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レーズンバター(モノローグ)

※ 欲しいものが手に入らない人の話。

ーー 騒がしいバーのカウンターで。

 あっ!みゆきはレーズンバター好きだったよね。

 うん、なかなか置いてあるバーないからね。

 (頷いて、バーテンダーに、)レーズンバターください。

 (みゆきに、)あのさ、ありがとう。

 何に?って……うーん。

ーー 間。

 言葉は浮かんだけど、言いたくない……俺ってさ、こんなに言葉飲み込む人だったっけ?

 そうだよね!どっちかって言うとさ、思ったまま何でも口に出して、みゆきは呆れてたよね。そうだそうだ!

ーー 酒に口をつける。
ーー レーズンバターを受け取る。

 (みゆきに、)あー、クラッカーついてないね。

 そのままでも美味しいよ!あ、でも、そうだよね。クラッカーにレーズンバター塗って食べるのが好きなんだもんね。

 (バーテンダーに、)すみません。(反応がないので、声を張り、)すみませーん!

 あの、すみません、クラッカーありますか?

 ないんですか?あの、お通しで出てきたやつで良いです。クラッカーにガーリックペースト塗ってるやつ。

 そうです、そのクラッカー何枚かください。

 4枚で良いです。はい、面倒なこと言ってすみません。

 (みゆきに、)やっぱり、クラッカーあった方がいいもんね……あ、そうだ、覚えてる?初めて会った日。英会話喫茶で意気投合してさ、そのあとバーに行ったよね。それから付き合ってさ……昔話は嫌だね。その時、レーズンバター好きだって。レーズンバターとクラッカー。背徳感がたまらないって!すごいカロリーだもんね。

ーー 酒を飲む。

 みゆき。さっき飲み込んだ言葉なんだけどさ。

 え?ほら、ありがとうって言ったじゃん。うん。なんでありがとうかって話。陳腐だから言いたくなかったんだけど、影響を与えてくれてありがとう。

 あ、だから言いたくなかったんだよ。言わなくて良かったよ。いや、言ったのほんと失敗。マジごめん。

 違う違う。何が言いたかったかって言うとさ、俺、みゆきと居るときしかレーズンバター食わないんだよ。うん、この方が言いたかったニュアンスに近い。みゆきとしか食わない。だって初めて食ったの、あの日のバーでだし……うん、みゆきとしか食ったことない。

ーー クラッカーを受け取る。

 (不機嫌になってバーテンダーに、)あの、そうじゃなくて!……いや、やっぱり良いです。

 (みゆきに、)ガーリックペースト塗って出て来ちゃったね。これじゃ、全部ガーリック味になるもんね。

 大丈夫、俺が全部食うから。うん。

 (バーテンダーに、)あの、クラッカーにガーリックペースト塗らないで出してもらえますか?

 ええ、ガーリックペーストを塗らないで。レーズンバターと一緒に食べたいんで。

 塗らないでお願いします。

 はい、200円で良いです。

 (みゆきに、)だからさ、ほんとありがとう。今日久しぶりに会ってくれたのも。

ーー ガーリックペーストを受け取る。

 (バーテンダーに、)いや、ガーリックペーストだけ出て来ても。確かに塗られてない。塗られてないけど。クラッカーに塗られてないけど。そのクラッカーが……。

 『なんすか』ってなんすか?

 え、そんな怒られることですか?いや、クラッカーが欲しかったんです!何も塗られてないクラッカーが。

 だから4枚!ほんとお願いしますよ。

ーー 微笑んでみゆきの方を見る。
ーー みゆきが不機嫌そうにしているのを察し、微笑むのをやめる。

 (みゆきに、)え、なになに?

 酔ってないよ。ごめん、お店の人に横柄な態度だった?

 そんな……いや、ただ嫌だったんだよ。さっき偉そうにされたから、嫌だったんだよ。向こうこそ酔ってたじゃん!

 そんな!でもそういう風に見えるんだね。悲しいな。

ーー 間。

 ねえ、好きだったよね、お互い……今どう思ってるの?

 うん、そうだよね。友達だよね。それ以上の何かは?

 だよね。消えちゃう瞬間があったんだよね……残念だね。

ーー クラッカーを受け取る。

 え?あ、そう?駅まで送るよ。

 (溜め息をついて、)食べるよ。クラッカーいっぱい貰っちゃったからね……じゃあ、気をつけて。

 うん、お互いに。

ーー みゆきを見送る。
ーー レーズンバターをクラッカーに塗って食べる。

 レーズンバター、やっぱ甘いね。

ーー 終 ーー

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