杜 千尋

進行性難病の十年選手です。脚が効かず、眠られず、排便も大仕事の毎日に、自虐の度を深めて…

杜 千尋

進行性難病の十年選手です。脚が効かず、眠られず、排便も大仕事の毎日に、自虐の度を深めています。今は〈崖っぷちの亡霊〉をアイドルネームとしています。いろいろ書きます。自分が介護されているのでそんなことも書いています。病のため、持続力がないので辛いところです。

最近の記事

掌篇小説|『風の少女』

    けっきょく風は見えなかった。     さっちゃんから吹く風を     受けとめられなかった。     本当の君をみつけるって        約束したのに、ごめん。     いつか、その日はくるだろうか。                     From ヒロクン  中学校の卒業式の朝、ノートの切れ端に走り書きをして下駄箱に入れた。    帰り道、大津川緑道の桜の木で待ち合わせをした。彼女を待つしばらくの間、最近ボランティアの人たちの手で美しく整備された川の流れをぼん

    • 毎週ショートショートnote | 残り物には懺悔がある『妻は僕の唾液を嫌ってる』

      「あぁ、気もち悪い、口飲みはやめて」  頭蓋の中で妻、彩未の声が黄色くこだました。僕の想像だ。  結婚して三年、子どもも一歳六ヵ月。彩未は変わった。息子の雅之に夢中。赤ん坊の時はオッパイを飲ませ、今は抱きしめてキッスの嵐。夫の僕とは指先ひとつの触れ合いもない。  その夜遅く、のどが渇いて起き、冷蔵庫を開けた。グレープフルーツジュースの500㎖ペットボトルがあった。残り8センチ。  迷った。飲みたーい! しかし、ボトルのすべてを飲みほしては絶対にいけない。妻の大好物だ。少なくと

      • 毎週ショートショートnote|残り物には懺悔がある『癒し処 ざんげ』

           リハビリ長寿会の友だちから教わったども、傘寿をこえて、わしがやりてぇこたぁ、すべて叶えられる旅館ができた。    『癒し処 ざんげ』  食糧危機の時代にふさわしい宿だとか。食事は残り物の料理を再利用。衛生安全面には最大限の配慮がなされる。値段も程よくバランスがええ。  風呂は小せいくせに洒落た懴悔室が客室に付いてる。一畳ほどの空間で、男でも女でも好みの懺悔師を相手に、女ならではの辛さ、嫁入った時の鬼姑との戦いや涙から、自分の犯した悪さまで、みんなぶちまけられる。 「あん

        • 改めまして、フォローありがとうございます。

          取り急ぎ、この場をお借りして、フォローしていただいたお礼をさせていただきます。無手勝流の拙文に注目いただいただけで、うれしく、次の一歩、ワンフレーズへの励みになります。スキをくださった皆様にも、ありがとうの花で編んだリースを。

        掌篇小説|『風の少女』

        • 毎週ショートショートnote | 残り物には懺悔がある『妻は僕の唾液を嫌ってる』

        • 毎週ショートショートnote|残り物には懺悔がある『癒し処 ざんげ』

        • 改めまして、フォローありがとうございます。

          ときめき なぞめき ビザンチン |#毎週ショートショート

           1095年、ローマ教皇ウルバヌス2世様は、ビザンツ帝国の皇帝様から援軍要請を受けました。すぐに演説を行い「聖地エルサレムを異教徒イスラームから解放せよ」と呼びかけたのです。翌年から第1回の十字軍遠征が始まりました。  修道女だったんです、わたし。しかも美容師との二刀流。モテたんです、騎士や修道士から、めっちゃデートに誘われて。規律・戒律に厳しいサマンサ修道女総長は、修道院がジェンダー問題によって乱れるのを憂慮、男女交際マッチング・カードをお創りになりました。  司祭や修道女

          ときめき なぞめき ビザンチン |#毎週ショートショート

          懐かしい | シロクマ文芸部

                  なつかしい   「懐かしい場所だよ、このウクライナ軍用空港は」  大型の兵士輸送車に詰め込まれ、次の侵攻拠点へ向かう途中、誰かがそう言った。ロシア兵の汚れた迷彩服が、互いをつつき合い、風にそよぐ穂波のように揺れた。無言であったが、男たちの汗の臭いがひときわ強く立った。  あらためて窓外に目をやる。そう、二年前の2022年2月24日、わが軍がウクライナに侵攻した際、俺も作戦に参加したのだった。胸のうちが驟雨に洗われた。森の枝が、葉が、ざわざわと泣いた。敵兵だ

          懐かしい | シロクマ文芸部

          タンバリン湿原・症候群 | 毎週ショートショートnote

             WHOが「特定ウイルスとストレスが複合干渉すると6.8%の確率で感 情及び身体機能に異変をきたす」と発表した。Webを見た沢谷芽衣子は衝撃を受けた。その病状は打楽器タンバリンが体の中で「タタ、タンバ、バリンバ、リリン、リン」とリズミカルに鳴り渡り、手や足腰が勝手に踊りだす。  ビュラ化粧堂の美容部員、芽衣子は、この症状に悩まされていた。先ほども百貨店でお客様の顔に皺消しクリームを塗っていると「あら、指がタップダンスしてるわよ」とクレーム寸前の注意を受けた。  その夜もシ

          タンバリン湿原・症候群 | 毎週ショートショートnote

          誘惑銀杏|#毎週ショートショートnote

           憂鬱な毎日をどう生き延びていたのか覚えていない。37歳の誕生日も何の擦過なく過ぎた。川崎の小さな螺旋工場に臨時雇用。金魚鉢を逆さまにして暮らしていた。波型曲線の隙間から出入りして。地球に熱攻撃したような長っちりの夏が終わり、やっと秋。工場の近くに壊れかけた神社があって勤めの行き帰りに通れば鼻をチクチク刺す快感と恍惚。でも待て。気づいたのは工場の先輩に連れてってもらった小料理屋の女将さん自称34歳秋田の生まれとか。肌の白さに俺のカラダは綱引かれグリグリ負け勝負。裏の神社の公孫

          誘惑銀杏|#毎週ショートショートnote

           掌篇小説|シルバー・クリエイター~爺婆だって異化世界を構築する~

            俺は、平均年齢72 歳の爺婆集団『リハビリ・ジーバMKK』の一メンバーである。その基盤とするエリアは、松戸、鎌ケ谷、柏の三市、つまりM・K・Kというわけ。  脳梗塞、動脈硬化、心筋梗塞、脊柱管狭窄症、膠原病、パーキンソン病などにかかわり、現在、身体の動きがあんべえ悪い男女が、一所懸命、リハビリテーションに励んでいる。そんな爺さん、婆さんの溜まり場が、ここ【シルバーパーク桜咲き】だ。 〈note〉には〝クリエイター〟を名乗る、イキのいい男女が五万といて、うらやましい。だれも

           掌篇小説|シルバー・クリエイター~爺婆だって異化世界を構築する~

          あなた専属のリハビリ・シェフになりたい

          〈note〉でも、ぼくは、たびたび次の二項を唱えてきた。躰に麻痺或いは不具合のある進行性難病者たるぼくが、介護されてきた経験から導き出されたものだ。 ①リハビリ関ヶ原。 ②介護は格闘技である。 ①は、介護する側とされる側の緊張関係を、より鋭くとらえようと思ったからの謂いである。リハビリ指導を受ける際、被介護者も全面的に介護者に身を委ねる行為は、じぶんの自由を選び取りつつ生きる〈実存〉の在り方とはずれてくる。リハビリという卑近な行為にあっても、ジャン=ポール・サルトルのいうよ

          あなた専属のリハビリ・シェフになりたい

          連載 Fantasy Action 2『夢あわせ~理学療法戦士サリー~ 』

          理学療法士サリーは、オランダで思いがけずかつての弟子・相棒の小野田繁六と再会する。不思議な経過を経て、ふたりは新たな旅へ出ることとなるーー。 「まあ、繁六!」  サリーは瞳を輝かせ叫んだ。懐かしい顔であった。  サリーこと風巻紗里は、小野田繁六を忘れられようはずもなかった。七歳年下のクリクリとよく回る眼をした青年であった。その眼差しは世界へ向けられたおびただしい好奇心かと思えば、不意にはぐらかされ、諦念や絶望の吐露となったり、時には常識のほころびにユーモアの楔を打ちこんだ

          連載 Fantasy Action 2『夢あわせ~理学療法戦士サリー~ 』

          失くした日々をとり戻す

           ずっと遠くを見ていた。いつまでも見ていた。遠くの水平線のもっとずっと遠くを、いつまでも見ていた。飽きることはなかった。 ときおり帆船が通った。帆布は風をいっぱいにはらんで、もっと強く吹いたら、とうてい持ちちこたえられないだろう、ぼくにはそう思えた。その破裂は、この世の破滅を意味していた。  胸は防禦の要。中世の頃、世界のあちこちで、武士や騎士たちが十分な機能を誇る鎧、甲冑をまとい、大義を掲げ、戦場を駈けまわった。命の火を死守する麗しいデバイス。  一枚の頑丈な布がぼくたちを

          失くした日々をとり戻す

          【エッセイ】若い人に学び エールをおくり ことばをつなぐ

           ひとりの若い女性のキャリアアップが、私に「未来のためにできること」を考えさせた。  彼女は、私が週に一度通っているリハビリ施設の職員。今朝、送迎の車中で「今月いっぱいで退社するんです」と聞かされた。  喉の奥が小さく鳴った。  彼女の想いは察せられたが、何よりも私にとって、ささやかなサプライズ〟であった。  実は昨夜、夢あるいは幻覚の中で、それを予感していた。彼女と特別に近しい間柄にあったわけではない。  わたしは、学卒の介護福祉士が日本国内に何名いるか、などの統計数値を知

          【エッセイ】若い人に学び エールをおくり ことばをつなぐ

          リハビリ施設、フィクショナル劇場化へのクリエイティブ実例2

          p 単行本を出版する、という大ウソつきの〝矢立屋〟直次郎でござんす。皆様ご存じの通り、矢立屋とは江戸時代の瓦版の書き屋、つまり、聞やライターであります。 リハビリ施設の利用者の人生をモデルにして、それぞれにふさわしい歌を背景とした物語をクリエイトすることで、日常を劇場化する試みを想定しているが、さて、どこまで成果を上げられるでしょうか。  今回は、リハビリ施設に多い50代後半から80代までの身体不自由なご高齢男女に焦点を当て、大型イベント「単行本の」装丁の「モデル募集」とし

          リハビリ施設、フィクショナル劇場化へのクリエイティブ実例2

          【エッセイ】感触と触覚を織りなし、知のその先へ

           ないものねだりを生きてきたように思う。手もとに残る書きものをめくれば一目瞭然。  父さんが胸を患ったのち、自転車でアイスキャンディを売り歩いた昭和32年ころ、友達の投げた冷たい眼差しによる痛覚。夏休みの自由研究を忘れたとき教師が詰った、両親の怠慢。少年の涙は痛く痒い。心の薄皮をはがした。父が勤め先の金を使いこんだと、母さんはぼくの手をひき、大岡川の川べりを歩いた。運河の泥の匂いが鼻腔を疵つけた――。  人が言葉を覚えるように、生得的に分かってきていた。「世界の内に」ある限

          【エッセイ】感触と触覚を織りなし、知のその先へ

          【エッセイ】誤解の種を一つ一つ抓んでは口に含む

          「このところ自然観察に出かけなくて、楽そうだね」 「暑すぎて、人が集まらないの」 妻の趣味は自然観察。指導員でもあり、月に二回は出かける。子どもや老人に教えるため勉強は欠かせない。  レポート提出もある。パーキンソン病で動けない夫=私の世話さえも。『自分の時間なんて、これっぽっちもないわ』が口癖だ。 私は、うっかり口を滑らせた。「未来のためにできること、というSDGsに関わるエッセイをWebが募集している。千文字だから書けるかも」 「あんた、何もしてないし。独りじゃどこも行け

          【エッセイ】誤解の種を一つ一つ抓んでは口に含む