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毎週ショートショートnote | 残り物には懺悔がある『妻は僕の唾液を嫌ってる』

「あぁ、気もち悪い、口飲みはやめて」
 頭蓋の中で妻、彩未の声が黄色くこだました。僕の想像だ。
 結婚して三年、子どもも一歳六ヵ月。彩未は変わった。息子の雅之に夢中。赤ん坊の時はオッパイを飲ませ、今は抱きしめてキッスの嵐。夫の僕とは指先ひとつの触れ合いもない。
 その夜遅く、のどが渇いて起き、冷蔵庫を開けた。グレープフルーツジュースの500㎖ペットボトルがあった。残り8センチ。
 迷った。飲みたーい! しかし、ボトルのすべてを飲みほしては絶対にいけない。妻の大好物だ。少なくとも4センチは残さないと、赦されない。でも僕の心と体は、こんな時に限ってわけもわからず、グダグダ懺悔の空回り。
  結局、ペットボトルを注意深く4㎝ラッパ飲み。後悔が残った。
(僕は懴悔します。お許しください、神様、仏様。いや、彩未さま)
 唾液はボトルの口に付着し、中にも入る。パープルの液体には唾液がちょっぴり、唾液には懺悔がたっぷり、溶け込む。
 妻、彩未は、前者には気づくかもしれない。だが、後者に果たして気づくだろうか。


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