見出し画像

あの日の西瓜(二人芝居)

※ 原案: 福本桜、つよし

  第一場 ひと気がない海沿いの廃墟

ーー 夜の海風を感じて。
ーー 夏美と亮介が、窓枠に並んで腰を下ろしている。(以後、この場面で、立ち上がる、座る、近づく、離れる等の動作は、演出に委ねる。)
ーー 花火が上がる。二人、それを見ている。

夏美 「また来たね」

ーー 亮介、黙って頷く。

夏美 「また会えて嬉しいよ、亮ちゃん」
亮介 「改って、照れるなー」
夏美 「だって」

ーー 夏美、手を亮介の方に伸ばすが、途中で引っ込める。

亮介 「夏美とここで花火見るの何回めだっけ?」
夏美 「数え切れないけど、もう80回近いかな」
亮介 「そっか」

ーー 亮介、振り向いて夏美の方へ近づき、手を伸ばすが、途中で引っ込める。

亮介 「会えて嬉しいけど、寂しくもあるね」
夏美 「そうだねえ」
亮介 「守れなくてごめん」
夏美 「ううん、ここで死ぬ瞬間まで、亮ちゃんに守られてるって感じがしたよ」
亮介 「あの日、俺も……隊のみんなもすぐに撃たれて死んじゃったけど」
夏美 「勝ち目のない戦だったよ」

ーー 間。

夏美 (からかう口調で、)「でもさ、こうして毎年慰霊の花火の日に会えるのは、やっぱりお互い未練が残ってる証拠?」
亮介 「よせよ、照れるだろ?」
夏美 「あ、図星だった?」
亮介 「だからあ!」
夏美 「ちょっと可愛いな」
亮介 「夏美!」

ーー 大きい花火が上がり、二人そちらを見る。

夏美 「こんな風にデートできる日が来るなんて、あの時は思わなかったなあ。嬉しい」
亮介 「この建物からは離れられないとしても?」
夏美 「だって一緒に花火が見られるんだよ?」
亮介 「触れられなくても?」
夏美 「ぼんやり亮ちゃんを感じられるだけでいい」
亮介 「日が昇ったらまた一年会えなくなるのも?」
夏美 「それはまあ……寂しいけど」

ーー 間。

夏美 「だって全然会えなかったし」
亮介 「まあ、俺は兵隊にいたし」
夏美 「私は女学校の寮生活。お互いの気持ちに気づいた時には、もう『自由』なんてなかった」
亮介 「一回だけ、非番の日に夏美の寮に忍び込んだんだよ」
夏美 「覚えてる!」
亮介 「こんな大きな西瓜抱えて」
夏美 「畑から盗んで来たって!もう信じられない」
亮介 「だってさあ」
夏美 「同じ部屋のアキちゃんに見つかって、そこからは『男がいる』ってキャーキャー大騒ぎ」
亮介 「寮長達に摘み出されて、えらい目にあったんだから」
夏美 「屈強な兵隊さんが形なしね」
亮介 「5人がかりじゃ敵わないよ。それにこっちが悪いのは分かってるから、暴れるわけにもいかんし」
夏美 「でも嬉しかった」
亮介 「あの時が、生きて会えた最後だったな」
夏美 「西瓜美味しかったな」
亮介 「くー、俺も食いたかったー」

ーー 二人笑う。

亮介 「この建物、ついに壊しちゃうんだって?」
夏美 「リゾートホテルかなんか建てるらしいよ」
亮介 「これだけ綺麗に花火が見えりゃあな」
夏美 「来年は会えるのかな」

ーー 亮介、黙って海を見つめる。

夏美 「岸の向こうは、ちょっとした屋台も出て、縁日みたいになってるらしいね」
亮介 「……俺たちさ、いい幽霊だと思うんだよ」
夏美 「いい幽霊?」
亮介 「だって誰にも迷惑かけてないだろ?」
夏美 「そりゃそうだけど」
亮介 「ほら、誰かに取り憑いたりしないだろ」

ーー 亮介、夏美の背後に周り込み、取り憑く仕草をする。

夏美 「やめてよ。霊とか苦手なの知ってるでしょ!」
亮介 「自分だって霊じゃん」
夏美 「それとこれは別!」
亮介 「あとさ、脅かして壺買わせたりしないだろ」
夏美 「壺?」
亮介 「最近流行ってんだよ」
夏美 「いい幽霊だから何?」
亮介 「一回ぐらい向こう岸に行ってもバチ当たらないかなって」
夏美 「できるの?そんなこと!」
亮介 「わからん。でも強く念じることはできる」
夏美 「考えもしなかった」
亮介 「死ぬ時強く念じてたから、こうして会えてるんだろ。二人で一緒に強く念じたら、一晩ぐらい普通に手を繋いでデートできるんじゃないかって。もっと近くで夏美を感じられるんじゃないかって」
夏美 「やってみる!」
亮介 「でもさ」
夏美 「ん?」
亮介 「そしたら未練がなくなって成仏しちゃうかもな」
夏美 「そっか」
亮介 「それでもいい?」

ーー 間。

夏美 「いいよ。だってもう生きてたってお互いお爺ちゃんとお婆ちゃんの年齢だよ」

ーー 二人、笑う。

亮介 「じゃあ、目を閉じて。次の花火を合図に、強く念じよう」

ーー 花火があがる。
ーー 暗転。

  第二場  縁日の会場

ーー 明転。(音響例:縁日のお囃子、人の歩く音)
ーー 亮介と夏美、顔を見合わせる。

夏美 「うおー、やったー!」
亮介 「めっちゃ人いる」(通行人がぶつかり、)「痛っ、ああ、すみません」

ーー 二人、顔を見合わせる。

亮介 「感覚がある」
夏美 「私達、見えてるんだ」

ーー 亮介、両手で夏美の両手を握る。

亮介 「あったかい……汗かいてる」
夏美 (手を離して、)「やだあ、恥ずかしい!」(言いながら、亮介の肩を叩く)
亮介 「うわ、いってえ」

ーー 二人、笑う。

亮介 「なんか腹減ってきた」
夏美 「そこに飴売ってるよ……五百円!」
亮介 「どんだけインフレした?」
夏美 「インフレ?」
亮介 「流行ってんだよ」
夏美 「お金ないよ」
亮介 (指差して、)「さっきぶつかってきた奴が、財布落としていったよ」

ーー 亮介、財布を拾って、お金を取り出す。自慢げに、夏美に見せびらかす。

夏美 「さすが元悪ガキ!どこがいい幽霊?」

ーー 亮介、飴屋に近づく。

亮介 (飴屋に、)「二つください」

ーー 亮介、夏美のところに戻り、飴を渡す。
ーー 二人、飴を舐める。

二人 「「甘い!」」

ーー 二人、笑う。

夏美 (指差して、)「あ、射的やろうよ」
亮介 「嫌だよ」
夏美 「どうして?」
亮介 「鉄砲はもう、十分撃ったから」
夏美 「……なんか、ごめんね」

ーー 亮介、黙って飴を舐める。

亮介 (夏美を振り返り、)「西瓜食いたい」
夏美 「西瓜割りたい」
亮介 「お、いいね!」

ーー 暗転。

  第三場 静かな砂浜

ーー 明転。
ーー 舞台袖から亮介が、西瓜を持って登場。夏美が、棒を持って続く。(以後、この場面での西瓜と棒の取扱いは、特段の記載のない場合、演出に委ねる。)

亮介 「めっちゃ重かった」
夏美 「あの日亮ちゃんが盗んだのより大きいんじゃない」
亮介 「物の重さってさ、こんな感じだったな」
夏美 「果肉が詰まってて、絶対美味しいよ」
亮介 「先に夏美な」
夏美 「いいの?」
亮介 「レイディースファーストよ」
夏美 「それはね、流行らないらしいよ」

ーー 亮介、夏美に目隠しをする。夏美の肩を持って三回回す。

亮介 「ほい」

ーー 夏美、棒を持って歩き出す。

亮介 「もうちょい前……右、行き過ぎ、気持ち左……あ、そこでいい」(※ 舞台上の位置関係に応じて柔軟に)

ーー 夏美、棒を振り下ろす。西瓜に当たる。

夏美 「当たった!」
亮介 「おお、穴空いた!」

ーー 亮介、夏美の目隠しを解いてやる。

夏美 「次、亮ちゃん!」
亮介 「おっしゃ!」

ーー 夏美、亮介に目隠しする。亮介の肩を持って三回回す。

夏美 「ほい」

ーー 亮介、歩き出す。

夏美 「もっとずっと前……右、もうちょい右……少し下がって、はい」

ーー 亮介、棒を振り下ろす。西瓜に当たる。

亮介 「やった!」
夏美 「もう一回いいよ」

ーー 亮介、もう一度棒を振り下ろす。

夏美 「おおおー!」(言いながら手を叩く)
亮介 「割れたの?」

ーー 夏美、亮介の目隠しを解く。

亮介 (割れた西瓜を見て、)「おおおー!」
夏美 「私、この砂がついてないとこ」
亮介 「俺この大きいの」

ーー 二人、西瓜を取って、食べる。

亮介 (感嘆して、)「うおおお」
夏美 (感嘆して、)「ああああ」

ーー 二人、味わって食べ続ける。

亮介 「やっと一緒に食えたね」
夏美 「なんか思い出しちゃった。あの日の西瓜」
亮介 (悔しそうに、)「俺が食い損った西瓜」
夏美 「元々盗んだもんじゃない」
亮介 「食っといてよく言うよ」

ーー 二人、笑う。

亮介 「泳ごう」(言いながら、舞台袖へ走る。)
夏美 「もう、待ってー」(追いかける)

ーー 暗転。

  第四場 静かな砂浜

ーー 明転。
ーー 二人、息を切らして、笑い合う。

夏美 「もうびしょ濡れだよ」
亮介 「気持ちいい」

ーー 亮介、来ているシャツを脱いで、夏美の頭上で絞る。

夏美 「きゃー、やめてよー」(言いながら、亮介を叩く)

ーー 二人、笑う。

夏美 「服が張り付いて、気持ち悪い」
亮介 「まあね。俺は生きてるって感じがする」
夏美 「ああ、生きてたんだね」

ーー にわか雨が降り出す。
ーー 二人、目を閉じて雨を感じる。

夏美 「雨のにおいがするよ」

ーー 亮介、夏美の手を握る。夏美、握り返す。
ーー 暗転。

  第五場 静かな砂浜

ーー 明転。
ーー 亮介と夏美、砂浜で手を繋いで座っている。

夏美 「東の空が燃えてる」
亮介 「肌に風が当たる感覚」
夏美 「亮ちゃんの手の力強さ」
亮介 「あそこから陽が昇ったら、もう……」
夏美 「なんだか感覚が薄くなっていく気がする」

ーー 亮介、たまりかねたように、夏美の肩、そして腕に触れる。
ーー 夏美、亮介の頬に触れ返す。

夏美 「亮ちゃん、ありがとう」
亮介 「こちらこそ、ありがとう」

ーー 間。

夏美 「横になってもいい?」

ーー 亮介、頷く。
ーー 二人、横になる。

亮介 「手を繋いでいたい」

ーー 二人、手を繋ぐ。

夏美 「あったかいね」
亮介 「汗かいてるね」
夏美 「うるさい」
亮介 「ドキドキしてる」
夏美 「ドキドキするから汗かくんだよ」
亮介 「生きてたんだね」
夏美 「生きるっていいね」
亮介 「うん」
夏美 「もっと生きていたかった」

ーー 徐々に明るくなり、鴎が鳴く。
ーー 暗転。

ーー 終 ーー

※ それぞれの場転箇所に明転、暗転以外の手法を使うことについて、演出に委ねる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?