加工した住居を作り始めました。

僕は会話を続けます。

「良かったらどこか紹介しようか?」

「それはありがたすぎて田んぼww
是非紹介して欲しくて高床式倉庫ww」

やはりそうです!
縄文から弥生時代にかけて人類は稲作を覚え、収穫した穀物を高床式の倉庫に備蓄します。

僕は少しワクワクしながら話を続けます。

「じゃあ俺の会社来いよ!」

「それはコネ使ってるみたいで嫌で畳ww」

お、畳!
ということは一気に平安時代まで来たようです!

「大丈夫だって、みんな優しいから」

「そういう問題じゃなくて畳ww
それに業種も全然違くて畳ww
お前の会社だけはありえなくて畳ww」

いや、畳なが!
確かに畳は平安時代に使われるようになってから、室町時代、江戸時代、明治大正昭和と、ずっと床界のトップランナーですもんね。
日本の畳の歴史は深い。

僕は話を続けます。

「うーん、じゃあうちの子会社はどう?」

「いいわけなくて歩く歩道ww 」

1967年、大阪の阪急梅田駅に日本で最初の歩く歩道ができました。

「お前の子会社とか嫌に決まってて渋谷スクランブル交差点ww」

1973年、渋谷にあの有名なスクランブル交差点ができました。

「そもそもお前がいる時点で絶対無理で上空340メートルのガラス床ww」

2012年、東京スカイツリー完成。


こいつの語尾、勉強になるなぁ。
床系豆知識がどんどん増えていきます。

っていうか、今気づいたけど、こいつ現実の方でずっと僕に当たり強すぎないですか?僕の会社、僕がいる時点で無理とか言ってませんでした??

僕は怒って話を続けます。

「じゃあもう一人で探せよ!!」

「言われなくてもそうする予定で新物質ネポリスww
お前に相談したのが間違いで反重力物質ゾルドレイエスww
もう帰りたくて超四次元的宇宙マテリアル・剛(ゴウ)ww」


技術の進歩が楽しみです。
わかんないですけど、近い将来もう床という概念も無くなりそうです。

「もうお前となんか絶交だよ!!」

「こちらこそ、もうお前の顔なんか見たくなくて月ww」



それから世界はものすごいスピードで発展を遂げました。
約15年、彼とは絶縁状態でしたが、その日、久しぶりに彼から連絡がきました。
暑い夏の日の午後、僕らは月に最近オープンしたカフェで再会しました。

「久しぶりすぎて光ww」

光!すごい、この先人類はついに光の上に立つようです。
彼の口癖は、15年経った今でも変わっていませんでした。

「前のことは悪いと思ってて炎ww」

炎!?
炎の上を歩くのはちょっと熱そうだなぁ…。


にしても、今日は異常な暑さです。額から汗が止まりません。
何だか日差しもいつもよりずっと強い気がします。これは一体…。

僕は彼に聞きました。
「連絡くれたのは嬉しいんだけど、どうしてまたこんな暑い日に…」

そのとき、僕の言葉を遮るように、突然テレビから緊急速報が流れ始めました。


「皆様落ち着いて聞いてください!大量の隕石がこちらに向かってきています!このままでは月も地球も、木っ端微塵です!」


い、い、隕石!?
慌てて空を見ると確かに、つい数分前までは青かった空が真っ赤に染まり、点々と何かが近づいてきているのが確認できました。

周りの客達が大慌てで店から逃げるように飛び出して行きます。

しかし彼は至って落ち着いたままコーヒーを啜っていました。

「何してんだ!早く逃げよう!」

「無駄で炎ww
逃げ道なんてどこにもなくて炎ww
もう人類は終わりで、一面の炎!!」


彼の声に呼応するように、遠くで隕石が墜落し、ものすごい轟音とともにあたりは光に包まれました。そして瞬く間に一面の炎に覆われました。

一瞬のうちに建物が崩れ、人々の阿鼻叫喚で辺りは地獄絵図と化しました。

そして彼は、倒れた柱に足を挟まれ身動きが取れなくなっていました。

「もう、諦めた方がよくて灰ww」

僕は彼を助けようと必死で柱を動かそうとしますが、僕一人の力ではもうどうにもできません。僕の必死の叫び声も、彼にはもう届いていないようでした。

「久しぶりにお前と話せたの、楽しすぎて土ww」

灰、そして、土…。
地球はこの隕石によって、全てが焼き尽くされ灰になるとでもいうのでしょうか。
そしてやがて、全てが土に還るというのでしょうか。

そして…そのあとは…。

僕と彼を覆う黒い影が、次第にその半径を膨らましていきます。
彼が消え入るような声で言いました。


「もうお前と喋れないの、寂しすぎて草」




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