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酒の国土佐に最強おばちゃん

四国生活も残りわずか。
高知県の山奥を、バスでめぐってみたいと思った。

伊野から北上し、旧吾北村で一泊。さらに山を越えて、仁淀川町へ。

渓谷美。急斜面に張り付くような家並み。展開の早いバスの車窓に"四国"を感じながら、越知町にたどり着いたのは土曜日の夕方。

昔はさぞ栄えたのであろう、今でもその名残を残しながらひっそりとしている旧街道沿いに、凛と建っている旅館が今夜の宿。
歴史あるステキな旅館、というのは、この時点での印象。

部屋のテレビでのんびり相撲を見た後(尊富士は湘南乃海を下し7連勝)、少しジョギングをした。
仁淀川は夕景の山々をバックに、大らかに流れている。

宿に戻り、食堂へ。
おかみさんが夕ご飯を用意してくれている。今夜の宿泊客は僕1人。
だが、なぜか僕の料理が並ぶテーブルのはす向かいには、宿泊客とも宿の人とも見えない謎のおばちゃんが座り、瓶ビールを飲んでいる。

「おー、食べなさい」 

誰なんだこの人は。

「どこから来た。香川か。まあ食べろ」

どうやらこの人は、おかみさんの飲み友達のようである。
僕が部屋で相撲を見ている間、おかみさんと一緒にここでビールを飲み続けていたらしい。
さすが酒の国・土佐。スタートが早い。
おかみさんも厨房から戻ってきて、僕が夕ご飯をいただく横で宴会は続いている。

おばちゃんは長く居酒屋をやっていたらしく、おかみさんとは商工会で一緒に街を盛り上げてきた同志なのだそうだ。
この人はいつも元気で、一緒にいると楽しいのよ、とおかみさん。
昔の思い出話から、最近の街のニュースまで。当然酒も回っており、同じ話を2〜3回繰り返すこともある。
僕もなすすべなく宴会に巻き込まれ、「おばちゃんが奢るから」ということでビールを一杯。

「あんたはええ顔をしておる。雰囲気がある。なかなかおる顔やない。なあ!」
顔に高評価をいただいたところで、僕は夕ご飯を食べ終わった。ごちそうさまでした。

「じゃあ歌おう、付いて来い」

思わぬ一言を残し、おばちゃんは宿の玄関を飛び出していった。付いて行くと、なんと宿の建物の右一角に洋風の扉が。スナック併設とは、気づかなかった。

おばちゃんはスナックの扉を開ける前に、日も暮れて人通りもまばらな、古い街道筋を眺めた。そして、ポツリとつぶやいた。

「この街も、こげん寂しくなってしもうたか・・・」

今日は、おばちゃんと一緒に歌おう!
僕はそう思った。旅の者らしく、楽しく。

おかみさんの息子が、スナックのマスター。
おばちゃんと、いつの間にか裏から回ってきたおかみさんと、ソファーに座った。

おばちゃんは年齢を感じさせない声量で、古いムード歌謡を歌う。全然わからない。
でも、楽しそう。
僕は十八番の島人ぬ宝とサザンで対抗する。
顔だけでなく、歌声も思わぬ高評価を受ける。

おばちゃんの知り合いの常連夫婦が現れ、スナックはさらなる活況を見せた。
僕が奥さんとカーペンターズを一緒に歌うと、おばちゃんから「英語のわけわからん歌、歌うな!」と猛ツッコミが入る。
少しシャイなおかみさんも、心地よく酔っ払いながら、そんなやりとりを楽しそうに聴いている。そして、街が賑わった時代の話を、少しだけ聞かせてくれた。
昔はこんなスナックが何軒もあったこと。若者が溢れて、みんなが朝まで飲み明かしていたこと。

翌日も旅は続くし、酒を飲む気もなかったのに、おばちゃんに巻き込まれ、遅くまで飲んで歌ってしまった。

おばちゃんはひとしきり場を盛り上げたところで、みんなの飲み代を全て支払い、タクシーで颯爽と去って行った。
スナック併設の最強旅館にて、僕は土佐最強のおばちゃんを見た。

翌朝。
「きのうは、楽しかったわね」
おかみさんは少し恥ずかしそうな笑顔で、僕を見送ってくれた。

酒屋の隣の隣に、また酒屋がある街並みに笑いながら、僕はバス停へと向かっていった。

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