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〆【P5】STORY LOG 2:A story of a summer day.②(6月)

※①からの続きです。
ゲームの二次小説です。ノーマルですが、二次に抵抗の無い方のみお読み下さい。

ゲームをやってなくても、たぶん読めます。
書いた人間が、ゲーム未プレイ時、アニメと動画視聴だけで書いた物語なので。
当時やる時間が無く、「ゲームしたいしたいハード高い時間無い」と唱えながら、勢いだけで作りました。
(無事、ゲームクリア後に少し加筆。本編の重要なネタバレ無し。主人公はアニメ寄り設定。名前もアニメより拝借。去年末、別ブログに載せたものです)

◆買い物して、地下潜って、バトルする話です◆

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

店の扉を開けると、所狭しとサバイバルグッズが並ぶ。衣装からモデルガン、模造刀の類いまで。
入り口付近のカウンターに、ノートPCと何かのモニターを見ながら、店主の岩井が座っていた。
相変わらず、威圧感のある目付きで、チラリとこちらを見遣る。その姿は、どこかの若頭とでもいった風情だ。

「よお。久しぶりだな、雨宮 蓮 (アマミヤ レン)」

「………どうも」

少し頭を下げて、中に入る。
わざわざフルネームで呼んでくるのは、この前、名乗った名前を確認しているのだろうか。

「今日も猫連れてきてんのか」

岩井には、モルガナを見られたことがあるため、存在自体は知っている。
モルガナは今隠れているし、一瞬隠し通そうかとも思ったが、この男にはなるべく、嘘はつかない方がいい、と本能的に感じた。

「ええ……、まあ。ダメなら、店の外に出しますけど……」

鞄の中でモルガナが『ワガハイは猫じゃね一!!』と騒ぐのが分かったので、ガッと片手で鞄を押さえる。

「いや? べつに大人しくしてりゃあ、問題ない。ただ、商品傷つけたら弁償してもらうからな。ここにはガキの小遣いじゃ払えねえようなブツもある。くれぐれも暴れさせんなよ」

相変わらず、ドスの聞いた声で喋る。

「はい」

鞄の中で、モルガナがずっとじたじたしていたが、ここで出てくると話がややこしくなる。
押さえたまま、隅のコーナーへと歩いていった。

「(あンのクソ店主っっ!!)」

鞄のジッパーを開けるなり、モルガナがびょんっと飛び出し、肩の上に飛び乗ってきた。

「………落ち着け、モルガナ」

はあ、とため息をつく。暴れるなと警告された端からこれだ。

「(ワガハイは冷静だっ)」

てしてしてし!と小さな猫の手で、こちらの頭を叩きながら、必死に訴えてくる。もうその態度が、すでに冷静じゃない。

「………モルガナの声は、俺たち以外には猫の声にしか聞こえないんだから、仕方ないじゃないか。見た目は猫だし」

そう。
あの「異世界」に入ったことがある者以外には、モルガナの声は猫の声としてしか認識されない。

「何かと言えば、猫猫、猫猫……っ!!全く失敬だなっ」

「大丈夫だって。落ち着け。しばらくの辛抱だ。元の姿を取り戻すんだろう?」

毛が逆立っている状態のモルガナの背中を、何度かぽんぽんと叩く。

「………お、おう」

少し落ち着いてきたのか、声のトーンが下がってきた。

モルガナには過去の記憶がない。

それでも「以前、自分は人間だった」という「意識」があるため、猫扱いされるのが不安で仕方ないのだろう。
彼は、自分の「元の姿」を取り戻すために、あの「異世界」に関わっている。

「ワガハイとしたことが取り乱しちまったな。……なぁ、レン。そう云えば、ユースケはどんな武器にするんだ?」

「一応、本人の希望は聞いてきたけど」

スマートフォンを取り出すと、祐介とのチャット画面を見せる。モルガナは身を乗り出して、画面を見入った。

「ん一。なになに? 『柄の装飾が美しく、刃は白銀、鞘も装飾されたもので出来れば唐草模様の……、……、……』
何だ。他にも要望がズラーッと並んでるけど、こんな条件満たすのあんのかよ」

「なるべく、希望は聞いてあげたいんだけどね……」

「いや、無理だろコレ。大体、そんな金はない。ユースケは見た目にこだわりすぎなんだよ」

ユースケ……、喜多川 祐介 (キタガワ ユウスケ)は「第二の事件」で仲間になった、同じ高校2年生で他校の生徒だ。美術学生で、見た目は長身、色白で切れ長の目、流れるような黒髪をしている。杏曰く、美形。
ただ、芸術家らしく、とでも言えばいいのか、ちょっと感性が変わっている。
いい奴には違いないのだけど。

「とりあえず、模造刀の部類かな」

「そうだな。おまえが短剣で、ワガハイが大剣だろー、リュージが鈍器、アン殿が鞭だから一、敵もイロイロいるからな。武器は被んない方がいいな。
ん一、あいつ長身だから、長めの剣のレプリカとかでいいんじゃないか? リクエストもそんな感じだし」

「日本刀とか?」

「まぁ。似合いそうだな。本人が来れば一番早いんだけど。自分が使うものってフィーリング大事だし」

「今、寮の手続きでバタバタしてるって言ってた」

「寮ねー……。まあ、住む場所は生活のキバンだからな。仕方ねーか」

そのまま、ふらふらとあちこちのコーナーを見て回ったが、いまいち、どれもピンと来ない。かと言って、良さそうなものは、値段もかなり良すぎる。

「あ。これ……」

ふと目に留まった、一振りの模造刀。
鞘と柄は、全体的に抑えた渋めの赤色で手元に植物の模様が細かく彫られている。祐介に似合いそうに思えた。

持ってみると、さして重くない。
通路が狭いのでさすがに振れないが、まだ、戦闘慣れしてない祐介が扱うには、適してそうだ。
一旦、台に戻そうとすると、柄の模様に不自然な部分があるのに気づいた。

「………なぁ、レン一、何かこのコーナーの商品、値札ねえぞ。怖くねーか?」

「あ。本当だ。何も書いてない」

言われて値札を探すが、どこにもない。
まさか、時価?
少し怖くなって、模造刀をコーナーに置いた。

「レン、購入用に持ってる金っていくらだ?」

「……ん…、このぐらいかな」

モルガナに財布を開けて中を見せた。
難しい顔をする。

「うーん。いくら、精巧な作りの物が必要とは云え……、これ厳しいな。他の面子のもそろそろ買い換えた方がいいし……、大体、おまえのもさ一」

「また、地下に潜るしかないな」

肩をすくめる。
詳しい仕組みはよくわからないが、「地下」に現れる「敵」はなぜか金を所持している。

「軍資金集めも楽じゃねーな」

「別に俺の武器は後回しでもいいけど」

「おまえは、ま一たそんなこと言う!
リーダーの武器がショボいと、敵に示しが付かないだろ!
大体おまえ、自分が『ジョーカー』である意味、分かってんのか?おまえに倒れられたら……」

「なんだあ? さっきから、猫の声がニャーニャーうるせえなあ!」

急に、反対側のコーナーから荒っぽい、男の声が聞こえた。
モルガナはさっと鞄の中に隠れる。

顔を出して、角を覗いて見ると、30代ぐらいの小柄な男が立っていた。
何がそこまで気に障ったのかわからないが、不快にさせたなら、と謝る。

「あん? 何だガキ。顔が『すみません』って顔してねぇんだよ」

「??」

何が気に食わないのか、さらに男が言い募ってきた。ただ、言ってることがよく分からない。すみませんという顔って、どんな顔だろう?と一瞬首を傾げる。
男の目つきが一層鋭くなった。

「何だァ? その人を小馬鹿にしたような態度!ろくに人に謝れねぇってのかよ!? ちゃんと謝れっつってんだろうが!」

一方的で高圧的な物言いにカチンと来た。
単に人に絡みたいだけというなら、面倒な男だ。

「すみません」

男の目を真っ直ぐ見て言うと、男が一瞬怯んだ。

「オイ、浅井! 人の店で何騒いでんだ。そのガキはオレの客だぞ」

カウンターから岩井の鋭い声が飛ぶ。

「あっ。すんません、岩井さん!」

男は岩井と知り合いなのか、急に態度が変わった。

「悪かったな、雨宮」

そっけない態度で岩井が謝る。声をかけられたのを契機に、模造刀を指さした。値段を聞き出したかった。

「いえ……。あの、岩井さん。あの赤い棚のコーナーの商品って……」

「……あァ? そこにあんのは、いわば、『本物』を作る前の試作品、遊びで作った作品群だな。作り手から、値はオレが決めていいと言われてる。ま。気分でな」

「気分………」

それは時価と変わりなさそうだ。
岩井は目を細めて、模造刀を見た。

「ふーん。おまえ、いつも銃とかマチェットとか見てんのに、日本刀とは珍しいな。そいつが気にいったのか? そいつは高いぞ」

「……でも、ここに傷がある」

柄にある傷を指さした。精巧な模様の中に、模様に混じって、一筋の傷。

「お。意外と目敏いな。
さて……。この話運び方からすると、おまえはオレと交渉する気なのか?まあ、やってみろ」

岩井がニヤリと笑う。

「ただし。傷があるから安くしろってんなら、甘い考えだぞ。客の中には『傷は味、偶然についた傷こそ、まさに一点物の証だ』ってありがたがる奴もいるからな。嗜好品ってのはそんなもんだ」

「……確かに、その傷は格好いいと思う。
でも、商品の完成度とは違う」

岩井は吹き出した。

「『格好いい』って、おまえ。最初から価値を認めたらダメだろ。駆け引きヘタだな。
大体、『完成度』とはどういう意味だ?
嗜好品ってのは、人の価値観で相場が変わる。何を以て『完成』と見るか。『完成』ってのは一概に決められねぇ。
そもそも、おまえにとっての『完成』とは何だ?」

「………実用性」

ぽつりと言うと、岩井が首を傾げた。

「は?」

「それで命を守れるかどうか。命を預けるに価いするかどうか。……信頼を置くに足る価値があるかどうか、かな」

「(オイ、レン!)」

モルガナが慌てたように声をかけた。
はっとする。

「はあ? こりゃ、嗜好品だぞ?
まるで、実際に使うみたいな口振りだな」

「…………を感じさせるかどうかの、作者の意気込みがあること……、かな、」

「何だ。急にはっきりしない言い方になったな。
作者の意気込みねぇ……。
まあ、試作にしろ、完成品にしろ、魂が入ってないのは粋じゃねえ。
つまり、おまえの価値観に照らし合わせると、おまえはこの『傷』を『作者の傲慢』と捉えたわけだ。
勿論、『格好いい』と認めるからには、意図やセンスが分からないわけじゃねえ。
だが、刀を名乗って作ったなら、偽物であれ、本筋の『強さ』を求めてこそ意味がある、と解釈したわけだな。
つまり、『キズモノ』は『完成品』と名乗るにはほど遠く、壊れやすいと判断した。
だから、そこがブレているものは価値を低く見て、値切ると」

………そんなややこしいことを考えたわけではないが、時々、哲学者然とした思考をする岩井は、勝手に自分の解釈で話を進めてくれる。

「ただな。値切ったとしても、やっぱり高いぞ、これは。……そうだな、こんなもんだ」

金額を打ち込んだ電卓を見せられる。
提示された数字は、所持よりも幾らか高かった。だが、これ以上押すのは無理なような気がした。
また、押し負けた。悔しい。

ため息をつくと岩井が笑った。

「雨宮。今度また、オレの用事を聞けよ。だったら、足りない分はまけてやってもいい」

「……また、『おつかい』ですか」

以前も、商品の値段をまける代わりに『用事』を言いつけられたことがある。

「いいや。前みたいな危険はねぇから安心しろ。
大体、前のだって『たまたま』『運悪く』、帰り道にひったくりに行き遭っただけで、内容自体は『楽器の交換』で、何も問題なかったろうが。ガキにヘンなことはさせねぇよ」

少し思案してから、了承する。
トラブルの対処には大分慣れてきた。
何かあれば、その時、対応すればいいことだ。

サイズの合う袋がないから、となぜかギターケースに入れて渡される。
会計を済ませていると、どこか、ポカーンとした顔で、浅井と呼ばれていた男がこちらを見ていた。
ギターケースに入れるのが、そんなに珍しいのだろうか。
とりあえず、用は済んだので店を出る。


ひょこ、とモルガナが鞄から顔を出した。

「レン一、急に実用性とか言い出すから、びっくりしたぞ。
『あっちの世界』は『認知の世界』だ。あっちで使う武器に実用性はいらねぇ。必要なのは『本物』と見間違えるほどの『精巧な見た目』だけだ」

周囲に人気はない。
歩きながら、ぽつぽつと思ったことを話す。

「モルガナ、認知の世界だから、だよ。
敵に『傷がある』=『壊れやすい』って認識されたら終わりだ。
ただ、傷は柄のところだったから、握れば見えないし、手が届きそうな中で、一番、祐介が気に入りそうなやつだったから……」

「ふーん。で、交渉頑張ってみたのか。
けど、何かまた、妙な約束取りつけられちまってよ。あの店主に良いように利用されてる気がしないでもないが……。
ま。いいだろ。
あー、でも、『耐久性のイメージ重視』なら、無理にこれでなくても良かったんじゃないか?」

「え、だって」

「だって?」

「この傷が格好良かったから」

真顔で言うとため息をつかれた。

「…………おまえって、時々そういうとこあるよな」


────、

彼らが去った後、「Untouchable」の店内では、浅井が不服そうな顔をしていた。

「大人しそうな顔して、妙に雰囲気があるっつ一か。態度が生意気っつーか。目付きの悪いガキでしたね。あー、猫みたいな目しやがって」

「おまえがしょーもないことで絡むからだろ」

面倒そうに言葉を返して、岩井は手にした雑誌をパラパラと捲った。

「いやいや、岩井さん!
オレ、マジで猫キライなんすよ!
猫の声ずっと聞いてたら、ジンマシンが出るくらい!
ガキの頃、顔を思い切り引っかかれてさー。そもそも、あいつら、人を小馬鹿にしてる生き物じゃないスか!」

「そりゃ、おまえの思い込みだろ。
でなきゃ、バカにされるようなことをおまえがしたんだよ。
つ一か、おまえ。あのガキの目にビビってたな。腰引けてたぞ」

「はァ? んな、ビビってねっすよ!」

へん!と浅井が胸を張る。
会話に興味なさそうに、岩井は雑誌を捲っていき、手を止めた。
最近、ニュースになっている「怪盗団」についての記事だ。
曰く、「歪んだ心を盗む」と予告された悪党は、ある日突然、人が変わったかのように自分の犯した罪を告白し出す。

「まあ……実際、大人しいのは事実だぜ?
何もしなけりゃ、静かでお行儀の良い『今時のガキ』だ。時々、妙な怪我して店に入ってくんのと……、猫と喋ってること以外はな」

「は? 猫と喋る?」

「何かな。オレにはそう見えるんだよなァ」

「もしかして、あいつ、ヤバイ奴?」

「さあな。そのヤバイ奴に関わりたくなかったら、いちいち、ちょっかいかけんじゃねえぞ」

「はあ……」

岩井はふと顔を上げて、ニヤリと笑った。

「おまえはあいつが気に食わないみたいだが、オレは、あいつが時々見せる、生意気なツラがわりと気に入ってんだよ。
……こいつ、何しでかしてくれんだろうってな」

「………あァ。だから岩井さん、あのガキに破格値で商品売ってんのか。さっきのって、ヨイヤマウスイの作品じゃないスか」

「ん? 何だ。おまえ、分かるのか?」

「マニアの中じゃ有名っスよ!あれ、高く売れるんスよ!!ガンガンにチェックしますよ!!」

「……おまえらしいな。正確に言うと、宵山雨水と名乗る前、まだ、佐吉平良名義の頃の作品だな。
後期の洗練された作風と違い、前期の作品は大体、荒削りで傷もある。それがいいと言う奴もいる。
後期は主に、鑑賞用の意味合いもあったが、前期は食うために実用性を重視した作りになってて、あの刀はそのタタキ台。形を模索してた頃の試作品だな。
もちろん、模造刀だから、刃はニセモノだ。亜鉛合金ダイカストとクロムメッキで出来てる」

「難しいうんちくはいいっスけど、普通、あんな値じゃ世には出ね一やつじゃないスか。
岩井さん、監視カメラであいつの財布の中身見て、額合わせたっしょ!
あいつ、気づいてねーみたいだったけど」

「さあね。宵山雨水は歌舞伎者が好きだからな。洒落の分かるやつに値は問わねぇ。
オレはその意図を汲んだだけだ」

「は? カブキ……?そんな派手な格好してたっけ?」

「アウトローって意味程度に理解しとけよ。そろそろ、店閉めるから出ていけ」


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「ごめん、モルガナ。ちょっと遅いけど、もう一件。寄りたいところがある」

「ん一? いいけど、どこだ?」

「武見 (タケミ) 医院」

「ああ。治験のバイトか。家の近くだったな」

「一応、3日後に結果報告に来いって言われてたから」

「あのさぁ、レン。
確かに、前に『協力者は多い方がいい』って言ったが、別に無理はしなくていいんだぞ?
治験の協力って、結構ヤバイんだろ?
なんか、開発途中の、安全かどうかもわからない薬の、効果を確認するための実験台になるんだよな?
それ以上に、あの医者のネーサンが問題だ。
まあ……腕は確かだし、もらった薬はよく効くが、ヤバイこと平気でしそうな雰囲気あんだよな」

「明日、『地下』に潜るんなら、薬はあった方がいい」

「まあ、いいけどさぁ……。
やっぱり、ワガハイはアン殿のような、爽やかで健気で、明るく美しい女性の方が……」

「モルガナ、中に入るよ。静かに」


受付に行くと、武見が「ああ、キミね」という目でちらりと見て、奥の診察室で待つように告げた。

購入した模造刀は、ギターケースに入っているため、外側からではわからない。
モルガナは不満かもしれないが、「動物」の連れ込みは禁止なので、ギターケースと一緒に待合室に置いていくことにした。


「じゃあ、問診するから、服脱いで」

「はい」

診察室は狭く、薄暗い。
シャツの前を開けて、心拍の確認他、簡単な触診や問診を受ける。眼鏡も外した。

武見は小柄な女性だ。
肩の上で無造作に切られた、青みがかった黒髪。何にも興味なさそうな目。
医者の不養生なのか、いつも肌が青白く、どう見ても健康的には見えない。
そして、本人の趣味なのか、白衣の下にパンクな衣装を着込んでいた。
ここは総合病院ではなく、彼女は町医者なので、注意する者は誰もいない。

「……あのさ、キミ。何かヤバいバイトでもしてるの?」

モルガナと似たようなことを言うので、一瞬、吹きそうになった。
治験と同じレベルのバイトは、今のところしていない。

「してません」

「最初の頃よりアザが増えてる。何でこんな生傷が絶えないんだか。もう服着ていいよ。
見かけに寄らず、喧嘩っ早いの?
まぁ、目付きはちょっと悪いと思うけど」

傷が絶えない。
それもあって、今日の内に来ておきたかった。
明日は「地下」に潜るから、きっとまた傷も増える。
そして、「地下」から戻った後に、外に出るのはしんどい。なるべく、来院は探索からは時間をあけて来たかった。
さっさとシャツのボタンを留める。

「……階段で転んで…」

「私は医者よ。ナメてるの?」

ふう、とため息をついて、武見は椅子に座った。カルテを見る。

「経過は順調。視力、聴力、血圧異常なし。脈が少し速い気もするけど、正常の範囲内。血液検査も問題なし。エコーもレントゲンも異常なし。
体のあちこちにある外傷以外はね。
配合を変えた薬を出そうかと思ったけど、今日はやめとく」

「え。できますけど」

「右手」

「はい?」

「右手出して」

武見は差し出した右手首を掴むとグリィッと捻った。

「………ッ……」

一瞬、声を上げそうになって、噛み殺す。

「………強情な子」

武見はもうー度、ため息をついた。

「裂傷以外にも、右腕の筋を痛めてるわね。それから肩も。スポーツマンにも見えないけど、何か無理な使い方してる?
あと何? この手のひらのタコ。ペンダコに見えないけど。
まさか、勉強のしすぎで肩痛めたとか、言わないわよね?」

あちらの世界で、慣れない銃のグリップを常に握っているせいだ。
酷使が問題なら、右手だけでなく、左手でも扱えるようにした方がいいのかもしれない。
あとは単純に筋力が足りないのか。
こんな簡単に体が壊れるようなら、もっと筋トレが必要だ。

「………………」

「ねぇ。人の話、聞いてる? 」

「え? あ。はい」

「雑な返事。キミさ、今すごく前向きに無茶する方法考えてなかった?」

「いや、別に何も?」

「キミが何をしているのか。何を考えてるのか。問うのは私の仕事じゃない。
でも、キミは治験の被験者。外傷なら別にいいって話じゃないの。
キミが健康体じゃないと正確なデータが取れないのよ。データが集まらなければ、新薬の開発が進まない。この薬には待ってる人がいる。
治験の被験者になってくれる人間は少ないから、それには感謝してる。でも、頭には入れておいて。
『もっと体は大事に使いなさい』
今日は大人しく帰って、傷を癒すのね。モルモットくん」

キイ、と彼女の座っている椅子が鳴り、机の方に体を向ける。彼女は書類を見ながら、淡々と言葉を続けた。

「一応、痛み止め出しとくわ。痛みがそれよりひどくならなければ、別に飲まなくてもいい。
それと、次来るのは6日後。どうせまた、怪我してくるんでしょうけど」

とりつく島もない。

「あの………」

「ハイハイ。いつもキミが注文するオリジナルの『滋養強壮剤』と『眠気覚まし』ね。それも出しとく。
痛み止めと併用可能だから、痛みが出たら、ちゃんと飲みなさいよ」

目的の一つは果たせた。少しホッとして、外していた眼鏡をかけ直す。

「あとさ、キミ。視力悪くないのに、眼鏡掛けてるのは、何のつもり? 度は入ってないみたいだけど。どうせ、伊達眼鏡掛けるなら、もっとマシなのにしたら?
せっかく、綺麗な顔してるんだから」


診察室から出ると鞄の中からモルガナが顔を出した。

「どうだった、レン?」

モルガナに問われて、うーん……、と少し首を傾げる。

「医者だった」

「いや、おかしいだろ、その受け答え」

「今日は治験はなし。早く帰れって言われた。薬の方は貰えたし、俺は……、いい人だと思うけどな。あの人」

「……もしかして、レン、ああいう女が好みなのか?」

モルガナが訝しげに問うと、少し笑って、はぐらかした。

「さあね」


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


喫茶店「ルブラン」に帰る頃には、完全に日は暮れていた。店の灯りはまだ点いている。

灯りのともる家……、か ……。

ぼんやりと立ち止まって見ると、モルガナが不思議そうにこちらを見た。

「どうした? レン。家に帰らないのか?」

「いや……うん。家に、帰ろう」


「おう、ようやく帰ってきたな」

扉を開けると、カウンターで新聞を読んでいた惣治郎が顔を上げる。

「………ただいま」

「はいよ、おかえり。
今日はやけに遅かったな。あんまり遅くまで、外うろうろしてんじゃねぇよ。おまえ、観察期間中だっての、忘れてんのか?何かあっても、オレは責任取れねぇぞ。
今日はたまたま、客が引かなかったから、オレもこの時間になったが」

「はい。すみません……」

「ん? 何だあ、そのギター?」

訝しげに惣治郎がギターケースを見る。

「その。友達の、祐介の預り物です」

「この前、絵置いてった奴のか? そういや寮に住むって言ってたな。あいつ、元気にしてんのか?」

「あ。はい。元気にしてます」

そのまま、いつものようにカウンターの前を通り過ぎようとすると惣治郎が声をかけた。

「オイ。飯は?」

「え? まだです」

「こんな遅くまで、外ほっつき歩いて、メシも済ませてねぇのかよ。本当ぼんやりしてんな。
奥にスープと煮込んだ魚の残りがある。まかない飯みたいなもんだが、インスタントよりゃマシだろ」

「はい……」

「今日は、余りものがあったからな。たまたまだ。
一応、おまえの親から金貰ってっし、インスタントばっか食わせて、栄養失調になられても困る。少し冷めちまってるから、温め直して食え。
オレは明日が早えからもう帰る。戸締まりだけはしっかりしとけよ」

「はい。……ありがとう、ございます」

「何も礼言うこっちゃねぇ。さっさと食って、さっさと寝ろ。あと、モルガナにはそこの缶詰めな」

カウンターの上に、わりと豪華な猫缶が置いてある。
モルガナが微妙な雰囲気で見ていた。


「……ゴシュジン、ワガハイの分まで用意してくれるのはありがたいけど、完全に猫と勘違いしてんだよな一。いや、まあ、イソーローの身で文句は言えねーんだけどさぁ」

皿の上に開けられたまぐろのペーストを食べながら、モルガナがぶつぶつ言う。

「俺の、少し食べるか?」

煮込んだ魚を切り分けると、モルガナがぴょんとテーブルに飛び乗り、皿の料理を見て、うーん、と首を傾けた。

「いやいい。だってこれ、おまえのために用意されたやつだもん。おまえが食え。でないとゴシュジンに失礼だ」

「……………」

「それに……コレ、余りもんとかじゃないと思うぜ?だって、この魚の煮たやつとか、野菜スープとか。ここのメニューでも見たことねーもん。たぶん、おまえのためにわざわざ作ったんだ。
冷めた一とか言ってたけど、つまり、フツーの時間に帰ってきてたら、出来たてが食べられたってことだろ?んで、この時間まで待っててくれたんだよ」

「……うん」

「あのさ。ゴシュジンが、最初の頃より、おまえに少し優しくなったのは、おまえがいいヤツだって気づいたせいだと思うぜ。
おまえが嫌なことがあってもグレずに、ちゃんと人と向き合ってきた証拠だ」

「………………」

「あ。悪い。手止めちまったな。いいから、温かい内に食え」

黙って一口、ロに運ぶと、じわりと温かくて優しい味がロに広がる。

「………美味しい……」

それだけじゃない。
急に五感を刺激されたせいか、何か別のものが込み上げてくる。
張っていた糸が切れていくように。

憧れにも似た。
失った、温かい情景。

「そりゃそうだ。ゴシュジンの料理がマズイわけ………、どうした?レン。どっか痛いのか?」

モルガナが心配そうに覗き込んできた。

「いや、うん、何でもない」

「レン?」

こんなの、不意討ちだ。
我慢できそうにない。

「何でもない………」

表情を見られたくなくて、眼鏡を外して、片手で顔を押さえた。

「……………、あ一、あのさ。
ゴシュジンの言う通り、さっさと食って、さっさと寝ようぜ!そしたら、もっと元気になるさ!今日は色々、予定詰め込みすぎたもんな。きっと疲れてるんだよ!」

少しの間、黙ってその感情の波が落ち着くのを待つ。
モルガナは、それ以上は何も言わなかった。
いい奴だと思う。
そっとしておいてくれる。

その波が通り過ぎてしまうと、顔から手を外し、ぽん、とモルガナの背に手を乗せて、そのまま撫でた。

「ごめん、モルガナ。心配させた。もう大丈夫だから」

少し笑う。

モルガナがちらりと覗き込むと、そこには、人形のように整った顔立ちがある。
中性的で、少し吊った大きな目と形の良い鼻梁に薄い唇。目つきはどこか、しなやかな猫を連想させる。
早くに「犯罪者」のレッテルを貼られ、大勢の人間に疎まれてきたため、本人は全くの無自覚だが、人間の中では、相当魅力的な部類の顔立ちだろう。
人目を避けるため、顔を隠すようになったので、余計、その事実は気づかれにくくなってしまっているが。

「……なら、まあ……、いいけどよ。あんまり無理すんなよ?」

「ああ……」

「あのさ、レン」

「うん」

「辛かったら、泣いてもいいんだぜ?
ワガハイも男だからな。踏ん張りたい気持ちもわかるけど、そこは見なかったことにするし。男に二言はないからな。
あ。いや、それとも、今から夜の散歩にでも行って来ようかな一?」

「ありがとう。でも、もう本当に大丈夫だから」

「そうか? ……なら、いいが……」

スマートフォンが着信を知らせる。
ポケットから取り出して、画面を開いた。

「竜司からだ」

「チャットは後でもいいだろ。先食っちまえよ」

「うん……」

食事を済ませ、竜司からのチャットを見る。

『明日、メメントスに行くんだろ』

メメントスとは、あちらの世界のことだ。

「尾けられたらマズイから、やっぱり別行動した方がいいかな」

「まあ、明日は明日で、また撒けばいいけどな一」

返事を打ち込んでいると、今度は祐介からも連絡が来た。

『蓮、今日は全て任せてしまって、申し訳ない。何か良いものは手に入っただろうか?』

モルガナがぴょんと膝の上に乗ってきて、一緒にスマートフォンの画面を見る。

「ユースケ、相変わらず、時代がかった喋り方すんな一」

「……メメントス、祐介は俺が連れてった方がいいかな」

「そうだな一。一人じゃたぶん迷うだろうし、分かれて入るにしても、リュージに任せるのは不安だしな一。アン殿と二人きりにするのは……、もっと不安だ」

ははは、と乾いた笑いが漏れる。
祐介との出逢いは、インパクトが強すぎた。

「じゃあ、待ち合わせ決めとこう」

手早く打ち込んで、やり取りを終わらせると立ち上がる。モルガナが器用に膝から飛び降りて、床に着地した。

「ワガハイ、先に上に戻ってるぜ」

「ああ」

眼鏡をかけ直し、食器を店の炊事場で洗って片付けると、二階の屋根裏部屋に行く。
何だか、妙に眠気が押し寄せてきた。


二階に行くと、モルガナが窓際に座り、外を見ていた。

「なぁ、レン……」

「うん?」

とりあえず、ギターケースを床に置いて、モルガナの方を向く。

「ニンゲンってさ。いいよな」

「何を急に?」

会話をするために、窓際近くにある作業机の椅子に腰掛けた。

「なんか、おまえとゴシュジンのやり取り見てて、ちょっと羨ましくなった」

「おまえだって人間だろう?」

「………そうだけど……、そうだと、思うんだけどさぁ……」

いつも強気なモルガナが、弱気な発言をする。
猫、猫と言われ続けているのが、見えない負担になってるのかもしれない。
だから、敢えて強く言い切る。

「人間だよ」

モルガナには、自分たちと出逢う以前の記憶が無い。だから自分が何者かわからない。
自分が何者かわからないのに、不安でないはずは無い。
記憶を取り戻す鍵は「地下」──「メメントス」と呼ばれる世界の探索。そこの地下に潜っていくこと。
最深部に「自分に関係する何かがある」とモルガナはよく言っている。

彼の推測では、自分は「空間の歪み」に飲み込まれて「人としての姿」を失い、猫の姿になったらしい。
ただの猫が、これだけの知識を持ち、人間の言葉を喋るはずがない、というのがその根拠だ。

モルガナとは「あちらの世界」で会った。
「あちらの世界」に竜司と二人で初めて迷い込んだ時、右往左往している自分たちに、生き延びるために必要なことを教えてくれた。
彼がいなければ、「あちらの世界」
───「他人の精神世界」でおそらく、自分たちは死んでいただろう。
否。
歪んだ精神の持ち主に「殺されて」いた。

「そうだな。そうだよな!ワガハイとしたことが、つい気弱になってた。さすが『ジョーカー』。ワガハイのことをよくわかってるな!」

モルガナは冗談っぽく言った。
「ジョーカー」は、モルガナが自分につけたコードネームだ。

──戦力的にもそうだが、お前は特に、『何か持ってそう』な奴だからな。
だから、おまえのコードネームは『切り札』の意味の『ジョーカー』だ。
今日からおまえは、ここでは、『ジョーカー』な。

あの時、モルガナはそう言った。

「他人の精神世界」である「パレス」や「メメントス」では、自分たちに繋がる痕跡を残さないため、本名で呼び合うことはせず、各メンバーにそれぞれ、コードネームがついている。
自分で決めた者、周囲が印象で決めた者、それぞれだ。
呼び名は、竜司が「スカル」、杏が「パンサー」、祐介が「フォックス」、モルガナが「モナ」。そして、自分が「ジョーカー」。
ただ、怪盗団の名称……チームとしての名前の方は自分が決めた。正確に言えば、意見を求められて、答えたらそれが通った。


モルガナが、ふあぁ~とあくびをする。

「しかし何か、今日は長い一日だったな一。おまえも疲れただろ? もう寝ようぜ」

モルガナはぴょんっとベッドの上に飛び乗った。
……確かに、長い一日だった。
生徒会長を撒き、人をかわす特訓をして、武器を購入し、病院にも行った。
でも、最後の手料理が一番効いた。

「………広い湯船に浸かりたいな……」

「は?」

ボソッと呟くとモルガナが顔を上げた。

「今日は疲れた。大きな湯船に、何も考えずに、ゆっくり浸かりたい。汗かいて気持ち悪いし、銭湯行ってから寝る……」

「え? 今から行くのか?」

「うん……」

銭湯は喫茶店のすぐ目の前にある。
行くのに時間はかからない。
いろんなことが一段落すると、何だかどっと疲れが出てきた。
そのまま、ゆら一と立ち上がる。

ゴッ、と音がした。

どこから音がしたのか、自分でもよく分からなかった。モルガナの声が急に遠くに聞こえる。

「うぉいっ、おわっレン、どした!?」

ベッドの下に、モルガナがトッと飛び降りた。

「おーい、レン、レーン?
こんなところで、突っ伏して寝たら風邪引くぞ。寝るなら、ちゃんとベッドの上で寝ろ!」

たしたし、とモルガナが急に床に倒れ込んだ黒髪の頭を叩く。

返事がない。

覗き込むと、すーすーと寝息が聞こえてきた。

「しょーがねえなー、も一。何だかんだ言って、まだ、お子チャマだからな一……」

暑くなってきたとはいえ、まだ6月だ。
毛布をロにくわえると引きずってきて、体にかける。

「顔に床の跡つくぞ。せめて、頭の下に何か敷け。あー、もう、『あっちの世界』の体ならともかく、『こっちの世界』の猫の手は使いずれーんだよっ、オイ、こら!起きろっレンッ」

毛布の端を頭の下に滑り込ませた時点で、モルガナもカ尽きた。

「フワァ……、ワガハイも眠くなってきた。もういい、ワガハイもここで寝る……おやすみ……」

ぱったりと倒れたその横で、モルガナも丸まって眠りについた。



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