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心のブロックを外すとき

「幸せになってもいい」というタイトルで色々綴りましたが、なんだかひっかかりがありもう一歩、、という気持ちがありました。
カウンセリングを受けてから、過去の自分を振り返ることで認めてあげられると気づいてからは辛かったことにも向き合えるようになりました。

私は誰かと深い関係になることがとても怖かった。裏切られたり、捨てられるのではと思ってしまい、相手を信じきれなかった。

今、私と向き合ってくれている人の温もりを受け取ればいいじゃない、幸せになってもいいんだよと小さな私を抱きしめようとしていました。
小さな私は拒絶はしないのにトゲが溶けない…なぜだろう…
そんな気持ちでずっと抜け出せずにいました。

何があったのかなとここ最近は過去を振り返っていました。
こんなことあったな、どう思っていたかな、なんて。

そんな中、自分でかけていた呪いに気づかせてくれたのは恋人の存在でした。
目の前にいるのはとても大切で愛おしくて、命だって差し出せてしまうような大好きな人なのに、私はどこか踏み込めなくて孤独な感覚がありました。
私はこの人の隣にいてもいいのだろうか、と。

実は私、ステップファミリーとして成長し、天使のような子を持つ方とお付き合いをしています。
葛藤しながら、それでも2人の幸せをそばで願う存在でいたいと思いながら過ごしています。

この先どうなるんだろうなんて思いながら、心のどこかで私でなくても隣に立っていられるんだろうななんてブルーになる時があります。

そんな時に恋人から「いくらでも代わりがいると思われるかもしれないけど、あなた以外が自分の隣に立つことを望んでいない。」と言われました。

その瞬間、「私がいなければ」と思うきっかけとなったエピソードが走馬灯のように駆け抜けました。
私は、抱えていた怖さの目の前に突き出されたような感覚でした。

家族や友人、恋人、深い関係になった人とうまくいかずめちゃくちゃにしてしまう怖さを抱えていたが故に、「私がいなければ」「私が誰かと一緒にいたら不幸にしてしまう」と呪いをかけてしまっていたのです。楽しければ楽しいほど、「その時」が来るのが怖くて苦しくなっていたことに気がつきました。

それを、信じきれない、裏切られるのが怖いと相手のせいにして生きていたのです。

涙が出ました。苦しかった自分がそこに立っているのをやっと見つけました。小さな私は、ごめんなさいと泣いていました。

私は恋人のそばにいたくて仕方なかったんだ、と。初めて誰かの幸せを願える存在に出会えたのに、隣にいることが許されないのではないかと苦しかった。
こんな自分に愛される資格なんてないと思っていたんだな、と。
やっと見つけた居場所がなくなるのが怖かったんだ、と。

恋人は「そんなことないよ」と優しく抱きしめてくれました。

やっと、やっと、「大丈夫だよ」と私も抱きしめてあげられたような気がします。

私は、幸せになってもいいんだ。
もう呪いに縛られなくてもいいんだ。
居場所は目の前に存在しているんだ。

いろいろな気持ちが溢れて、恋人からもらった水で私の花瓶は満たされて、とても温かい気持ちになりました。

からからの砂漠のような心にたっぷり雨が降り注ぎ、ずっと奥の深いところまで水が染み込んでいく。

私はそんな人達のそばにいてもいいんだ。2人の幸せを願いながら、隣で笑っていてもいいんだ。

そう心から思えたエピソードでした。


いつもありがとう。大好きです。

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