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〆【P5】STORY LOG 4:A story of a summer day.④(6月)

※③からの続きです。
ゲームの二次小説です。ノーマルですが、二次に抵抗の無い方のみお読み下さい。

ゲームをやってなくても、たぶん読めますが、前の①②③の話を読んでいないと、何だかわけがわからないこと受け合いです。お暇潰しに、①と②と③もどうぞ。

ゲーム本編のネタバレなし。
設定はアニメ寄りです。


◆買い物して、地下潜って、バトルする話です◆

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


暗い。
赤い光を帯びた巨大な地下鉄。

周囲には薄ぼんやりと靄がかかり、壁の至るところに、まるで血管を模したような赤い鉄管が走っていた。
どこまでも続くさびれた線路。
はっきりした光を返して来ない照明。
時折、遠くで列車の走る音がする。
数度だけ目にした、ホームを走る、内側から赤い光を放つ列車。
ぼんやりとした黒いヒトガタの影が、周囲に無関心に、けれど、どこか規則正しく列車を乗り降りしているのを見た。

ここは「地下鉄」の姿をしているが、全く別の世界。
「メメントス」と呼ばれる世界。

まるで出口の無い洞窟の中のような。
闇の底に沈められ、迷い込んだような。
先が見えない暗い暗い暗いトンネル。
一種、異様な雰囲気を醸し出していた。
地下に潜れば潜るほど、その異様さは増していく。


「メメントス」の入口。
無人の改札ロの前に彼らはいた。

「お、来た来た。こっちこっち!」

改札機に腰掛けていた竜司が、手を振る。その前に立っていた杏も振り返り、首を傾げるようにして話しかけてきた。

「大丈夫だった?蓮。
やっぱ違う場所から入ると、同じところには出ないんだね」

「……みたいだな。現実世界の構造に、この世界は重なってるらしいから、一応、入口の場所はわかったけど」

杏に応えていると、竜司が大袈裟にため息をついた。

「しっかしさー、このカッコ、どうよ? も一大分慣れてきたけどさ。相変わらず、仮装っぽいって一か、何て一か」

彼らも自分も、今は高校の制服姿ではない。
仮装のようにも見える衣装。
いわゆる『怪盗服』を着ていた。

自分は、顔に白地に黒い目の縁取りのドミノマスク。体には黒いロングコートと黒い上下の衣服。全身真っ黒な衣装の中、手袋だけが真紅。
竜司は、髑髏の面に、背中に骨を模した飾りのついた黒いジャケットと黒いパンツ、首に赤いスカーフ、手袋は黄色。
杏は、猫の面に、全身真っ赤なボディスーツ。背面には、細い尻尾を模した飾りが付いている。
祐介は、白い狐の面に、青紫の忍装束と白いブーツ。腰には尻尾を模した白い毛の飾りがついている。

「てか、おまえらの場合、もはや『仮面』っつ一か『お面』だけどな」

竜司が、杏と祐介の衣装を見ながら呟く。

「それ言わない。仮面とか、この派手な衣装? ようやく何とか、見慣れてきたんだから!」

「そうか? オレはこの面、能楽の面のようで、気に入ってるんだがな」

杏と祐介がそれぞれの感想を言う。
うむうむと頷きながら、モルガナが会話に入ってきた。

「仕方ないだろ。ここ──『メメントス』は『集合的無意識』の世界。
ワガハイたちはそこに勝手に入ってきた侵入者──、つまり奴らの聖域を犯す『賊』だ。
この世界の『敵』、『異物』として見られてるんだから、『賊』イメージの服を着せられちまうのは、仕方ない」

衣装は、自分の意志で着替えているわけではない。
この精神世界に侵入し、そこを作った「住人」たちに「敵」と見なされると、自動的に切り替わる。
「賊」のイメージがそのまま、自分たちに被せられている。

「言っとくけど、『賊とはこういうもの=賊らしい衣装を着てるイメージ』で、この世界では、怪盗服に変化させられるけど、衣装そのものデザインはおまえらの感性、センスだからな?
これは、おまえらの抗う心の現れ、『反逆の意志』のイメージの現れだ。
もっと言えば、この歪んだ世界の『洗脳』に反発する『意志のカ』。
その服は鎧代わりだ。それを身に纏っているからこそ、洗脳されずに済む」

「はあ? ぜんっぜん意味わかんね」

は一っ、とモルガナがため息をつく。

当のモルガナも、姿が変化していた。
顔半分を覆う黒いマスクに、首に黄色いスカーフを巻いている。
ただ、モルガナだけは特殊で、衣装が変わるだけでなく、二本足で立つ『ニ等身の猫のぬいぐるみのような姿』に変化していた。身長は自分の腰ほどもない。
見た目は、遊園地にでもいそうな、マスコットキャラクターのようで、大きな目と愛らしい顔をしている。

「……もういいや。何回言ってもおまえ、わかんねーし。
ただ、ユースケも新たに加わったことだし、一応、簡単にレクチャーしとくぞ。
この一般の人間の無意識が集まった、『集合的無意識』の世界を、ワガハイは『メメントス』と呼んでる。
で、ここには、意識化には上ってこない、抑圧された人格やら、欲望が吹き溜まっていて、この世界をウロウロしていると、それを具現化した……イメージって言えばいいのか? イメージした悪魔……、『シャドウ』が現れる」

「あー。前言ってた、『みんなの無意識がくっついてる世界』だっけか?みんなの欲望が一緒くたとか、気色悪ィよな」

「そうだ、リュージ。さすがにそれは覚えてたか」

「んだよ。バカにすんな。おまえ、言葉がちょいちょい上から目線なんだよ」

「……で、この『メメントス』に収まりきれないほどの『巨大な欲望を持った人間』が、『一人で作り上げた歪んだ精神世界』っていうのが『パレス』だ。
『メメントス』のパワーアップ版みたいなもんだな。
でも、『パレス』を持つ人間は稀だ。
大体の人間の欲望は、この『メメントス』内に収まってる。
で。
サイトに書き込み依頼のあった人間の……『メメントス』に居る程度の、歪んだ欲望の『改心』なら、名前さえ分かればいい。『パレス』侵入の時みたいに、細かな情報は集めなくてもいい。
ただ、この『メメントス』というのも厄介で、地下がどのくらいの深さがあるのか、見当もつかないけどな」

サイト、というのは三島の作ったネットサイトのことだ。
悩み相談サイトの体で「改心」して欲しい人間の依頼を募集している。
その中で、深刻そうなものを選び、メンバー全員の同意が得られたもの……全会一致した案件のみ「改心」 を実行する。
情報がガセかどうかは、実際に精神世界に潜ってみれば分かることだ。

モルガナが言ったように、強い「歪み」を持つ者は、この世界に「悪魔化した分身」=「心の影(シャドウ)」が出現するからだ。
それらの「歪んだ精神体」に対して、説得を試みたり、話が通じない時は実力行使で叩きのめしたりして、物理的に対処し、「改心」する。

ネットに書き込まれる内容は様々で、ストーカー、いじめ、家庭内暴力、虐待、ネグレクト、詐欺、窃盗、etc。
ストレス発散の書き込みから、切迫した悲鳴じみた書き込みまで、多岐に渡る。

……ただし、「パレス」クラスの巨大な欲望を持つ悪党は、そもそも説得自体を受け付けない。
だから、歪みを生み出すきっかけになった心の核・「オタカラ」そのものを盗み出し、パレス主の本人の心から切り離す。

病気の原因となった「腫瘍」を本人から切り離し、正常な体に戻すように。

すると、歪んだ欲望から切り離された人間は我に返り、後に残った、正常な心が生み出す「良心の呵責」……「心の痛み」から、自分の犯した罪を告白せずにはいられなくなる。

欲望にまみれ、麻痺していた「心」を正常化させ、数々の悪行を行ってきた人間に「人の痛みを思い知らせる」。

……これが自分たちが行っている、「改心」と呼んでいるものの仕組みだ。

「ワガハイたちは、この世界では圧倒的に不利だ。
ここは彼らの『陣地』で、彼らの思想が都合よく具現化した世界。
敵に正面から当たれば、必ず先制を取られる。
戦いが避けられないなら、常に相手の背後を取って、奇襲をかけること。
でないと、大勢に取り囲まれて一網打尽だ。
油断しない、容赦しないが鉄則。
ここの敵は『心の影』だが、この世界に侵入しているおまえらは生身だからな。
ここでの敗北は、即、死を意味する」

「オイ、モルガナ、あんま脅かすな」

「おどかしてないぞ、リュージ。全部ホントのことだ。あ。でも、ワガハイ、アン殿は、いざとなったら死ぬ気で守るからな!そこは大丈夫だ」

「おまえってやつは……」

「うるせーぞ、リュージ。レディを守るのは紳士の当然の務めだろうが」

「いや、モルガナ、あたし、自分の身は自分で守れるから!」

ピシ!と断ち切るように杏が割り込むと、モルガナがガクッと肩を落とした。

「そ、そうか。さすがはアン殿。
それで、だな。今日はめぼしいターゲットもいないし、ユースケも入ったばかりだし。
探索がてら、戦闘訓練を行おうと思う。
いつもだったら、ワガハイが車に化けて探索するところだが、今回は『パレス』と同じように足で行く。
カバーの練習とシャドウへの奇襲訓練も兼ねてな。当面の目標は、とりあえず、行ける最下層まで潜入すること。
あ。あと、ワガハイ、今回は戦闘に参加しない。少し離れた位置から、おまえらの動きを観察、支援する役に徹する。
なに、おまえらが強くなれば問題ない話だ」

さらっと告げるが、なかなかハードだ。
そして、「猫はバスに化けることができる」という「大衆に広まっている認知」を利用して、ボックスカーに変身する能力があるモルガナは、やっぱりただ者ではないと思う。

「ホント、簡単に言ってくれるよなァ」

頭を掻きながら、竜司がこちらを見るので、肩をすくめた。

「まあ、やるしかない」

「よく思うけど、レンレンって意外と前向きだよな。まー、自分で決めたことだし、しゃーねーか」

「そうだよ、竜司。あたしたちがやらないと、他にこんなこと出来る人いないんだもん。頑張らないと!
でも、それで………正攻法や普通のやり方じゃ、救えない誰かが、救えるんだよ」

「オレがおまえらに救われたようにな」

杏、祐介と続けて会話に加わる。
竜司がああ……、と呟いた。
杏が静かな声で続ける。

「そりゃ、ね、自分で頑張って道を切り開くのが一番いいと思うけど。
でも、そうできない状況とか、しがらみとか……、ひどい目にあって弱りきって、もう『助けて』さえも言えなくなってる人だって、絶対いる。
そんな人たちを助けられるなら、あたし、しんどくても頑張れるよ。 ね、蓮っ」

杏が他意のない笑みを浮かべて、こちらを見る。異論はないので黙って頷いた。

ぼんやりと、彼女の笑みは暗闇の中の、光のようだと思う。明るいカに満ちた。

ひとを、救うカ。

「………そうか。そうだよな。これって、そのためのカかもしんないんだよな。んじゃ、いっちょ、ヒーローやってやっか!
あ。そういや、蓮。祐介の武器って決まったのか?」

自分の横に立っていた祐介が黙って模造刀をかざす。
ギターケースはロッカーに預けてきた。

「うわ、長げー刀。帰り、持って帰るの気をつけろよ。これ、ふつーにジュート一ホーなんとかってやつじゃねーの」

「ん? これは実物は玩具だろう。セーフではないのか?」

「いやぁ、どう見ても黒か、黒に近いグレーだろ。そこそこ武器として使えそーだし」

「オイ、おまえら。おしゃべりしてないで、そろそろ中入るぞ!」

モルガナの一声で、全員が動き出す。


こちらの世界では、身に纏うペルソナ……自分の側に現れる「異形」の影響もあって、身体能力が上がるのか、体が妙に軽い。
「認知」の世界でもあるため、心の持ち方一つで、カの強さも変わる。

この「メメントス」を探索するのは、モルガナの記憶の謎を探るのもそうだが、いずれ来る「パレス」戦に備えて、戦闘技術を上げる訓練の意味合いも持つ。

「向こうの道の曲がり角にシャドウ発見」

物陰に隠れて、モルガナが低く呟いた。
赤黒い溶岩を塗り固めたような、巨大なゴーレムの形をしたシャドウが見える。
顔や体のあちこちには黒い仮面が張り付いていて、見た目はかなり気味が悪い。

「よし、間合いだ。奇襲かけるぞ。気合い入れてけ」

合図と共に、地面を強く蹴る。
身につけたコートの裾がバタバタと翻り、次の瞬間、宙に舞った。

敵が振り向く前に──その肩に飛び乗り──黒い仮面に手をかける。

「正体を見せろ」

カ任せに引き剥がし、地面に投げ捨てる。そこから「中身」が飛び出す前に、跳び退いた。

ゴーレムの中から赤黒い液体が溢れ、封じ込められていた「悪魔」が次々と飛び出してくる。
見終わる前に、ハンドガンの引き金を引いた。2発速射。
同時に2回撃つのは、1発外しても2発目が当たる可能性があるのと、……あるいは、ダメ押しでトドメを刺す意味も込めて。
それがヒットすれば連射、外せば変更。それ以上の無駄弾は撃たない。
鈍い音が耳に返り、手応えがあったので連射する。
薬莢が飛び、硝煙が上がる。

元はオモチャの銃。弾の入ってないただのモデルガンだ。薬莢なんて出るはずがない。
けれど、これが「本物だ」と、敵に一度でも「認識」されれば、それは本物の武器になる。

ここはそういう世界だ。

「敵五体! でかした、ジョーカー!一体ダウン!」

モルガナが声を投げる。
二体めも同じように狙いをつけ、引き金を引く。

「…………ッ」

瞬間、右肩がビキッと痛みを訴えた。
構わず2発撃つ。
弾は、液状の体の敵の上を流れ、横滑りするように外側に逸れた。

「下がって、ジョーカー!!」

杏の声が飛び、反射的に後ろに退いた。

「踊れ、『カルメン』!!」

轟音と共に、真っ赤な猛火が吹き上がり粘着な敵を一気に燃やす。
杏の周囲に青白い光が集まり、彼女の分身である赤いドレスを纏った女性型の異形が猛威を奮う。

「さすがアン殿!二体めダウン!」

「しゃっ!ぶっ込め!!『キッド』」

間髪入れずに、竜司が他の敵にトドメを刺しにかかる。彼の背後に現れた、海賊のような衣装を纏った骸骨の異形が吼える。ほぼ同時に雷鳴が響き、雷光の刃が敵を貫いた。

「やったな、スカル!三体めダウン!残り二体!」

モルガナの檄が飛び、祐介が刀を抜く。白光りする刃が奇妙に美しかった。

「ジョーカー!気に入ったぞ。この刀」

どこかうっとりしたように言うと、そのまま刀を敵に振るう。
鋭い一撃が、敵の深部を抉ったらしく、クリティカルヒットを出した。
四体めがダウンする。
返す刃で五体めに斬り付けようとするが、今度はかわされる。敵は慌てて宙空に逃げようとした。

逃がすものか。

「食らえ」

青白い光が目の前を覆い、背後から、どす黒い無数の刃が現れる。刃は敵を追尾するように襲い、串刺しにしていく。召喚した悪魔の、ペルソナの呪殺能力だ。
逃げようとした敵をそのまま地面に引きずり落とし、ダウンさせた。

「よし!たたみかけろ!!」

モルガナの声を合図に、全員で攻撃を仕掛ける。

「…………ッ、」

一瞬、右腕が痺れた。
痛みが邪魔。肝心な時に役に立たない体に、思わず舌打ちする。
右が使い物にならないなら左だ。
銃を左手に持ち変え、右手で軽く支えると、真っ直ぐ構えて連射した。壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ。
激しい閃光と明滅。
何かの破裂音と黒い煙。
敵の殲滅を確認!

「待てジョーカー後ろっ!援軍だ!!!」

反射的に右に避けた。左頬がビッと切れ、血が飛ぶ。真横を青白い斬撃が走り抜ける。

すぐ背後にヒトガタの怪物。
振り向き様に腹を蹴り飛ばした。くぐもった呻き声と体勢の崩れ。足を浮かせた所に弾丸を連続で撃ち込む。この至近距離。外さない。容赦なく撃ち込みながら、どんどん敵に近づいて行く。反撃する暇は与えない。殲滅する。一つめの薬莢が地面に落ちる間に引き金を引き続けた。
弾切れ。
銃から手を離す。
とん、と地面を軽く蹴り、腰に差した短剣を手にすると、
一気に相手の懐に入り込んだ。

「俺を殺す気なら、ちゃんと頭狙えよ」

薄い刃をひらめかせ、敵の顎の下、硬殻の隙間に滑り込ませる。カを込め、一気に貫いた。そのまま引き抜くと、血を浴びる前にバックステップする。
瞬間。
怪物は突如、爆発するような音を立て、黒い煙となってその場から消滅した。

あの時───、
化物を相手に戦うと決めたのだ。
簡単には引き下がらない。
歪んだ欲望の化身なんかに、殺されてやらない。

「頭撃ち抜いても、死なないかもしれないけどな」

自然、ロの端が上がる。
恐怖と、恐怖から脱した高揚感がないまぜになった気持ちで、……面白いわけでもないのに、なぜか笑いそうになる。

ああ。違う。

胸の奥で、あの赤い異形が笑っているのだ。
黒い大きな翼を持った赤い異形。
あいつはいつも自由で楽しそうだ。
危機すら逆境すら、賭けの一つとして楽しめる。
それが、自分の意志を通すため必要なことなら。
たとえ、自分の死を目の前にしても。
何にも縛られず──、

不敵に笑う。
あれはそういう存在。

────。


「ジョーカー!!大丈夫か!?」

竜司がバタバタと走り寄ってくる。
どうやら彼は爆風で遠くに吹っ飛ばされていたらしく、埃まみれになっていた。
周囲を見回すと全員同様の状態だったが、誰も怪我をしている様子はなかった。
怪我人がいなくて、少しホッとする。

「問題ない」

頬が少し切れた程度だ。探索に支障はない。
血を拭って竜司の方に振り向くと、彼は少し訝しげな表情をした。

「……ジョーカー…………、………蓮?」

「え? 何?」

「コラ!スカル、名前出すなっ!
ここは敵地。『誰かの無意識』が常にうろついてる世界なんだぞ。誰が聞いてるか、わからない。情報は極力外に出すな。元の世界にどういう影響が出るかわからないんだ。用心しとけ!」

すかさず、モルガナが注意した。
竜司は一瞬黙って、バン、と背中を叩く。相変わらずの馬鹿力。

「……や、何でもねぇよ。次行こうぜ、次!」


────。

しばらく探索が続き、細い道に入る。
片膝をついて、通路の様子を伺うために、曲がり角からそっと顔を出した。
その上から、竜司がにょっと顔を出す。

「うあー、何だあそこ、シャドウがうじゃうじゃいんなー」

ひょっと杏も、自分の隣りから顔を出す。

「でもあれ、全部倒さなきゃ、特訓になんないんでしょ?」

さっとモルガナが、両手を自分の肩にかけて、よじよじと身を乗り出し、(癖なのか、この姿でもモルガナは時々、肩の上に乗ってこようとする)、杏の言葉を引き取った。

「そうだぞ。パンサーの言う通り。今のおまえらに必要なのは、とにかく場数を踏むことだ」

一番上から、ぬっと祐介が顔を出す。

「それより、オレはこの世界にいると創作意欲が沸く。できるだけ長く留まりたいな」

モルガナが、はぁ、とため息をついた。

「何か……フォックスだけ目的変わってるな」

今回の目的は、今行ける範囲での最下層にたどり着くことだ。
そこに行くまで、たった3人で、全部の敵をまともに相手にしてると、さすがにきつい。体力より先に精神カが尽きてしまう。異形……悪魔を呼び出すには、常に精神カを消耗する。
少人数で、できる限り「最下層に行く」のが目的。そのためには、カの温存が必要。だったら───、

「………カを貰うか」

真紅の手袋をはめ直しながら呟くと、モルガナが頷いた。

「お。それもアリだな、ジョーカー。
倒すだけが能じゃない。軍資金もろもろ、頂戴していこうぜ」

敵との相性や強さにもよるが、「交渉」できる悪魔もいる。
この世界にいるのは、歪んで悪魔化した人間の影──シャドウだけでなく、歪みに惹かれて寄ってきただけで、いつの間にかこの世界に囚われ、自分を見失ってしまった影──悪魔もいる。

モルガナが言うには、彼らと会話し、真名を、「自分が何者か」を思い出させることができれば、彼らをこの世界の洗脳──呪縛から解放することができる。
そうすれば、こちらをただ敵視するばかりではなく、手を貸してくれることもある。

「会話する? とはどういうことだ?
あいつらはいつも、問答無用で襲ってくるじゃないか」

祐介が首を傾げる。

「よし、じゃあ、フォックスに見本を見せてやろう。行くぞ、ジョーカー。どいつの相手をするかはおまえの勘に任せる。──おまえなら『わかる』だろう?」

モルガナが先導するのに付いて、交渉しやすそうな敵を探した。
じっと目を凝らすと青白い靄のようなオーラがうっすらと漂っているのが見える。

ああ。だったら、あいつがいい。


───数分後。

「Hold up!!」

杏が高らかに宣言し、全員で銃を構えると、敵を取り囲んだ。
一戦を交え、殲滅寸前の敵は降参の旗を上げている。
命を助ける代わりに、カを貸すことを要求した。

『チッ。仕方ねえな。
まあ、そもそもオレ、何でおまえと戦ってんのか、わかんねーし。
………ん? 本当に何でオレ、おまえと戦ってんだ?』

因縁もないのに、戦う理由はない。
それはこの世界の「外敵は排除せよ」という意思に囚われ、洗脳されているせいだ。
そこまで会話が進めば、大体は皆、「自分の名前」を思い出す。
そこで興味を持たれれば、仲間になってくれる。

『いいぜ。この先、面白いもん見せてくれんなら、おまえに付き合ってやる。
何しろ、オレはおまえ、おまえはオレだからな。おまえの心の中に棲んでてやるよ』

そう呟くと、悪魔は笑い、姿が青白く光る。呼応するように、自分の目の前が──つけている仮面が、青白く光り、そこに悪魔が吸収される。

「………………」

一瞬の目眩のようなもの。

「──なるほど、実力行使か」

祐介が納得したように呟いた。
モルガナがうんうんと頷く。

「そうだ、フォックス。そもそも、相手は悪魔だぜ? 最初っから、こっちの話なんか聞く耳持たね一。だから、実力で黙らせて、交渉に入るんだよ。
手を貸してくれる奴もいれば、道具や金をくれる奴もいる」

「ふむ。人間など意に介さず、か。なかなか手間のかかる手順だな。しかし、あの悪魔、れ……、ジョーカーの仮面に吸収されたように見えたが、あれは一体何だ?」

「知らん。だが、今のところ問題ない。
ジョーカーの特殊能力だよ。こいつは吸収した悪魔を、自分のペルソナとして使役することができる。普通、ペルソナは一人の人間に一つなんだけどな。理由はよくわからない」

「……色々教えてやるとか言っといて、肝心なとこは曖昧なネコだよ」

モルガナの言に、竜司が肩をすくめた。

「うるせえ!いちいち猫ゆーな!!」

「も一、二人とも、ケンカしないの!」

杏が仲裁に割って入る。

「……ジョーカー、おまえはその……、そんなものを吸収して、大丈夫なのか?」

祐介がこちらに視線を投げる。
うーん、と首を傾げた。
正確に言うと、吸収しているのは自分がつけている「仮面」であって、自分自身の体にではない。
そして、今のところ、特に支障はない。
支障がないのでそのままやっている。

「ムダだぜ、フォックス。こいつ、自分のことにはとことん鈍いからな。今もホラ、何でそんなこと聞くのかって、すげー不思議そーな顔してんだろ。そういうとこ、そーと一ボケてんから」

竜司がため息をついた。
だから、大丈夫だって、と言おうとして、
どくん、と一音、心臓が鳴った。
徐々に大きく聞こえてくる、心音。

あ。
ヤバイ、と思った。

悪魔を吸収したせいじゃない。
これは「あちら側」に呼ばれる前兆だ。
魂を丸ごと、根元から引っ張られる感覚。

むしろ、自分にとって「ヤバイ」のは───、

そのまま、視界が真っ暗になる。
メンバーの慌てる声が遠くに聞こえた。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「とりあえず、ワガハイ、車に化けるから、レンを運べ。一旦、セーフルーム……駅のホームの『待合室』まで戻る」

モルガナがぽつりと言うと、竜司と祐介が左右から、気を失った蓮の肩を持って支え、足早にその場から離れる。

「おい、本当に大丈夫なのかよ!?」

「大丈夫だ。少なくとも、悪魔を吸収することに関しては、な」

「何でそう言い切れんだよ!」

「だってそれは……、」

モルガナ自身もなぜそう思うのか、わからないらしく、少しロ籠る。

「だって、何だよ?」

「それは、あの方がそんなことをするはずが………」

「はあ? 『あの方』って誰だよ!」

「え? あれ? いや、何だ。ワガハイのカンだ!
とにかく、大丈夫って言ったら大丈夫。今までだって問題なかったろ!」

「それは根拠になんねーだろ」

「二人とも。こんな時にいい加減にして!
ねえ、モナ。悪魔がどうとかは別にして、ジョーカー病気だったりしない?」

「身体的な意味でか? そうだな……、こいつが病気だったら、タケミがソッコーで見つけてるだろうしな……、違うと思う」

「タケミ?」

「いや。何でもない」

医者である彼女との契約。
よく効く回復薬を処方する代わりに、治験の被験体になること。
治験のことは確か、蓮は他の皆には秘密にしていたはずだ。余計な心配かけるから、と。

「でもさ、スカル。確かにモナの言う通り、大丈夫かもしれないよ。顔色は別に悪くないし、呼吸も安定してるっぽい。………どっちかって言うと、寝てるだけに見える」

杏がちらりと蓮の顔を覗き込んで告げる。

「そういや、たまにボーッとすることあるよな、こいつ」

「そうそう」

「ジョーカーには立ったまま寝る癖があるのか? こんな場所で眠れるとは、なかなか肝が太い男だな」

「いや、肝が太いとか、そういう問題じゃねーだろ。フォックス」

モルガナが通路の広い場所で、黒いボックスカーに変身した。祐介はほう、という表情をしたが、他の二人は見慣れているのか、特に驚いた様子はない。

「……とりあえず、乗せろ。少し様子を見る。今日はもう、このまま引き上げだな」

車の中、3つあるシートの内、真ん中の座席に運び込んだ。確かに、特に顔色は悪くないが、起きる気配はない。

「にしても、こいつ、線細せえよなあ。もっと筋肉つけろっつの。こいつの着てるコートとか、オレ、ぜって一入んねぇもん」

「チカラバカのおまえと一緒にするな。総合的な攻撃カはおまえより上だ。大体、精神世界に筋肉は関係ない」

「バカじゃねーつのっ。攻撃カっていうより、瞬発力だろ、こいつのは。よく、ロケットエンジンみたいに敵に飛びかかって行きやがる。
あと、ニクタイとセイシンはつながってるって、おまえが前に言ってたじゃねーか。やっぱダイジだろ。筋肉」

「うぐ……っ、スカルが珍しくマトモなこと言った」

「へへん。能ある何とかは……、何だっけ? とりあえず、何とかだ」

「そうか? べつに普通の体型じゃないか?」

竜司とモルガナの会話に祐介が割り込んでくる。
竜司がくるっと後ろに立つ祐介の方に振り向いた。

「フォックスは細いを通り越して、痩せすぎなんだよ! そのタッパでそれって、いい加減、怖ェーわ!ちゃんと肉食え!」

「何を? これでも健康体だぞ!大体、肉などという高級品、そうそうロにできるか!!貧乏をナメめるな!」

「ナメてねーよ!!」

論点がどこかおかしくなっている二人に、杏がため息をつく。

「あーもう、おバカばっかり。いつ敵が来るかわかんないんだから、もう出発しようよ!」

「ウム。確かにパンサーの言う通りだ」

「あ。あたし、様子見るから、彼の横に座るね」

杏が反対側のドアから入り、目を覚まさない蓮の横に座った。

「そうか。では、オレは後ろから敵が追って来ないか見張ろう」

祐介が一番後ろの座席に座る。

「で……、運転どうするよ?」

モルガナは自分は「車」になっているため、「誰かが運転してくれないと動けない」と主張し、その際の運転は、いつも蓮が担当していた。
もちろん、年齢が年齢なので、免許は持ってないし、経験もない。
それでも飲み込みが早く、たまにシャドウを避ける時に、乱暴にアクセルを踏み込む以外は、運転に問題はなかった。

「この流れだと、おまえしかいねーだろ、スカル」

「だよな。しゃーない。まあ、任せろ。ゲーセンでしか車乗ったことねーけど」

「………………もう一人くらい、運転できる奴欲しいよなぁ一……。不安だなぁ。
とりあえず、敵のいないセーフルームまで戻ろう。ワガハイの顔、壁にぶつけんなよ」

「おうよ」

「……あと、あのさ一スカル」

「あんだよ、モナ」

「さっきのこと、本人に言うなよ。細いの、気にしてるかもしれないからな。こいつはおまえと違って繊細だからさ」

「そりゃどーいう意味だよ。そうかぁ? むしろオレ、こいつ、あんま何も動じないっていうか、神経太いと思うけどな」

「ものによりけりだろ」

「まーいいや。オレがジムに誘えばいいだけの話だ。んじゃ、行くぞ!」

空間の歪みが少なく、敵の出現しないセーフルーム付近、「待合室」を目指して、車を発進させた。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


────。

目が醒めると青い監獄。

薄暗い空間の中、青白い靄のようなものが周囲を覆っている。
冷たいベッドの感覚と、灰色の石天井。
身動ぎすると、自分の両手を繋ぐ手錠の音がした。左足には鉄球のついた足枷と鎖。
さらに、昔の洋画に出てきそうな、白と黒のボーダーの囚人服を、自分が着ているとなると、何かの冗談としか思えない。
眼鏡はどこかに置き忘れてしまっているのか、ここに「呼ばれる」時は、いつもかけてなかった。

これは夢なのか現実なのか。
区別がつかないが、痛みや冷たさの感覚だけははっきりある。

もう、何度めなのか。
「ここ」に来るのは。

誰かに背後から体を鷲掴みにされ、魂ごと体から根こそぎ、引きずり出されるような。
足元の闇に、強引に引きずり込まれるような。
突如訪れる、逆らえない強いカに目眩がする。

「よく来たな、囚人!!」

いつもの声がして、顔を上げた。
銀色の柵が見える。青い独房。冷たい空気。
ここは自分しか知らない世界。

その向こうに見えたのは───、



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