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映画感想:プラットフォーム 世界 長江哀歌 山河ノスタルジア

 一月ほど前だろうか?NHKBSプレミアムでジャ・ジャンク―監督の映画「長江哀歌」が放送された。友人がそれを録画した。友人宅に遊びにいった時それを見せてもらった。一度目見ただけではそれほど面白いとも思わなかったが、何かひっかかるものを感じ、どうにも気になったので、数日後にもう一度見せてもらった。その時私は理解した、その映画が途方もなく美しいということを。

<以下ネタバレあり>








 美しい長江流域の風景の中で、人探しのために訪れた主人公が地元の人々と交流し、肉体労働に勤しみ、探し人がその地に帰ってくるのを待ちわびる。あらすじを言えばそういう話である。

 美しい自然、そして2千年の歴史を誇る古い街。古い街はやがてそこにできる途方もなく大きなダムの底に沈む運命である。街では建物の取り壊しが進む。主人公は探し人がかえってくるまでそこで建物の解体工事に従事する。時々不可解なSF的演出が混じる。主人公が立ち去る背景の空に光る未確認飛行物体が一瞬映る、女主人公の立ち去ったあとの背景に建つ塔が突然ロケットのように飛び立っていく。そういうシーンがあるから見ている方としても、背景の細かい部分まで「まだなにかあるんじゃないか」と気になってくる。じっくり画を集中してみることになる。うまい演出だと思う。

 映画の中で主人公が何度か初対面の人にたばこをプレゼントするシーンがあった。私の父の世代(1930年代生まれ)がやりそうな行為だと思った。
 ダムに沈みゆく古都の街並みはどれも古く懐かしい感じのするものだった。発展から取り残された地方都市の寂しさが充満していた。そこで暮らす人々も古くて田舎っぽくてどこか懐かしい。当然ながら同じアジア人の顔であっても日本人とは異なる雰囲気と振る舞いを備えた人々である。中国の田舎に住む人々はこのような感じなのだろうかと興味深かった。
 中国の田舎に住む人に対して失礼かもしれないが、夏目漱石の三四郎の冒頭部分で、主人公の三四郎が汽車の中で食べた弁当のガラを走る汽車の窓から外へ平然と投げ捨てるシーンをなんだか思い出した。発展とか近代化というものの陰でいつのまにか取り残された何物かがそこにあるような気がした。監督にとってこの映画で描かれる世界は子ども時代の懐かしい何かなのではないかと思った。

 あまりに「長江哀歌」が面白かったので、Amazonプライムで「世界」「山河ノスタルジア」「プラットフォーム」と同監督の作品をいくつか見た。制作順に並べ替えると「プラットフォーム」(2001)、「世界」(2004)、「長江哀歌」(2006)、「山河ノスタルジア」(2015)である。

 「プラットフォーム」では、80年代の中国の田舎町に閉じ込められた青年たちの慟哭が描かれていた。最後のシーンが印象的だった。女性主人公が愛おしそうに赤ん坊を抱く。母親と赤ん坊の愛らしいやり取りがある。男性主人公の夫はソファでうたた寝をしている。やがて夫はすっかり寝入ってしまう。そこに車の長く引くようなクラクションの音(?)が被さってくる。女性が抱く赤子はその後の経済発展著しい時代を生きていく世代である。その激動を予感させる演出なのだろうか?彼らはその大きな社会の変化の中で振り回されつつも、新しい文化を享受し、閉じ込められた父の世代とは比較にならない自由を手にするのだろう。
 そんな彼らが青年となった時代を描いた「世界」も決して明るい物語ではない。舞台となる北京は、「プラットフォーム」で田舎に閉じ込められた青年たちがあこがれた外の世界のはずだが、そこに生きる主人公たちも閉塞感に息が詰まるほどの思いをしている。「ここではないどこかへ」「今の自分とは違う自分へ」という思いを強く持ちながらも、偽物の世界(主人公が働くのは世界中の建物や名所を模した世界公園である)に閉じ込められている主人公たちが描かれている。
 それらに比べると「長江哀歌」は明るい作品なのかもしれない。朴訥な主人公の男性は悲しみをたたえるが、彼を覆う悲しみは、別れた妻とむすめへの愛情の悲しみである。男性はその思いに打ちひしがれることはなく、淡々と前に進み続ける。悩みや悲しみに立ち尽くすことはない。困ったようななさけないようなちょっと不満そうな顔つきをしてとにかく前に歩き続ける。そのような主人公のあり方は、「プラットフォーム」の一旦は故郷をトラックに乗って離れたが結局同じような寂れた地方を回っただけで故郷に舞い戻った青年たちとも、「世界」の中の偽物の世界(公園)で立ち尽くしている主人公たちとも違うものである。
 「山河ノスタルジア」はすでに中国が大いなる発展を遂げた後の物語である。主人公の女性はやはり故郷に閉じ込められているし、その幼馴染の異性の友人も時代に取り残されて、炭鉱仕事で体を壊し、故郷の田舎で若くして亡くなるが、主人公の女性の元夫は離婚後、息子を連れて香港へ、さらにオーストラリアへと出て行くことになる。その息子が、ルーツの中国とも、母親とも切り離された悩みを抱えることになるのではあるが。
 

 よく理解したとは到底言えないが、とにかくこの監督の映画は面白い。面白い面白い面白い、面白いの10乗面白い。

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