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世界の見方①:知覚世界(後編)

でもどのようにして生き物は「世界」を認識してきたのでしょうか。
地球上に最初に誕生した単細胞生物は、暗闇と無音の中で、外界の情報をほとんどキャッチできなかったはずです。
生命は長い時間をかけて外界の情報を得る感覚器を進化させてきました。
その中でも眼は特に複雑にできています。
こんな複雑なモノがどうやってできたのでしょう?

複雑な眼にいたる4つの段階
眼は電磁波を受け止める感覚器です。
ヒトはレンズ眼と呼ばれる複雑な眼を持っていますが、そこにいたるまで大きく4段階の進化のステップがあったと考えられています。

段階1:「明るい」か「暗い」かが分かる眼。
ヒトにとっては、あまり役に立たなさそうな情報に思えるかもしれませんが、他の生き物にとってはそうではありません。
太陽の紫外線が苦手な生き物にとっては、明るいか暗いかはまさに死ぬほど大事な情報で、太陽の光をキャッチしたら、光と反対の方向に逃げなくてはいけません。
比較的体の大きなウニも明暗視です。
ウニは体全体が眼の役割をしていると言われていますが、受け止める光の量によって水深を認知するとも言われています。

明暗視でも昼と夜の区別がつくため、体内時計の調整にも役立ちます。

段階2:光があたる方向が分かる眼
網膜をへこませることによって、どの視細胞に光が当たったのかが分かる眼になります。
視細胞に当たる光の流れを追うことによって、目の前の物体の動きも分かるようにもなります。

段階3:形が分かる眼
これはくぼみの底に視細胞を並べる、ピンホールカメラ型の眼です。
入り口を狭くして、光の入射を狭くする工夫がしてあります。
でも中では光が再度広がることから、網膜に映る光と影の分布から物体の形が分かるようになります。

段階4:解像度の高いレンズ眼
レンズによって光の焦点を作ることによって、タイプ3よりもよりはっきりと形の見える眼になります。

「眼」と「意識」は同じ時代に生まれた。
一番古い「眼」をもった生物の化石は5億4,100万年前のカンブリア紀と呼ばれる時代の地層から見つかっています。
この時代にはすでに解像度の高いレンズ眼を持っている生物が誕生していました。
三葉虫という生物は「複眼」と呼ばれるトンボのような眼で、たくさんのレンズ眼を集めたものでした。

この頃の生物はまだ陸には上がっておらず、海の中での話でした。

眼の登場は生命の歴史を一変させました。
それまでの生物は、嗅覚を頼りに生活をしていました。海中をただよう化学物質をキャッチしていたのです。体の構造も、小さくて柔らかい軟体生物が多くいました。
この頃の生き物の食事は、身近な微生物を食べるか、それとも死んだ生物の死骸を食べるかでした。

しかしカンブリア紀に入り、眼の誕生以降、見つかる化石の形態が大きく変わりました。
体の外を硬い殻で覆う生物が増えてきたのです。
生物の中に「食べる」「食べられる」の競争関係が出来たためです。
この競争は、生物は簡単に食べられないように体を硬い殻で守ったり、風景に溶け込むように表面を擬態したりと、様々なボディプランの発明につながりました。
そして三葉虫以外にも、急速に他の生物にも「眼」が広まっていくことになります。

意識の発生
また眼の誕生と同じ時代、神経細胞が束になった神経節をもつ生き物が誕生しました。これが後に複雑な意識を作る、脳へと進化していくと考えられています。そしてカンブリア紀時代には神経系の発展とともに、原始的な意識をもつ生物が誕生していたとも考えられます。
 
眼の誕生とともに、生き物が出会う情報量は格段に多くなりました。外敵の特徴や、交尾できる仲間の特徴、自分のエサになる生き物の特徴や、それらが残した痕跡などです。
それらを把握したり、一つ一つ学習していかなければなりません。
よく見えるということは、見える世界を認識する力も同時に要求されます(視覚先行説)。

単純な眼の時は、光があたれば条件反射で逃げれば良いだけでした。
でも受けとれる情報量が増えると、条件反射だけでは済まなくなります。
情報を統合して、世界を眺めるココロ(脳の意識)も必要になってくるのです。

ココロの発達は新しい世界像をつくりました。
物理的な世界とは別に感覚器を通してみる知覚世界です。

世界は揺れる
感覚器とそれを解釈する脳を進化させることで、生き物は自分なりの「世界」をつくってきました。でも、時には一度ものにした世界を捨てて、新しい現実を選ぶ場合もあります。

犬もそうですが、多くの哺乳類は「青」と「緑」の二色の色覚しかありません。
しかし同じ哺乳類の中でもヒトを含む霊長類の一部は光を「赤」「青」「緑」と見分けることができます。

この違いはどこから生まれたのでしょう?

ヒトも犬も同じ哺乳類で、系統(家系図)をたどっていくと同じご先祖様に辿り着きます。
そのご先祖様がいたのは、まだ恐竜が歩いていた頃のことです。
原始の哺乳類はネズミのような姿をしていて、3色の色覚がありました。
ですが、昼には大型の爬虫類のような天敵がいるため、夜行性を余儀なくされました。

夜に行動をすると、「赤」を見分ける必要がなくなります。
その結果、原始の哺乳類は赤を見分ける錐体細胞を無くしてしまいました。
その後哺乳類からもたくさんのグループが生まれますが、一部は猿のように樹上で生活するようになり果実食になりました。果実食になると「赤」色を見分けなければなりません。そうして、再度、赤色を見分けられるように錐体細胞を再度変化させて一部の霊長類は世界に赤色を取り戻したのです(諸説あります)。

それぞれの世界

私たちは目に赤いリンゴが映る時、外に赤いリンゴがあると思ってしまいます。
でも、実際は電磁波の反射をみて、脳で作り上げた仮想の光景をみているにすぎません。
 
私たちが普段している一番の勘違いは、感覚器でとらえて脳で合成した光景を、現実そのものであると錯覚してしまうことでしょう。
 
地球上の生き物が感じている世界は、長い進化の果てに辿り着いたその生き物だけの持ち物であり、そして感覚を持つ生き物の数だけ世界が存在しているのです。


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