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第43回吉川新人賞 候補作予想してみた

 ごきげんよう。あわいゆきです。

 今回は一月下旬ごろに発表される、吉川英治文学新人賞の候補作を予想していきます。
 予想には私の主観と個人的な趣味嗜好が多分に混ざっています。あくまでも一個人の考えということで、なにとぞご理解いただけると幸いです。
 はじめに予想を記し、その後に作品の簡単な紹介をしていきます。

予想

◎一穂ミチ『パラソルでパラシュート』(講談社)
○逢坂冬馬『同志少女よ、敵を撃て』(早川書房)
○五十嵐律人『原因において自由な物語』(講談社)
△河野裕『君の名前の横顔』(ポプラ社)
△葉真中顕『灼熱』(新潮社)
△小田雅久仁『残月記』(双葉社)
(◎>○>△の順に候補作となる可能性が高いと踏んでいます)

吉川新人賞の位置づけと傾向の確認

 そもそも、「吉川英治文学新人賞」ってなんぞや?という方に、簡単な説明から。

 吉川英治文学新人賞とは、エンタメ系の新人~中堅作家に送られる代表的な文学賞のひとつです。主催は講談社で、対象範囲は前年の1月1日~12月31日に刊行された小説作品から。つまり今回だと、2021年に刊行されたすべての小説です。明言はされていなかったはずですが、単行本に限っているのではないでしょうか。

 また、「直木三十五賞」「山本周五郎賞」と並んでエンタメ系の文学賞では御三家として知られています。一方で「直木賞」を受賞した作家が吉川新人賞にノミネートされることはまずなく、「山本賞」を受賞した作家が吉川新人賞を受賞したこともありません。そのため、二つの賞に近付くための登竜門としても位置付けられているでしょう。
 最近だと『Ank: a mirroring ape』で吉川新人賞を受賞した佐藤究さんが、次回作の『テスカトリポカ』で山本賞と直木賞を両方とも獲っていったのが記憶に新しいですね。

 そんな吉川新人賞ですが、直木賞や山本賞と比べるとライトな作品、あるいはキャラクター文芸的な要素を有している作品を候補に抜擢してくれます。そのためライト文芸で活躍されている作家さんや、そこに近しいジャンルで活動している方が初めて文学賞にノミネートされるのも、この賞であることが多いです。
 近年だと三秋縋『君の話』武田綾乃『その日、朱音は空を飛んだ』凪良ゆう『流浪の月』あたりが代表例。いずれも文庫本で多くのファンを獲得していて、単行本も刊行するようになったのを機に候補となった例です。

 また、自社枠でかなり攻めてくるのも近年の傾向のひとつ。昨年は野﨑まど『タイタン』を、一昨年は相沢沙呼『medium 霊媒探偵城塚翡翠』を候補作に抜擢していましたが、そのあたりの作品も上の〈キャラクター文芸〉的な傾向と合致しながら、文学賞とは少し離れたところで最前線に立っている作家を押し出した形でしょう。

 そして、ジャンルを問わないところも吉川新人賞の特徴のひとつ。直木賞では受賞されないと言われているSFやホラーはもちろん、特に〈生きづらさ〉系が近年立て続けに候補入りしていることは勘案するべきか。先述の『流浪の月』をはじめ、昨年は寺地はるな『水を縫う』が候補に入っています。これは本屋大賞の傾向が移ろっているように、吉川新人賞も近年の流行に合わせた結果でしょう。

 一方で前衛的な作品が候補になる例は少なく、むしろそちらは「山本賞」の傾向と言えます。若々しさを発揮しながら活躍している作家さんが、大衆受けする手堅い作品で陽の目を浴びる舞台、とも言えそうです。

 そのため「直木賞はあまり合わないけど、本屋大賞は好き!」という方がいたら、まずはこの吉川新人賞の受賞・候補作に触れてみることをオススメします。本屋大賞で評価される〈面白さ〉と、最も近い視点で作品を掬いあげてくれるのはこの賞です(実際、本屋大賞と吉川新人賞を同時受賞している作品も過去に四作品存在しています)。


講談社、今年はなにを自社枠に推してくる?

 それでは、ここからは候補に入りそうな作品を簡単に紹介していきます。

 まずは自社枠(=講談社出版)から。おそらく二作品を候補にしてくると思いますが、そのうちの片方は一穂ミチ『パラソルでパラシュート』(講談社)で確実でしょう。

 以前に本屋大賞のノミネート予想noteで作品内容に言及したことがあるので、そちらを引用します。

 ここまで紹介してきた〈生きづらさ〉作品には大きな懸念点があって、心情を描くうえで社会に対する閉塞感を表面化するのが免れない性質上、どうしても重たい空気が漂った作品になりがちです。(中略) 読んでいて感情移入するあまり、息が詰まった人は多いのではないかと思います。
 そんな息の詰まる苦しさを感じさせずに、〈生きづらさ〉を描き切ったのが本作。大阪に住む三十代間際の女性は、女性らしさを求められることに閉塞感を抱えていますが、お笑い芸人たちと交流をすることで新たな光を見出していきました。この際のやりとりは非常にユーモア溢れていて、幾度となく笑わされます。芸人たちにもそれぞれ抱えた過去や想いがあり、終盤はそれらの人間関係も描かれるのですが、笑いの要素も混ざることで内容に反して重たい空気は感じません。
 作中でも「辛さを笑いに変える」と言っていますが、〈生きづらさ〉を息苦しいものとして終始扱うのではなく、ユーモアを交えた笑いに昇華しようとする強かさは、これまでに少なかった試みです。
(引用 : 第19回本屋大賞 ノミネート作予想してみた)

 上に記した通り、『パラソルでパラシュート』の新しさは〈生きづらさ〉をユーモアたっぷりに描くことで、閉塞感を打破しようとした心意気にあります。その試みは成功していて、たとえばキズパワーパッドを小さく切ったものをつむじに貼り付けて出勤して、セクハラ常習犯の会長に向けて「もやしを育てています」と言ってのけるシーン。あまりにもくだらないし、仕事仲間からは「普通に怖かった」とまで言われる始末。しかしそのくだらない明るさに元気をもらう人は多いはずです。
 そして暴力ではなくユーモアによって反撃することで、誰も不幸にならない爽快感を生み出しているのも注目です。加害の連鎖によって〈生きづらさ〉から解放させるのは古い描きかたとなりつつある昨今、このアプローチは現代的でとても好感が持てます。

 2021年の講談社は一穂ミチさんを推す年!といっても過言ではないほどでした。〈生きづらさ〉を題材に据えたのも賞の傾向と合致しており、もちろん作品内容も申し分ありません。
 本屋大賞も狙えるポテンシャルを『スモールワールズ』と相殺してしまった以上、この賞でこそ日の目を浴びせるべきで、むしろ候補にしなかったらいよいよ11月末に刊行した講談社の意図がわからなくなります。
 候補入りはもちろん、受賞まで一直線ではないかと予想される大本命です。


 そして悩ましいのが自社枠の二つ目。大本命として『パラソルでパラシュート』を置いている以上、受賞までたどり着く見込みは薄くても、かなり攻めた選書をするのではないかと予想しています。特に講談社が推していて、賞レースから少し離れたジャンルで活動している作家さんが有力。

 それを考えたとき、私が二番手として予想に挙げたいのは五十嵐律人『原因において自由な物語』(講談社)です。

 メフィスト賞を『法廷遊戯』で受賞してデビューを飾った五十嵐さんは、作家生活一年目でリーガルミステリーを三作品を刊行。そのいずれもが一定の話題性を獲得しており、三作目にあたる『原因において自由な物語』は未来屋小説大賞のノミネート15作にも抜擢されていました。

『原因において自由な物語』は主人公が書いている作中作の名前でもあり、作中では源氏物語になぞらえて『原自物語』と略されていました。序盤は作中作の内容が綴られ、中盤に入っていくと「作中作の内容が現実にも起きていた」ことを示唆されて、現実と虚構は入り混じっていきます。
 顔面偏差値を評価するアプリを登場させることでルッキズムの問題に切り込み、その流行によって学生のあいだに生じる問題をスクールロイヤー(学校で起こる諸問題を法的に解決する弁護士)という物珍しい立場の人物が解決に導いていく流れは、土台こそありきたりながらも新しさを取り入れて、目線は間違いなく最新のものを見据えていました。小説の在り方を問いながら、作者の強みである法律用語も多数飛び交って、当事者となる学生だけではなく弁護士の視点からも〈いじめ〉問題に言及していきます。

 ミステリ的な部分は弱さも拭えず、話の起伏も少々小さいきらいはあるので、エンターテインメントとしては佳作止まりな印象です。ただ独自の視点が読ませる力になっていて、取り扱っているテーマの重たさに心情描写も追いついています。
 そのためエンタメ要素の濃いミステリーとして読むよりも、いじめ問題について独自の視点で切り込んでいくリーガル青春ものとして読むのがよさそうに感じました。

 一定以上のクオリティをキープしながらコンスタントに新作を発表できる作家さんは貴重なはずで、講談社的にも推していきたい作家さんなのではないでしょうか。


 ほかにも、一色さゆり『光をえがく人』(講談社)は、アジア諸国とそれにまつわる芸術作品を題材にした短編集です。諸外国の情勢や日本との距離感をリアルに描き出しながら、いずれも一定以上のレベルにまとまっていました。一編ごとに取り扱っている国も異なるので、読むたびに新鮮さもあります。原田マハさんと並ぶアート作家として、期待は高いです。

 また、未読なので深くは言及できませんが、砥上裕將『7.5グラムの奇跡』(講談社)は、メフィスト賞を受賞した『線は、僕を描く』で大々的にプッシュされた砥上さんの最新作です。こちらも評判はよく、すでにネームバリューのある作家さんですから、候補に入っても何ら驚きません。


 自社枠の二作目で有力なのは上に挙げた三作かなと思いますが、そのほかの自社作品にも簡単に触れていきます。
 珠川こおり『檸檬先生』は小説現代長編新人賞を受賞したデビュー作。確かな感性は目立つのですが、粗削りな面もあるので二作目以降に期待したいところ。
 塩谷験『スイッチ』『時空犯』はどちらも手堅いミステリ作品。ただ、上に挙げたメフィスト賞出身作家の二人と比べるとジャンルが狭い作家さんで、メタな捉え方をすれば講談社から売り出しづらい……のが痛いです。
 鯨井あめ『アイアムマイヒーロー!』はよくあるタイムリープものですが、別人となって過去の自分と対峙する、という設定は新しいものでした。あとは既存のものを打ち破る展開が欲しかったかもしれません。
 昨年上半期の直木賞にノミネートされた砂原浩太朗『高瀬庄左衛門御留書』は、もう十分いろんなランキングや賞で目立っているので、いまさら抜擢するのも無粋でしょう。あと、麻枝准『猫狩り族の長』が候補になったらちょっとびっくりするかもしれません。


他社枠、範囲が広すぎる……。

 ここからは他社枠の作品。いかんせん範囲が広く、完璧に当てるのは無理! なので私好みの作品を紹介するコーナー……にもなってしまいがち。網羅していなかった作品が候補入りする可能性も大いにあります。
 そのため、把握している範囲(未読で紹介はしづらいので、既読作)のなかから、特に傾向と合致している作品を抜擢していきます。


 まずは直木賞と本屋大賞にもノミネート(候補入り)されている、逢坂冬馬『同志少女よ、敵を撃て』(早川書房)。直木賞の候補予想時からずーっと言っているのですが、この作品は吉川新人賞向きです。
 作品紹介は以前にしたことがあるので、こちらのnoteを参考に。キャラクター文芸的な人物造形を上手く活かしている作品で、それが直木賞ではリアリティの欠如として大きな瑕疵になるだろうと踏んでいました。ですが、吉川新人賞では大衆受けするエンターテインメント性を有しているとして、むしろ歓迎されるのではないでしょうか。

 元々話題性だけではなく、確かな実力も兼ね備えている作品です。昨年の加藤シゲアキ『オルタネート』と同様のコースを歩んで、この場で受賞する可能性も十分にあると踏んでいます。他社では最も堅い作品ではないでしょうか。


 そして私のnoteでもたびたび推している、葉真中顕『灼熱』(新潮社)。大本命は自社主催の山本賞だと思いますが、葉真中さん自身は過去に二回、吉川新人賞に候補入りしている常連です。
 何度も焼き増しをするのは手間がかかるので、こちらも過去記事の引用で簡単に。

 2021年、最も現代と接続されていた小説。第二次世界大戦の直後、ブラジルで現実に行われていた「勝ち負け抗争」という日本人同士の抗争を題材にして、分断された社会の対立が描かれていました。
 以前に書いた記事の焼き直しになってしまうのですが、まず題材の抜擢が見事。戦後間もない頃、日本の裏側で日本人同士が「勝ち組」「負け組」に分かれて抗争を行っていた事実を初めて知る方は多いはずです。描写力も極めて高く、対立していく男二人の内面を丁寧に描くのはもちろん、ディテールの細かい土地の描写は、ブラジルの灼熱っぷりをありありと曝け出しています。
 そして何より「勝ち負け抗争」という題材を、現代の社会情勢に照らし合わせて描かれているのが大きな見どころでした。むろん、20世紀の物語なので「コロナ」のようなフレーズは出ません。しかしデマに踊らされて対立していくさまは、フェイクニュースが蔓延る現状にも重ねられます。
 また、作中では戦争を男性だけの物語に留めず女性の生きざまにも言及し、主要キャラのルーツに沖縄を据えることで沖縄差別にも切り込んでいました。20世紀の物語として描きながらも、現代のムーヴメントと接続していく目くばせは、この作品が2021年に書かれたエンターテインメントであると証明しています。
 類例のない題材の抜擢、戦後ブラジルの濃厚な描写はもちろん、2021年に書くことの意義を徹底的に追求されている、2021年を背負って立つエンターテインメント巨編です。
(引用 : 2021年の国内文学 10作選んでみた)

 ……力量的には間違いなくどこかの賞にノミネートされる作品なのですが。年一回の吉川新人賞は何度も候補入りしている作家さんが少なく、だいたいが多くて二回。
 それでも呉勝浩さんや池井戸潤さんは三回目の候補入りで受賞を果たしていますし、辻村深月さんに至っては四回目での受賞です。葉真中さんが三回目の候補入りを果たす可能性は十分にあります。
 私情で毎回『灼熱』推してるだけのひとにならないためにも、今度こそ候補になってほしいです(それはそれとして山本賞でも二重丸付けるとは思います)。


 ライトジャンル出身の書き手だと、河野裕『君の名前の横顔』(ポプラ社)は抜擢されるならここでしょう。

 物語は、小学生の冬明が「ジャバウォック」なる存在が見えるようになったと主張し始めるところから始まります。これを機に現実が徐々に浸食されはじめ、母の愛(大人)と義兄の楓(青年)は、それぞれの視点からひとりの少年を見つめることで世間常識に絡めとられている自らを自覚し、〈家族〉のありかたを考えていきます。

 この物語で語られているのは、世間では前提となっている常識が本当に〈正しい〉のか、その在りようについてです。世間常識を〈ジャバウォック〉のような不可視性のあるモチーフで表現するのは、フィクションでよく見られる手法でしょう。そしてこの作品は世間常識にひとつの〈正義〉を設定して、個人が抱える〈正義〉と対峙させることで物語のスケールを拡大していました。自意識のぶつかり合いで完結してしまう個人vs個人ではなく、個人vs世間と置いて正義のあり方を突き詰めていくのは、作者の一般文芸に対するアプローチを感じさせます。

 また、個人が抱えている正義には、多かれ少なかれ世間常識から離れた歪みがあります。そして正義を獲得するまでの過程で捨ててしまったものが、世間常識(ジャバウォック)を受け入れる過程で捨てたものと同程度に存在する。本作では〈正義〉の成立にかかわる犠牲あるいは歪みのような、負の側面をしっかりと描いていました。
 家族のつながりを再構築する話としても楽しめるのですが、私は正義(ただしさ)を巡る物語としての側面を特に、興味深く読みました。

 河野裕さんは長いあいだライト文芸を中心に強い支持を集めてきた作家さんです。初の一般文芸進出作となった『昨日星を探した言い訳』は山田風太郎賞の候補になり、次点となる支持を獲得していました。
 作品の根底に潜む「やさしさ」はそのまま、あれからさらに一般文芸に寄せて書かれていた本作は、作者が本格的に単行本メインに舵を切っていくための試金石となりそうです。上述した吉川新人賞の候補作傾向とも合致しています。山本賞……という感じはしないので、来るならここでしょう。


 本屋大賞にノミネートされた小田雅久仁『残月記』(双葉社)も、もしかしたら来るのではないかと予想しておきます。

 元々は直木賞候補の予想noteでも取り上げて、来年の日本SF大賞が大本命だと考えていた作品。もしかしたら泉鏡花文学賞にも……と踏んでいたのですが、まさか本屋大賞にノミネートされるとは。嬉しい大誤算でした。

 こちらも以前に書いた内容をそのまま引用します。

 (前略)月にまつわる短編~中編が三作品収録されていますが、そのいずれもが出色の出来。現実から幻想への飛翔を描き、諦観の中に燃えたぎる強い感情を抉り出す筆致は、本書をレベルの高い作品集に仕立て上げています。
 中でも凄まじいのが、幻想・SF的な設定に説得力を持たせるためのディテールの詰め方でしょう。この記事で紹介している作品のなかでも文章力に関しては『残月記』が頭ひとつ抜けていて、独創的な比喩、徹底した細かい描写、リーダビリティの高さは作品に漂う幻想的な風景を損なわないまま、現実に起きている出来事だと錯覚してしまうほどのリアリティを作り出すことに成功しています。冷静に読んでみると話の流れ自体はありがちで、たびたび出てくる男女の二元論には首を傾げたくもなるのですが、次から次に出てくるガジェットの一つひとつは、それを瑕疵と感じさせないほどのスケールと、月の裏側に思いを馳せたくなるような味わいの良さを与えていました。
(引用 : 第166回直木賞 候補作予想してみた)

 引用部分にもある通り、とにかく『残月記』で圧巻なのは文章力です。エンタメジャンルに限らず、純文学まで幅広い範囲を見渡しても2021年最高と呼べるほどの品質ではないでしょうか。
 そして、頭ひとつ抜けている文章力は作品の魅力に直結しています。洗練された描写は美しい幻想世界を創り出して、ディテールの細かさは作品世界にリアリティを生んでいました。話の流れ自体はシンプルな構造をしているのですが、それでも飽かせることなく読み手を圧倒してきます。必殺技を使わず超高い攻撃力でひたすら殴ってくるみたいなもんです。
 最終的に出来上がった作品世界には、夜空に浮かぶ月の静けさ、美しさ、怖さ、あらゆる佇まいを浮かべてしまうほどの引力が備わっていました。

 SF幻想ジャンルを積極的に拾ってくれるのは吉川新人賞でしょう。本屋大賞にノミネートされた勢いのまま、枠に入ってきてもおかしくない作品です。


そのほかの注目作

 上に挙げた6作品が、吉川新人賞の候補作予想です。

 ここからは予想でこそ外したものの、入ってきてもおかしくない作品をいくつか簡単に取り上げます。

 深沢潮『翡翠色の海へうたう』(KADOKAWA)は朝鮮人の従軍慰安婦を一人称で描いた意欲作。山田風太郎賞と野間新人賞は刊行時期の都合から、直木賞は同じ版元に大本命の『黒牢城』がいた関係から候補入りとはなりませんでした。『黒牢城』がいない今回は注目したい……のですが、吉川新人賞にしてはエンタメ色が薄く、かなり攻めた作品でもあります。
 そのため候補入りするなら吉川新人賞ではなく、攻めた作風でも拾ってくれる山本賞ではないか、と予想しています(中間小説でもあるため、三島賞の可能性もありますが……)。そちらでは有力作品の一角でしょう。

 綾崎隼『死にたがりの君に贈る物語』(ポプラ社)は、けんご大賞を受賞した作品です。読むこと / 書くこと に対する歓びをテーマに、信者やアンチの在り方についても切り込んでいて、書店員受けのよさそうな作品だと感じました。
 作者の綾崎隼さんはメディアワークス文庫出身で、ライト文芸を中心に活躍されてきた方です。『死にたがりの君に贈る物語』は一般文芸三作目。いかにも吉川新人賞で日の目を浴びそうな経歴なのですが、今回は河野裕さんを予想に据えました。既にけんご大賞を受賞している、という理由もあります。
 ただ、綾崎隼さんの作風は非常に大衆受けしやすいものなので、近いうちに本屋大賞にノミネートされる作品を出すのではないかと踏んでいます。あと、この人がいま難病恋愛ものを刊行したら時代を象徴する一冊になると考えているので、(まず書かないでしょうが)書いてみてほしいなあとも思っています。

 岩井圭也『水よ踊れ』(新潮社)は、香港返還を目前に控えた香港で、政治闘争に巻き込まれていく青年を描いた一作。都市論や建築論を絡めながら当時の香港の狭苦しさを冷静な筆さばきで描き、香港に住むものとしての誇りや自由への渇望につなげていきます。
 社会情勢を複雑に汲み取った一冊で、スケールも抜群。キャリア的にもそろそろ賞レースに、という頃合いではあります。ただ、分断と対立という観点からも、やはり『灼熱』と比較してしまうところはありました。山本賞では有力候補の一角でしょう。

 本屋大賞にノミネートされたなかだと、浅倉秋成『六人の嘘つきな大学生』(KADOKAWA)にも注目です。こちらは昨年の山田風太郎賞で候補となり、『黒牢城』に次ぐ次点評価を獲得していました。ジャンルの噛み合わせもうまく、よくできた青春ミステリです。
 かなり有力ではあるのですが、予想に挙げている『同志少女よ、敵を撃て』『残月記』も本屋大賞にノミネートされていること、『原因において自由な物語』と路線が少なからず被っていることを鑑みて、今回は外しました。ポテンシャル自体は候補入りしても驚かないどころか、むしろ納得するほどの作品です。

 そして、生きづらさを描いている作品は『パラソルでパラシュート』とジャンルが被ってしまうので、別の作品が来るイメージはあまり湧きません。
 それでも、町田そのこ『星を掬う』(中央公論新社)寺地はるな『ガラスの海を渡る舟』(PHP出版)の二作品は有力な候補ではないでしょうか。特に寺地はるなさんは昨年も『水を縫う』で候補に入っているので、二年連続の候補入りとなる可能性は十分あります。

 また、未読のところだと芦沢央『神の悪手』(新潮社)伊岡瞬『仮面』(KADOKAWA)辻堂ゆめ『トリカゴ』(東京創元社)深緑野分『カミサマはそういない』(集英社)宇佐美まこと『羊は安らかに草を食み』(祥伝社)……、

 挙げていくとキリがないな!!!

 になったので、このあたりで打ち止め。


 やはり考えていくとわかるのですが、吉川新人賞の候補作予想は直木賞や本屋大賞よりも一億倍ぐらい難しいです。上半期の作品とか既に忘れてしまっているし、話題の外側にいる作品まで網羅していないといけないので……。

 あまり信ぴょう性のない予想になってしまいましたが、これを機にぜひ吉川新人賞にも目を向けてみてくださいね。
 候補作発表日は例年なら一月の末日になるので、いまから楽しみです。

 それでは、ごきげんよう。

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