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2023年11月5日

タテジマのユニフォームに身を包み、緊張の面持ちでホテルを出た僕と父に、道ゆくナニワの人々が声をかける。
「がんばってください!」「頼むで!」
無言で拳を握りながら、熱い視線を向けてくるおじいさんも。

2023日本シリーズ第7戦。オリックス3勝、阪神3勝。今日で全てが決まる。
前夜は完敗。勝つ自信がある、と言えば、嘘になる。

できることは全てしておきたい。梅田の神社にお参り。
社務所には、金色に輝く虎のお守りが。
「令和五年 勝運祈念」

神主さんが、我々の姿を見て言う。
「実は、私もこれから京セラドームへ行きます」

いつもならよく喋りやかましい虎党だが、この日京セラドームの入場門に並ぶ彼らは、とても静かだった。
見たこともないような熱戦の数々。今夜、その結末を目撃する。もう何も考えられず、言葉を失ってしまっている。

試合が始まった。
隣の席には、ちびっことそのお父さん。
その場にいる全員が、一球一球を目に焼き付けている。

今季苦しんだ青柳が、この大舞台で懸命に投げている。その姿を見ているだけで涙がとめどなく流れ、隣のちびっこに心配の眼差しを向けられる。

4回。ランナーを2人置き、打席にシェルドン・ノイジーが入る。

ノイジーは、半ばボール気味の低めの変化球を、すくい上げるように打った。
なぜか、その打球はゆっくりと飛んでいるように見えた。

そして、レフトスタンドに吸い込まれた。
全く信じられないが、僕の目には、確かにそう見えた。

ちびっこのお父さんと目が合った。口を開けて見つめ合う我々。
驚きすぎてどうしたら良いのか分からず、かなり長い間、見つめ合ってしまった。
まるで、運命の恋人に出会ったかのように。(?)
その間に、一振りで伝説となったノイジーは、ホームベースを踏んでいた。

信じられるか? 阪神が日本一になるなんて。
春先は好調でも、夏にはいつだって失速して、秋の球場は悲しみに包まれる。日本シリーズなんて、夢のまた夢。
今年もあかんかったな。でも、来年こそは優勝するんちゃうか〜?
そんな無責任な予想を言い合う秋だって、楽しかったのに。

9回、岩崎優が投じ、杉本が打ち上げたボールは、力なく落ちてくる。
そして、ノイジーのグラブに収まった。

阪神タイガースは、日本一になってしまった。
岡田監督は、五度宙を舞った。

後ろの席のおじさんが、泣きながらポツリと言った。
「なんか、さびしいな」

翌、月曜日の朝。
阪神電車梅田駅にこれでもかと貼られた「日本一」のポスター。
日本一記念スポーツ新聞セットを片手に出勤する、梅田のサラリーマン。
大きな喜びと、ほんの少しのさびしさをたたえて、僕たちは日常へと帰っていった。

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