憧れのコート

はじめてアルバイトをしたのは、高校1年生の秋だった。

その頃服は親に買ってもらっていたので、安く済ませるためもっぱらユニクロであった。
今でこそユニクロは流行りの形も多く、有名ブランドとのコラボなどおしゃれな服も増えたが、当時はとてもダサかったので私は太っている上にダサかった。
そしていつも冬は似合わない母のおさがりのダウンコートを着て、誰に威嚇するわけでもないのにさらに体を大きく見せていた。

私はずっとコートに憧れていた。
小学生の頃、友達が着ているベージュのダッフルコートや紺色のポンチョが心底羨ましかった。

高校生になりPコートやチェスターコートが流行り始め、私の憧れはますます加速した。

そんなある日、友達と街をウロウロしているとある服屋さんの店頭に立っているマネキンが着ていた赤いPコートに目が釘付けになった。

すかさず私は店内を見まわし、ラックにかかっているそのコートのところまで行って手に取った。
濃い目のはっきりとした赤色、大きすぎないすっきりとしたシルエット、取り外しできるファーの襟、ポケットの大きさに位置、ふわさらの生地の手触り、私がずっと憧れて頭の中で描き続けていた理想のコート。

それが目の前にある。私はそっと値札を見た。

「6000円か……」

高校一年生の私にはぱっと買えるものではなかった。
2か月分のお小遣いをはたかなくてはならない。そんなことはできなかった。

しかしどうしても欲しい。何が何でも欲しい。このコートが着たい。
私の意志は固かった。

アルバイトをしよう。

私はすぐにタウンワークを検索し、すぐにお給料が貰える派遣のアルバイトに応募した。

都会の駅ビルの上層階にある人材派遣の会社に、どきどきしながら面接に行った。

初めてのアルバイト先はある通販の倉庫だった。
もうすぐクリスマスシーズンということでギフトのカタログを荷物に入れるため、そのカタログを何枚かまとめてビニール袋に入れるという仕事内容だった。

コンクリートむき出しの倉庫には棚がたくさん並んでいて、その間に長机が6台並んでいた。この日に集められたのはちょうど6人、1人1台長机について現場の社員の人がカタログを5、6種類とビニール袋を分厚い束ごと並べ作業の説明をした。

説明を聞いたらあとはただひたすらに右から左へシュッシュッシュッとカタログを取ってビニール袋に入れていく。
誰一人しゃべることなく紙が擦れる音と倉庫にかかっていたクリスマスソングだけが響いていた。

単調な作業だが、私はいかに早くまとめて入れるかゲーム感覚で楽しんでいた。
ビニール袋はマチがなく積み上げられているためプレスされて開けにくかったが、研究し昼休憩の頃には6人の中で一番早く入れられるようになった。

コンクリートむき出しの倉庫はとても寒くて段ボールが多いため乾燥もひどかった。
1日8時間、お昼休憩後は4時間ノンストップでシュッシュッとカタログをまとめ続けた。

退勤後、体はすっかり冷え立ちっぱなしのせいで足はパンパンにむくみ、とても疲れていたが「これであのコートが買える」と私の心は熱かった。

1週間後、初めてのお給料を手にした私はさっそくその足で服屋さんに向かった。
赤いPコートは店内の一番よく見えるところにかかっていた。
試着をしてサイズを決め、ほかの商品には目もくれずにレジに向かう。

買えた。
ずっと憧れていたどうしても欲しかった6000円の赤いPコート。

言葉に表せないほど嬉しかった。
人生で一番煌めいていた喜びだった。
私はこの気持ちをきっと一生忘れない。

冬が来て私はそのコートを毎日着て登校した。
大切に汚さないように細心の注意を払った。

服の趣味が変わって出番が少なくなっても、このコートだけは売らずにメンテナンスにクリーニングに出し、虫に食われないようにカバーをかけて今でも大切に保管している。

高校を卒業したくさんアルバイトに励んだ私は、何のために働くのか何度もわからなくなった。

その度にこの赤いコートを眺めて思い出す。

もしお金に困って持っているものを手放さなくちゃいけなくなっても、この赤いPコートだけは絶対に持っていようと思う。

だから私が死んだら、このコートを着せて棺桶に入れてほしい。



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