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正解だらけのクルマ選び その18【ランチアY(イプシロン)②】

お台場に着くと、アルファロメオやフィアットに混じり、薄い*アズーリのメタリックのランチアYが佇んでいた。

一通り内装・外装をしげしげとみて回り、スタッフの兄さんから話を聞いた。このクルマ、中身こそフィアットプントと同じいわゆる兄弟車だが、エンジンチューンと内外装の仕上げを高級ブランドランチアが手がけたことで、お膝元のイタリアを始め、ヨーロッパの富裕層の主婦たちにバカ受けした。ランチアにとってはδ(デルタ)以来に大ヒットした小さな高級車である。旦那の持つマセラッティやメルセデスではヨーロッパの狭い市街地では取り回しにくい。かといって大衆的なフィアットやマイクラ(日本名マーチ)には乗りたくない、という欲求に見事に答えた。だから、そのスタイルも相まって妻の心を鷲掴みにしたのも無理はなく、実物を見て、触れて、ますますこのクルマを買おう!となった。

聞けば、コーンズという輸入代理店の目黒通り店にネイビーブルーのランチアYが一台飾ってあるという。帰り道の途中なので立ち寄ることを決め、向かった先は流石のコーンズ。フェラーリ、ベントレー、マセラッティといった超々高級車達が所狭しと詰め込まれていた。その店内の通りに面した一番目立つところに、Yはチョコンと置いてあった。一旦店の前に停車して覗いたあと、近くのパーキングにアルトバンを置いて伺った。

実物は見れば見るほどに美しい。少しグリーンがかった深みのあるネイビーのボディに明るいタンの内装。マイナーチェンジモデルはサイドモールがボディと同色になったり、フロントグリルがバンパーにめり込む形で大きくなったりと変更されていたが、これはこれでデザイナー*エンリコフミアの初期スケッチに近づいていて惚れ惚れする。内装も*アルカンターラを模したファブリックで、座り心地が秀逸だった。その7【ルノートゥインゴ】の際にもシートの出来の良さに触れたが、イタリアの高級車のそれはまた味付けが異なって面白い。

さて肝心な価格。車格は当時の日本車で言えばマーチやヴィッツといったBセグメントだから100〜150万円といった価格帯が相場。それが税や諸費用を込みで250万円…。なので車格的にも僕等にとっても正直言って高い。しかし、妻の目は完全にハートだ。そして、並行輸入車ゆえにタマ数が少なく、次に入る時期は未定な上にどのカラーになるかもわからないという。*カレイドスというフルカラーオーダーを選択する手もあったが、二人ともこの内・外装のカラーもとても気に入ったので、勢い、よし、これに決めよう。妻は満面の笑みだ。そして営業マンもニコニコだ。買い物に伴う多幸感は、貧乏時代の方が豊かだった気がする。僕等の暮らしであれ、戦後の日本であれ…。

さて、いざ購入となると難問もある。特にイタリア車は故障はつきものなのでサービスは重要だ。そこで日頃のメンテナンスを考慮して静岡のディーラーに卸してもらうことにした。紹介してもらったのは《イーグルオート》。ここで出会ったサービスマンの杉浦さんは僕のクルマライフには欠かせない人物だ。今は浜松でメルセデスのディーラーの店長さんをしている。何を買うかも大事だが、誰から買うかはきっともっと大切だと思う。実はこのイーグルオートは僕が教員初任者時代に何度か脚を運ばせてもらっていて、杉浦さんもルノートゥインゴで乗りつけた、若かりし僕のことを覚えてくれていた。件のなけなしの250万円を現金封筒で持っていって、貧乏症ゆえに、不慣れな駆け引きをしようとした時の彼の一言が忘れられない。

「山川さん、ランチアYというこのクルマの価値をこの価格が表しています。これ以上の値引きは致しませんので、その際はご購入は諦めて下さい」

色々と説明を聞いた後だったので、国産ディーラーによくあるような値引き交渉を持ち出したこと自体を僕は恥じた。勿論、納得して購入することになった。そう、僕等は小さな高級車ランチアY(イプシロン)のオーナーになるのだから。

結局、教員時代からの20代の貯金は、その後も含めてほぼほぼクルマに化けた。開業資金はその時にまたなんとかなるだろう。この時から、『若い時分に貯金なんてするもんじゃない』って思っている。老後に備えて…なんていうツマラナイ心配ごとのために20〜30代の貴重なお金を使わないでいる、という選択よりも、その時その瞬間に求める楽しいことやりたいことに投資した方が、人との出会いも含めて、よっぽど人生の肥やしになることが分かっているからだ。

僕等はその一つとして、このクルマを選んだ。そしてその通りに、ランチアYは人生に潤いを、豊かさを、僕らに連れて来てくれることになる。そんな、たくさんある思い出のいくつかを次は語ろう。つづく

*エンリコフミヤ…イタリアのデザイナー。ランチアYや916スパイダーをはじめ、いくつもの名車を生み出している。

*アルカンターラ…東レが開発した人工スエード。初めて自動車の内装に使ったのはイタリアで、残念ながら日本ではない。

*カレイドス…↓こんなにあったら選べません

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#コーンズ #ランチア #貯金 #エンリコフミヤ

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