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北へ(5)留萌の朝

留萌の旅館で朝を迎えた。外は冷え込み、マイナス13℃。
仕事で宿泊する人が多い旅館らしく、宿泊客が、スーツや作業着で出かけていく。僕はといえば、暖かい食堂で、のんびりと朝ごはんをいただいている。旅人の特権。

朝ごはんには、「宿のおかみさんのお話」がもれなくついてくる。留萌の街を愛する、おかみさん。

昔の留萌は、今では想像もつかないほどの繁栄ぶりだったという。旅館の向かいには、大きなホテル。ボウリング場に、映画館もあった。若き日のおかみさんは、2〜3時間待ってボウリングをしたとか。
そういえば「駅 STATION」でも、留萌の映画館にデートに行くシーンが出てきたなあ。賑やかな都会としての、留萌。

かつての賑わいを失っても、おかみさんは留萌の風景が大好きだという。
坂が多い街、坂を登り振り返ると見える海。荒れ狂う日も、穏やかな日も、海は日々いろんな表情を見せてくれる。
「人間と一緒だな、と思うんだよ」。

営業マン、建設業者、仕事で留萌を訪れるたくさんの人が、この旅館に泊まった。街は衰退し、今や宿泊客も多くはないが、おかみさんは変わらず泊まった人々を笑顔で送り出している。

おかみさんに見送られ、しばれる街へ散歩に出かける。
港へ。ニシン漁に加え、石炭の積み出し港としても栄えた留萌港。繁栄を今に伝える、石造りの倉庫が並ぶ。昨日積もった雪を、大きなブルドーザーが運んでいく。

坂を登ると、眼下に海が広がった。相変わらずの暗い雲だが、今日はどこか穏やかな日本海。人間のように、一夜明けて機嫌が少し、直ったかな。

「高級純喫茶」なる喫茶店に入って、体を温める。
最初は不調だったが、マスターが登場した瞬間に直ったレコード機で、昔の曲がかかる店内。ソファーに腰掛けて、ゆっくりコーヒーをいただく。
ハンチング帽をかぶった常連のおじさんが入店してくる。
静かで、穏やかな時間。

ボウリング場だった大きな建物を眺め、有樂トンネルという飲み屋街の跡を抜け、留萌駅へ。
国鉄のターミナルらしく、ずっしりと構える駅舎の中にある、そば屋台。名物のニシンそばを食べよう。

留萌の街から鉄道がなくなるなんて、かつての人は考えもしなかっただろう。この春迎える現実。
それでも、街は変わらずここにあり続ける。
おかみさんは言っていた。「みんな都会へ出ていくけれど、ここが一番だよ。空気はきれい。夏は過ごしやすいし、冬も家の中はストーブでポカポカ、ぜいたくしているよ」。

マイナス13℃の朝、かつての賑わいを失った留萌の街でも、旅館の朝ごはんで、温かいコーヒーで、駅のニシンそばで、かけがえのない「冬のぜいたく」を味わうことができた。
旅館へ戻り、最後におかみさんに挨拶を。夏に、また来ます。
好きな街が、また増えた。

乗り込んだ留萌本線のディーゼルカーは、ゆっくりと留萌を発った。旅は、さらに北へと続いていく。

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