第35回 山本周五郎賞 候補作予想してみた
ごきげんよう。あわいゆきです。
今回は4月中旬ごろに発表される、山本周五郎賞の候補作を予想していきます。
予想には私の主観と個人的な趣味嗜好が多分に混ざっています。あくまでも一個人の考えということで、なにとぞご理解いただけると幸いです。
はじめに予想を記し、その後に作品の簡単な紹介をしていきます。
予想
◎葉真中顕『灼熱』(新潮社)
◎岩井圭也『水よ踊れ』(新潮社)
〇河﨑秋子『絞め殺しの樹』(小学館)
△塩田武士『朱色の化身』(講談社)
△深沢潮『翡翠色の海へうたう』(KADOKAWA)
(◎>○>△の順に可能性が高いと踏んでいます)
そもそも山本周五郎賞ってなに?
まずは山本周五郎賞をよく知らない方に向けて、まずは簡単な山本賞の紹介から。
山本賞は、新人~中堅作家に送られる代表的な文学賞のひとつです。ジャンルはエンタメで、主催は新潮社。「直木賞」「吉川新人賞」とならんでエンタメの主要三賞のひとつとされます。
直木賞との最も大きな違いは通年であること。前年4月~本年3月までに刊行された単行本すべてが対象となるので、対象作はかなり広いです。
一方、「直木賞を受賞した作家は山本賞の候補にならない」暗黙の了解があるため、直木賞作家の作品はまず選ばれません。そのあたりで絞っていく必要があります。
正直なところ、傾向を読みほどくのがかなり難しい文学賞です。吉川新人賞は以前に書いた通り傾向がはっきりしており、予想も立てやすいのですが……。
基本的には直木賞で求められる文学性と、吉川新人賞で求められる大衆性を半々ずつ要求されるイメージ。
一応、隔年に一作品ほどのペースで、6月中旬に発表される直木賞の候補にも続けて選ばれる傾向にあります(佐藤究『テスカトリポカ』、砂原浩太朗『高瀬庄左衛門御留書』、澤田瞳子 『落花』など)。直木賞候補になりそうな作品は、比較的有力候補といえるでしょう。
そのあたりを踏まえて、予想を簡単に書いていきます。
自社枠、なにがくる?
先述の通り、山本賞の主催は新潮社なので、新潮社の作品が1~2作品は選ばれます。
今年は候補になりそうな作品がはっきりと二作品あるので、そちらを順番に。
まずは葉真中顕『灼熱』(新潮社)。直木賞、吉川新人賞でも本命と目していたし、またかよ、って感じなんですがここでも引き続き有力。
以前に別記事で書いた内容を引用します。
2021年、最も現代と接続されていた小説。第二次世界大戦の直後、ブラジルで現実に行われていた「勝ち負け抗争」という日本人同士の抗争を題材にして、分断された社会の対立が描かれていました。
以前に書いた記事の焼き直しになってしまうのですが、まず題材の抜擢が見事。戦後間もない頃、日本の裏側で日本人同士が「勝ち組」「負け組」に分かれて抗争を行っていた事実を初めて知る方は多いはずです。描写力も極めて高く、対立していく男二人の内面を丁寧に描くのはもちろん、ディテールの細かい土地の描写は、ブラジルの灼熱っぷりをありありと曝け出しています。
そして何より「勝ち負け抗争」という題材を、現代の社会情勢に照らし合わせて描かれているのが大きな見どころでした。むろん、20世紀の物語なので「コロナ」のようなフレーズは出ません。しかしデマに踊らされて対立していくさまは、フェイクニュースが蔓延る現状にも重ねられます。
また、作中では戦争を男性だけの物語に留めず女性の生きざまにも言及し、主要キャラのルーツに沖縄を据えることで沖縄差別にも切り込んでいました。20世紀の物語として描きながらも、現代のムーヴメントと接続していく目くばせは、この作品が2021年に書かれたエンターテインメントであると証明しています。
類例のない題材の抜擢、戦後ブラジルの濃厚な描写はもちろん、2021年に書くことの意義を徹底的に追求されている、2021年を背負って立つエンターテインメント巨編です。
(引用 : 2021年の国内文学 10作選んでみた)
今回は満を期しての自社枠です。吉川新人賞も評価は悪くなかったものの受賞を逃してしまったことから、ここで箔をつけにくるのではないでしょうか。
もう一作品は岩井圭也『水よ踊れ』(新潮社)。香港返還を目前に控えた香港で、政治闘争に巻き込まれていく青年を描いた一作。都市論や建築論を絡めながら当時の香港の狭苦しさを冷静な筆さばきで描き、香港に住むものとしての誇りや自由への渇望につなげていきます。
社会情勢を複雑に汲み取った一冊で、スケールも抜群。分断と対立という観点から『灼熱』とはどうしても被ってしまうのですが、こちらも遜色ない完成度となっています。自由、という言葉の意味をいちから問いかけなおす作品です。
岩井さんはまだ賞レースで名前こそ挙がっていませんが、ここ数作の長編はいずれも題材の抜擢に新しさがあり、描写の解像度も高いです。明らかに賞レベルの作品が続いているので、いずれは間違いなく賞レースにもかかわってくるであろうと思います。
ほかの賞で名前が挙がるよりも先んじて、ここで抜擢することに、大きな意味はあるように感じました。
次の直木賞で選ばれそうな作品は?
まず、22年上半期の中心に立っているのは河﨑秋子『絞め殺しの樹』(小学館)ではないでしょうか。昭和の北海道を舞台に、親戚に引き取られた少女がひたすら苦難に遭います。その描写の息苦しさは〈生きづらさ〉を描いた作品のなかでも上位で、閉鎖的な環境がうみだす陰湿なエピソードには眉を顰めたくなるでしょう。
とはいえ、家庭や人間の嫌な部分を詰め込んで、息苦しさを現代性とつなげる作品は、昨今だとすでに珍しいほどでもありません。
この作品が本当にすぐれているのは、少女が大人になって娘を生んでから始まる加害の連鎖(無自覚な加害)を正面から描いたこと。そして、彼女の息子に視点が移り変わってからの展開にあります。
くるしい日々を過ごしてきたがゆえに、娘にくるしさを強要してしまう事実を、母親の視点からレベルの高い筆致で描いていきます。
そして息子に視点が移ってからは、〈女〉の生きづらさをひたすら綴ってきたそれまでとは一転、世継ぎ(≒男)としての苦難を描いていきます。これから間違いなく朽ちていく、未来のない田舎町とどう向き合えばいいのか。最後に選び取った道は、既存の物語に多く見られる安易な救済を許さないものでした。
流行に括られる作品ではあるのですが、そうしたジャンルのなかでも特に、実力は抜けていたように感じます。
そしてもうひとつの作品が塩田武士『朱色の化身』(講談社)。吉川新人賞を受賞した塩田武士さんの最新作。ひとりの女性の来歴を追っていくなかで母娘三代にわたる歴史を浮かび上がらせます。
前半は取材・インタビューの受け答えをそのまま文章におこしたもので、語り手の意思が介在しはじめて真相を追っていくのは後半から。多くの取材から表面上の人物像を浮かび上がらせて、真相に到達することでそのひとの人間性があらわになる、という手法はありふれています。
それでも面白い作品に仕上がっているのは、昭和から令和にかけて80年にもわたる年月の情報がうまく整理されているのと、その年代ごとの描写にリアリティがあるからです。もちろんこの作品はフィクションですが、読んでいくうちに、本当にあったのかも、と思わせるだけの引力があります。
また、前半ではフェミニズムに言及しながら男性による女性の抑圧をなぞっていますが、後半に入ると〈女性による女性の抑圧〉にも触れていきます。先に取り上げた『絞め殺しの樹』にも共通する視点です。
これによって物語を加害 / 被害の片方で決めつけられないようにして、フェミニズムやルッキズムのような流行のフレーズによって当て嵌められない、「個」を取り上げることに成功していました。
現代性を的確に汲み取ったうえで、それをなぞるだけの作品に終わらせなかった構成は、高く評価されるべきところです。
山本賞がラストチャンスになりそうな作品も
そのほかだと、いまだ賞レースで陽の目を浴びていない深沢潮『翡翠色の海へうたう』(KADOKAWA)は、こうした場でこそ取り上げていくべき作品でしょう。
『翡翠色の海へうたう』は、戦時中の沖縄に従軍させられた朝鮮人慰安婦という、現代まで禍根として残っている外交問題を真正面から描いた意欲作です。慰安婦問題を題材に執筆しようとする〈私〉の葛藤を描いた現在と、「穴」として男性に使われる〈わたし〉の壮絶な過去を行き来しながら、「何者にもなれない」二人の女性の人生はやがて一点で接続され、現代の沖縄に根強く残る問題としても提起されます。
従軍慰安婦として生きた朝鮮人女性の人生を一人称視点で描き切る覚悟、当事者ではない人間がセンシティブな問題を題材に据える意味自体を問うた真摯さは鋭く、正面から向き合っていなかければいけない問題でしょう。
エンターテインメント色は薄いので、もしかしたら山本賞ではなく三島賞のほうで候補になっている可能性もあります。刊行時期の都合から山田風太郎賞や野間文芸新人賞では候補になれなかったので、もし賞レースに抜擢するならこのタイミングを置いてほかにありません。
KADOKAWAの単行本はほかにも多くの有力作を抱えていますが、今回はこの作品の候補入りに期待しようと思います。
おわりに
ほかにも、候補入りの可能性がある作品は多く思い浮かぶのですが……。あまりにも膨大すぎるので、例によって今回も紹介を割愛します。
なかなか書く時間を作れないので、直木賞芥川賞の候補作発表あたりまでには落ち着きたいところ。
おそらく来週あたりに候補作がはっぴょされると思うので、楽しみにしています。
それでは、ごきげんよう。
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