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真っ直ぐの道(モノローグ)

※ 帰りたくない人の話

ーー タクシーの車中で。酒に酔っている。

 えーっとですねー、大学通りってわかります?そこ入って貰いたいんですけど。

 そうそう、四丁目の交差点。

 左にお願いします。

 じゃあ、そうしてください。

ーー 間。

 最近のタクシーって、なんだかやけに静かですね。

 ほら、昔は無線の音なんかずっとしてたじゃないですか。

 そうそう!

 あー、今アプリでね。

ーー 間。

 あのー、ラジオつけてもらえますか?うーっすら……運転手さんの好きなので。

 あー、そうなんですか。じゃあ今流れてるので……もう少し音絞って。あ、ちょうどいいです。ありがとう。運転手さん、九州でしょう?

 あー、宮崎ね。わかりますよー。私は埼玉ですけど、佐賀に親戚が何人かいるんです。みんな寡黙ですけど、いい人達。ずーっと会ってないなー。なんだか運転手さんの訛り聞いてると思い出して……あ、もしかして気にされてました?すみません。どうもこう、余計なこと言うタチなもんで。

ーー 外を見る。

 今日は割と人出ありましたね。少し降ったからどうかと思いましたけど。

 そうですか!よかったですね。そういや他の運転手さんが、晴れてて途中から降るのが一番お客が多いって……。

 うん、そうです、そこの交差点入って。

 あー、しばらく真っ直ぐでいいですよ。メーターぐんぐん上がりますね、この時間、ははっ。

 うん、少ーしだけね。いやー、7時くらいから飲み出したから、少しでもないかなー。元々鉄鋼の営業やってたんでね、若い頃は毎日のようにお客さんとか同僚と朝まで飲んでましたけどね。明け方にタクシー乗ると、よく演歌の番組流れてて……あ、いいですよ、探さなくて。
 でも最近は次の日のこと考えて、ウーロン茶とか織り交ぜて。ソフトドリンクなのに一杯500円とか払っちゃうんだから、勿体ないですよねー。それでもその場に居たいんだから……。

 もっぱら一人でですよ、関連会社に移ってからは。同僚ったって周り若い人ばっかですし、仕事中もみんな黙々と……いやね、私の行きつけには、大体おんなじように誰かと話したくて飲みに来てる人がいるんです。

 うーん、いっぱい話すこともあれば、ひと言ふた言話して、ただ黙って飲んでることもありますね。つまんなくなったら、他にハシゴして。その場だけの関係性を楽しむっていうか。気楽です。たまーに、女の人なんかと話すと、嬉しいですよね、へへっ。運転手さんも強そうですね。

 そうなんですか?宮崎のイメージに引きずられてたかもわかりませんね。ご家族居ます?

 そうなんですか。いい人そうだから、トモ……ダチとまでいかなくても、今度飲んでみたい、なーんて思ったんですけど、夜中運転する仕事ですもんね。

 いや、ほんの冗談です。ミラー越しに見てるとあんまり表情変わりませんけど、やっぱりどこか目が優しい感じしますね。ははっ。

 まだ、ずっと真っ直ぐで。

ーー 間。

 ただね、もう飲みには行きたくないって自分もいるんです。本当はそっちですね。

 そりゃあ体は辛いし、帰って洗濯機も回せないし、何よりお金がかかりますよ。じゃあせめて歩いて帰れって話ですね、ははっ。

 まあ会社変わって給料は減りましたけどね、娘の養育費は終わりましたから。この間、別れた女房がせめてもって、写真送って来てね。私に似なくて良かったですよ、ほんと。
 (溜め息で)はーあ。なんだか、飲んでる時楽しいんだけど、帰り道にね、ふと、こうね。泣きたいような、馬鹿馬鹿しくて笑っちゃいたいような、そんな気持ちになりますね。
 でも不思議なもんでね、一晩寝て仕事行って、大した仕事はないんですけど、夕方くらいになると、どの店行こうかなー、最近あそこは行ってないから顔出しとかなきゃなって、考えちゃうんですよね。あーでも、もう飲みに行きたくないかもな。
 運転手さん、やっぱり九州の人だね。黙ーって、ちゃんと話聞いてくれて。

 え、もう、突き当たりですか?あの、うち、交差点曲がってすぐのところだったんで、そこまで戻って貰ってもいいですか?

ーー 終 ーー

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