愛しの魔王様

小説家になろうからの逆輸入。noteバージョンです。と、いっても短くしただけw


 この世界には2種類の文明がある。持つ者と持たざる者の文明だ。則ちヒトとマモノだ。

 人間は何も持たずに生まれてくる。魔力も知力も体力も。立ち上がるのに1年かけ、親の教えを理解するのに10年かけ、魔法を使える様になるのにさらに10年。多くの者はそこで火を灯せるようになって学ぶのをやめる。なぜなら、もう寿命が半分過ぎたから。後は子を育てるのに生を使うのだ。
 作物の育ちにくい堅い大地、夏は日照りがきつく冬は雪に埋もれる空、すぐに乾く川に池。それでも人間は命をかけて子を産む。

 魔物は。一言、真逆とだけ記そうか。

 ただ唯一同じくヒトとマモノが持って生れるものがある。
 愛だ。




「ようやく今回の勇者一行が来るなぁ」

 弾む声が抑えられない。顔にも態度にも出しながら、勇者を迎える為の衣装を選ぶ。

「そうですねぇ。人間の国から出発して6年ほど、前回の勇者からなら40年ぶりでしょうか」

 私の調子に合わせて執事が応える。彼は私の父上の頃からの世話役だ。親友であり、師であり、祖父である。今や私が魔物の王となったが態度が変わる事はない。父上の時もそうであったと聞く。

「きちんと話しが出来ると良いなぁ」
「…そうですね。さぁ王冠はどうしますか?陛下」
「こちらが良いと思います!」

 お茶の時間を聞きに来たはずのメイドがいつの間にか側に来ていた。その両手にはちょうど収まるほどの小さな王冠がある。
 私達魔物は決まった王冠を持たない。王たる証はその体から溢れ出る魔力の量で十分。王冠も杖もただのファッションだ。

「それでは小さすぎないか?」
「はい! それがいいんです! 王さまの御立派な体格に可愛らしい王冠! ギャップが素敵です!」
「なるほど、可愛さですか。それならば勇者達も即座に斬りかかっては来ないでしょうね」
「はい! 素晴らしいです! あぁ! いつもの5割増しで可愛いです」
「そうだろうか…?」
「ええ。愛らしゅうございますよ」

 いつもならばやかましいとメイドを叱りそうものだが、執事も私の衣装を選ぶのに夢中なようだ。誰も彼も浮かれている。



 私達魔物は人間が好きだ。


 昔、一度だけ人間の国に魔王自ら行った事がある。パニックに陥ったそうだ。
 慌てふためく様子は悪戯が成功した時に似て面白いなと思ったが、直ぐに困惑と悲しみに変わった。
 手紙は送ったのになぁとその魔王は苦笑していた。

 ドラゴンの溜息で町は吹き飛ぶし、魔獣の爪で撫でるだけでふたつに裂けるし、スライムの体当たりで数日動けなくなる。人間は儚い。
 だが、けして弱くない。強い者達が集まって魔法と剣を教え、更に強い子供が勇者となる。
 勇者達だけが魔物の領土に来てくれるのだ。

 そうして、魔王が人間への愛を語り、勇者はその言葉ごと魔王を両断する。
 魔王が倒れたら、置いておいた鉱石や穀物等を持たせて人間領の近くに転移させる。その土産で暫し人間の国が潤う。
 ここまでが通例だ。
 前回の勇者と先代魔王のやり取りを思い出して、きっと今私はあの人間の国に行った魔王と同じ顔をしているんだろうなと思った。




 今、扉の向こうで魔力が爆発する音がした。

「いよいよ、ですね。陛下」
「私の選んだ王冠を着けてくださって、本当に嬉しいです」

 執事もメイドも静かな声で穏やかに話しかける。
 私は緊張で声が出なかった。情けないな。初めての大仕事だ。だからってこれは無い。このままでは二人に心配をかけてしまう。

「ああ」

 漸く声が出せたが今度はこれ以上言葉が続かなかった。

「大丈夫ですよ!私たちがついてますから」

 メイドの言葉に執事は苦笑した。きっと彼も同じ事を言いたかったがずっと我慢しているのだろう。これで私が緊張をほぐす事は無いのを知っているからだ。

「うん」

 語尾が小さくなってしまった。思った通リ心配をかけてしまったようだ。メイドが困った顔をしている。

「大丈夫、大丈夫だ」

 大扉を開く音に消されながら私は呟いた。




※※※※※※



 この世には、魔物と人間がいる。我らは良き隣人だ。と、思っている。
 はっきりと宣言できないのは我々人間がどうしても施しを受ける側だからだ。我々は魔物の国に何も返せていない。


「この扉の向こうで魔王様が待っているはずだ」

 緊張のせいか自分でも驚くほど声が低い。
 共に歩んできた仲間の顔を順番に見る。3対の瞳が同じ熱をもって見返してきた。

「ついにと言うか、いよいよと言うか」
「そうね。長かったわ。本当に」

 剣士と魔法使いが険しい顔をしていう。

「なぁ、国王からの礼状、扉の隙間から投げ込んじゃ駄目かね?」
「すんごい良いアイデア!」
「バカ言うなよ」

 思わず笑ってしまった。俺もナイスアイデアだと思う。

「ねぇ勇者。僧侶ちゃんが壊れた」
「壊れてません! うう、私達も、魔物が好きです。私達も魔物が好きです」
「そうだな。とりあえずそれだけは伝えないとな」

 震える僧侶の頭を優しく撫でる。彼女はこの4人の中で1番幼い。もう何年も旅をしたがまだまだ本当の子供なんだ。

 普通に歩いて両国を渡るのだって人間には命がけ。魔物達のサポートが無ければこんなに早く付く事もない。
 分かっている。だからどうか両足よ、震えずに立っていてくれ。

 勇者一行と名乗る我々の任務は、笑顔でありがとうを言うことだ。


「行こう」


 大扉を開く音が響く。薄暗い広間に足を進めると残り3人も続いてきた。ゆっくりと室内に灯りがついていく。
 そこで、息を。






 手前左側の壁に、メイド服を着込んだナニカが居た。灯りを付けたのだろう。動いた気配がしたから目を向けたが、正直、見なければよかった。

 光の加減で黒いスカートに模様が浮かび上がり、エプロンですら一目で上質とわかる。そんな品のあるメイド服を着こなしているのは、骨だ。
 しかもただの骨じゃない。表現するなら淀んだ沼に打ち捨てられた白骨死体だ。
 茶色で汚した緑色の液体が肉を作り、その中に沈んだ骨が、こちらを見て優雅にお辞儀をした。

 悲鳴と吐気をきちんと飲み込んだ僧侶をもう一度撫でてやりたかった。

 ゆっくり、何よりも自身を驚かせないようにゆっくりと正面を向く。そこに魔王が居るはずだ。

「ヒッ」

 小さな悲鳴を上げたのは、震える僧侶を笑っていた魔法使いだ。俺だってそんな可愛い悲鳴で済むなら出してしまいたかった。ああ、くそ、こんなの聞いてない。



 先ず目に入ったのは静かに佇む影だった。
 軽く俺の倍の高さから見下ろしてくる。その姿は真っ黒でまさに影なのに、目だけがただ浮かび上がっている。せめて対照に並んでれば良いのに、わずかに上下にズレて、優し気に微笑んでいる。手は床に付くほど長い。関節がいくつもあるのか、細い腕に節ふしがいくつも付いている。この魔物は前回と前々回の勇者の報告書で知っている。だから大丈夫だと、自分に言い聞かせる。

 更に視線を右側に向けると家を丸飲みに出来そうな程の大きさの黒いオオサンショウウオがいた。
 広間の中央。紅と金の絨毯の上。つまりコレガ魔王様。

 オオサンショウウオなんて可愛い生き物を折角思い浮かべたのに、塗りつぶすように凶悪さが覆いかぶさる。両生類の独特のぬめりが肌のイボと穴を目立たせ、逆に瞳や鼻なんかはどこにあるのか分からない。腕や足は500年生きた老木程に太く、背中には人と同じ位の高さの刺が不規則に生えていた。

 巨大な塊が笑った。口を開けると中は鮮やかな赤で歯が無い。巨体に似合わぬ小さな王冠を落とさぬように反対側に首を傾げている。そこで気付いてしまった。あの王冠は我が国王とそっくりだ。
 そんな訳無いと分かっていても、頭が勝手にあの巨大な化け物が王の首ごともぎとり王冠を奪って頭に乗せている姿が浮かんでくる。

「よく来てくれたね」

 一音一音、噛みしめるように優しく呟かれる。幼い、少年か少女かも分からないような小さな子供の声だった。ああ嫌だ。どうしてこうもチグハグなんだ。

「なんで、すがたが。まえとちがう…」

 漸く声が出た。そこで息をしていなかったのを思い出す。

「ん?ああ、10年前に新しく私が魔王なったんだ。これから宜しく頼むよ。勇者達」

 勇者。勇気ある者の総称だ。ここに立つために、人間で最も勇敢な者が選ばれる。
 なのに、声も出せない。



「私は、私達は、人間を愛しているよ」



 沈黙に困ったように囁かれる。幼い子供の懇願に似た声。控えめに、切実に、訴えかけてくる。母親とはぐれた迷子のようだ。

「ああああああ!!」

 叫びと供に爆破の魔法が魔王に向かって放たれる。良くやった!いや、何言ってんだ。止めなければ。
 頭の端で理性が言う。今まで飢餓を大寒波を流行り病を乗り越えられたのは誰のお陰だ。あの、人類一人ひとりを労う手紙の内容を思い出せ。

 俺の心の中で葛藤したって行動になにも移せてないんだから、攻撃は止まらない。
 でも無理だ。どんなに勇気があろうが理性が頑張ろうが、もう無理だ。
 俺だって剣を構えてしまっている。握ってないと自我すら無くしそうだった。

 きっと魂は、心臓の裏か脊髄の中にあるのだろう。そこから恐怖が湧き出て来て、身体の全てを操る。

怖い。気持ちが悪い。気味が悪い。恩人なのに。




 もう既にメイドは倒されて千切れたメイド服だけが残っている。美しかった純白のエプロンは緑に染まっている。

 影から伸ばされた腕が切り落とされる。分かってる。あれは攻撃の為に伸ばされたんじゃない。防御の為ですら無い。

 おちついて、ごめんなさい、どうか、ごめんなさい、あいしてる。  とどいて。

 誰が何を叫んでいるのか、もう分からない。嫌悪感と罪悪感が血管の中を暴れている。感情っていうのはこんなにも痛いものだったのか。










 音が何も無くなって、ようやく広間が明るい事に違和感を覚えた。壁の一部が無くなっている。

 誰ももう立っていない。でも確かめなくても仲間に怪我人はいないと分かる。だって我々は攻撃をされていないんだから。

 額を床に打ち付けたまま嘆く青年、女の子は二人で抱き合って小さくなっている。
 俺は魔王がいた場所に突き立てた剣と転がる王冠をぼんやり眺めた。


 広間の床に光の輪が描かれていく。これが聞いていた転移の魔法陣か。

 任務は失敗した。

 俺達は歴代の勇者のように、この結果を伝えた後は何も出来なくなるんだろう。罪悪感に押しつぶされて。

 それがいったい何の謝罪になるって言うんだ。





 どうすれば、我々の愛が彼等に伝えられるのだろうか。



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