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タンブルウィード

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ーあらすじー これは道草の物語。露木陽菜(ツユキヒナ)は地元山形を離れ、仙台に引っ越してきて三年目。自宅とアルバイト先を行き来するだけの淡々とした日々を過ごしていた。ある日、誤…
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#喫茶店

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言葉がでないという感覚。目の前の風景に陽菜は茫然としていた。 変色した立ち入り禁止の立て札が隆起した泥の上に突き刺されている。 変わり果てたコラフは朽ち果てたままで目の前に立っていた。 記憶の中で最後に観た時よりも何処となく小さく縮んでしまったように思う。 小さく深呼吸をすると燃えた木々の匂いが未だに漂ってくるようだった。 通りを歩く人々の中、陽菜以外立ち止まる人は誰もいない。この場所にこの風景は当たり前になっていた。 ここに来る道中、取り壊しが進んで真っ更になった跡地を頭の

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地下鉄を降りて地上へ出る。 陽の落ちかけた歩道が一面茜色に染まっている。 通りを歩く人々の顔をなんとなく眺めて歩きながら、陽菜はあの雪の日の出来事を回想していた。 かじかんで真っ赤になった指先。 頭や肩に薄く積もって溶けた冷ややかな雪の感触。 白い息。夜の闇。 書き上げていた小説は、クボさんとミカミネさんの一件ですっかり頭から抜けてしまい結局お店に置いたまま、あの火事で焼けてしまった。 コラフを最後に出て帰りに立ち寄ったデビさんのコンビニで 一個だけ残っていた大きな豚まん

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おつかれさまぁー。 ノックをすることなく事務所へ入ってきた女性は、溜息の入り混じった声で挨拶をする。 背後の気配に反射的に顔を向けると、先に休憩を始めていた陽菜は、テーブル上におもむろに広げていた荷物を手早く目の前にまとめた。 おふかれふぁまれふ・・・ 残り一口にしては大きすぎたサンドイッチを咄嗟に口へ詰め込んだために、不恰好な挨拶を返してしまった。 両腕をぶらぶらとさせて気だるげに歩く彼女は陽菜の隣のパイプ椅子を引きずり寄せ、乱暴な音を立てながらドカッと腰を降ろした。 着

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「昔から、、姉さんは俺達みたいな出来損ないを気にかけてくれていたんです。」 大男は喉の奥からしぼりだすような声で、低く丁寧な速度で言った。 「…ミカミネ!!」 途端に黙っていたクボが口を開き、目を見開いて隣の大男を睨み付ける。 突飛な声に陽菜とタチバナくんは一瞬体を強張らせた。 ミカミネ。。男はそういう名前らしかった。 彼は一度軽くクボと目を合わせてから小さく頭を下げて見せた。 鉄砲を構えられて命乞いをする熊みたいな潤んだ目をしていた。 そこからなにかの意思を汲み取ったのか、

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陽菜は雪のついた前髪を指先で払った。 「クボさん、なんでここにいるんだろう。」 路地での予想外の状況に思わず口から言葉がこぼれる。 陽菜にとってコラフの前でクボを見かける状況というのは実に珍しかった。仕事の時以外、つまりここでは陽菜の様に何かしら別の用があった場合、クボはコラフにプライベートで立ち寄る事は一度も無かったからだ。 自らがシフトに組まれていない時に野暮で立ち寄ったという話も店長やタチバナ君から聴いた事が無かったし、陽菜自身が目にした事が無いだけかもしれないが、いず

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12月。 アルバイトを終えて帰宅した陽菜は、22度に設定したエアコンの風が流れる室内で今夜もノートに向かっていた。 壊れた電動ハブラシみたいな鈍い音が時折エアコンから鳴り響いている。 雑音の原因は不明だが、この部屋のエアコンは冬場に限って妙な排気音を出すのだ。 実際にはもう馴れたものなのだが、夜の静寂の中では際立って聴こえる雑音は集中力の妨げになる。陽菜は今夜もイヤホンを耳にペンを執っていた。 ノートに綴られたもののうち既にもう幾つかの小説は完成していて、短編集という形に落ち

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二週間後、中崎からのメッセージで地元新聞の朝刊の中に松島のGOISHIについての掲載がある事を知った陽菜は、普段買わない新聞の紙面を部屋で眺めていた。 コラフでのバイトから帰宅して中崎からそのメッセージを受けた時は既に夜も遅く、新聞はまだ残っているのかという不安を抱えながらコンビニに走ったところ、間一髪それらを撤去しようとしていたデビと店の前で鉢合わせた。 日本語能力試験や学校の授業でコンビニの夜勤を休んでいたデビとはしばらくぶりの再会ではあったが、彼は陽菜の顔をちゃんと覚え