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第19回 本屋大賞 順位予想してみた

 ごきげんよう。あわいゆきです。

 先日発表された本屋大賞のノミネート作、みなさんはもう確認されましたか?
 私は正午になった瞬間に本屋大賞のHPを開いて、『残月記』やんけ!!!とひとしきり叫んだあと、全作既読!早速投票するぜ!とウキウキ気分で本屋大賞の投票システムにログインしようと思ったら、そもそも書店員ではありませんでした

 いまは悲しみに暮れている最中なのですが、いつまでも泣いているわけにはいきません。本屋大賞の大賞発表日は4月6日!「書店店頭のお祭り」に少しでも便乗するべく、順位予想をしていきます。

 本屋大賞は多くの書店員さんが投票している関係上、発表日に近づくほどSNSの動きでなんとなく順位がわかるようになっています。それを踏まえて予想するのも一興ですが、難易度が下がってしまうので(?)、1月のうちに予想しておきます。それに早い段階で投稿したほうが、本屋大賞のノミネート作を手に取ってもらえるかもしれませんしね。
 本屋大賞は発表まで期間があるので、普段はなかなか時間をとれない人もイベントに参加できます。書店員さんはもちろん読書が好きな人も、この記事を通して少しでも「読んでみよう!」と思ってくだされば幸いです。

 なお、ノミネートされた10作については、以前に投稿した本屋大賞ノミネート作予想してみた、および直木賞候補作予想してみたで全作品を紹介済みです。なので、今回は順位予想に重きを置いて話を進めていきます。
 ノミネートされた10作品の「新しさ」や「読みどころ」について興味のある方は、上記のnoteを参照いただければ。

 それでは、予想をしていきます。

前置き : 一次投票と二次投票ってなにが違うの?

 まず、本屋大賞の予想をするうえで把握しておかなければいけないのは、一次投票と二次投票における仕組みの違いでしょう。
 一次と二次は異なります。柚月裕子さんと柚木麻子さんぐらい違うので、要するにまったく別です。

 まず、一次投票は「対象期間内に刊行された小説作品から、好きなものを1位~3位まで選ぶ」投票方式を採っています。これは単行本に限らず、ライトノベルや児童文庫をはじめとする文庫本も範囲に含まれているので注意。
「年に〇〇冊以上読んでいるか」などの参加制限がないため、極論をいえば、1年に3冊だけ読んだ人がその3冊で投票しても何ら問題がないわけです。
 幅広く本を読んでいない書店員さんでも参加ができるので、出版社がPRしている(≒広い範囲で手に取られている)話題作が上位に入りやすい傾向。プロモーションの強さがそのまま母数の大きさに繋がる性質上、出版社の思惑が反映されやすいといえるでしょう。

 そして、一次投票で10位までに入った作品が「ノミネート作品」として発表され、その10作品だけで改めて順位を決めなおします。それが二次投票です。
 二次投票は、「ノミネートされた10作品をすべて読んで、1位~3位まで選ぶ」投票方式です。ここで重要なのは、ノミネートされた作品には必ず目を通す必要があること。つまり、「ノミネート作をすべて読んだ書店員さんしか投票できない」ようになっています。
 そのため、一次投票のようにプロモーションの強さが母数には繋がりません。超話題作も隠れた名作も、スタートラインは同じです。
 そして投票する書店員さんも「ぜんぶ読んで投票するぜ!!!」と読書モチベーションに溢れた人たちばかりなので、普段から読書に慣れ親しんでいるでしょう。そのなかから「これだ!」という作品を選んでくるため、書店員さんの思惑が反映されやすいのが二次投票です。


 一次投票と二次投票の違いがあらわれている一例も挙げておきます。 

 たとえば第13回の住野よる『君の膵臓をたべたい』、第17回の砥上裕將『線は、僕を描く』は、一次投票だとどちらも2位以下にかなりの差をつけた1位でした。にもかかわらず、二次投票ではそれぞれ2位と3位で、大賞受賞を逃しています。

 この二作品に共通しているのは、「デビュー作だった」「版元が強く推していた」の二つです。作者による選り好みが発生せず、実力も読むまでは不明瞭なので、版元の絶賛を目にして興味を持つ人は一定数いるでしょう。
 また、版元の強いPRは自然と「書店に平積みされている本」にもなるので、普段は本を読まない人でも手に取るまでのハードルは低いです。そのため一次投票での「読まれている率」は高く、それがそのまま投票数に繋がっている、といえます。
 今回だと逢坂冬馬『同志少女よ、敵を撃て』が合致していますね。

 一方で、第14回の恩田陸『蜜蜂と遠雷』、第15回の辻村深月『かがみの孤城』は一次二次と危なげなく1位を取って、大賞を受賞していました。二者とも既に直木賞を受賞していて、ネームバリューのある作家さんです。順当に「人気作家の最新作」として強く売り出されて、読者の期待に応えた形として成立しているのが窺えます。
 話題先行ではなく、元から力量を伴っている作家さんは、二次でもそのまま評価されることが多いです。
 今回だと西加奈子『夜が明ける』が近いのではないでしょうか。

 また、第16回の瀬尾まいこ『そして、バトンは渡された』、第18回の町田そのこ『52ヘルツのクジラたち』も、恩田陸さんや辻村深月さんと比べるとネームバリューで一段劣るものの、一次二次でともに1位となっていました。
 これは単純に、本屋大賞に投票している層の好みと、作品内容が合致していたからでしょう。〈生きづらさ〉系作品がなぜ好まれているのかは、こちらのnoteに簡単な考察を書いたことがあるので、今回は割愛します。


 そして、二次投票で票があまり入らない作品も、3パターン紹介しておきます。

 まず一つ目が純文学ジャンルの作品。芥川賞受賞作はノミネート入りしても苦戦することが多く、『推し、燃ゆ』『火花』『コンビニ人間』などはいずれも二次投票下位。純文学雑誌に掲載されたものだと、ここ10年では『夏物語』『星の子』の7位が最高です。
 これは本屋大賞(の投票層)がエンターテインメントを志向しているからでしょう。文章の上手さよりも内容を重視してくる側面もありそうです。

 二つ目が過去に本屋大賞を受賞している作家さんの作品。本屋大賞の理念のひとつに「新しく本を売り出していく」想いがあるので、過去に一度受賞した作家さんは避けられやすい不文律があります。昨年は凪良ゆうさんの『滅びの前のシャングリラ』が7位。
 とはいえ、伊坂幸太郎さんは受賞してもノミネート常連だったり、恩田陸さんのような例外(二度受賞)もいるので、年月の経過によって許されていく不文律でもあります。
 また、直木賞を受賞している作品も票が伸びにくいといわれています。が、こちらは直木賞に限定した話ではなく、「他の主要文学賞をすでに受賞している作品」がやや疎まれがちだと捉えておくのが無難(そもそも直木賞と本屋大賞で、好まれる作品の傾向がはっきり異なるので)。
 今年だと町田そのこ『星を掬う』が該当。

 最後の三つめが本屋大賞で人気のある作家さんの作品。これは上二つと異なり、根強いファンの応援でノミネートされるため、相対的に二次では伸びない、といったほうがいいかもしれません。本屋大賞で人気の作家さんについては、以前にnoteで言及しています。
 今回だと、知念実希人『硝子の塔の殺人』が当てはまるのではないでしょうか。

 この辺りの傾向まで把握しておくと、順位予想もしやすくなると思います。


 ここまでの内容をまとめました。

一次投票 : 「多く読まれている」ほど票は伸びやすい。そのため話題性に優れた作品が有利。出版社の思惑が強く出る。
二次投票 : 「全作品を読む」必要があるのでスタートラインは同じ。元々の話題性はあまり関係ない(無意識のバイアスはともかく)。書店員の思惑が強く出る。 

 必ずしもすべてに当て嵌まるとは言えませんが、上のような傾向は存在するでしょう。


順位予想

 さて、一次と二次の違いを確認したところで、メインの順位予想に入っていきます。

 まずは一次投票の傾向をもとに、そちらの順位推測をしました。

一次投票の順位推測(未発表)

1位 逢坂冬馬『同志少女よ、敵を撃て』
2位 一穂ミチ『スモールワールズ』
3位 西加奈子『夜が明ける』
4位 青山美智子『赤と青とエスキース』
5位 朝井リョウ『正欲』
6位 町田そのこ『星を掬う』
7位 米澤穂信『黒牢城』
8位 知念実希人『硝子の塔の殺人』
9位 浅倉秋成『六人の嘘つきな大学生』
10位 小田雅久仁『残月記』

 この推測から、二次投票の傾向に合わせて順位を予想していくと……。

 ↓ 

二次投票による最終順位予想

1位 西加奈子『夜が明ける』
2位 逢坂冬馬『同志少女よ、敵を撃て』
3位 朝井リョウ『正欲』
4位 一穂ミチ『スモールワールズ』
5位 青山美智子『赤と青とエスキース』
6位 浅倉秋成『六人の嘘つきな大学生』
7位 町田そのこ『星を掬う』
8位 米澤穂信『黒牢城』
9位 知念実希人『硝子の塔の殺人』
10位 小田雅久仁『残月記』

 になると、私は予想しました。


 今回の本屋大賞は、世評の高さ・作品内容・受賞傾向をトータルして、10作品をキッパリ二つのグループに分けられると思っています。

1位~5位グループ  : 『夜が明ける』『正欲』『同志少女よ、敵を撃て』『スモールワールズ』『赤と青とエスキース』
6位~10位グループ : 『黒牢城』『六人の嘘つきな大学生』『星を掬う』『硝子の塔の殺人』『残月記』

 グループ内での順位変動はあれど、5位と6位のあいだにはかなりの票差が出るのではないでしょうか。
 そのあたりの理由も交えながら、各作品の順位付けを下に記していきます。
(※あくまでも順位予想です。そのため、順位付けと作品の面白さは一致しないのであしからず。私が好みで投票するなら1位『正欲』、2位『残月記』、3位『六人の嘘つきな大学生』です!!)
(書影は版元ドットコムさんよりお借りしました)


・1位 : 西加奈子『夜が明ける』

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思春期から33歳になるまでの男同士の友情と成長、そして変わりゆく日々を生きる奇跡。まだ光は見えない。それでも僕たちは、夜明けを求めて歩き出す。どれだけ傷ついても、夜が深くても、必ず明日はやってくる。
(引用 : https://www.shinchosha.co.jp/book/307043/)

 私が大賞に輝くと予想したのはこの作品。西加奈子さん5年ぶりの長編小説です。

  いわゆる〈生きづらさ〉をテーマにした作品ですが、ノミネート作では最もストレートな描かれかたをしていました。
 そのため、悪く言えば既存のアプローチを出ていません。作中で「いまは2016年だよ」と言い放つ場面がありますが、そもそもいまは2022年です。5年も経てば似通った題材の作品は多く刊行されて、既視感の溢れるものになっていきます。
 新しさという意味で、大きく後れを取っているのは否定できません。

 それでも私がこの作品を1位と踏んだのは、描写の濃さやディテールの細かさが優れていたからです。西加奈子さんの筆力の高さによって、『夜が明ける』で描かれているくるしさは、既存の作品と比べても胸に迫るものがありました。

 だから、この作品は新しさに関係なく、時代を越えた普遍的な痛みとして読者に届きます。二人の男の半生から目をそらせず、心を揺り動かされる読者は間違いなく多いでしょう。近年の本屋大賞が辿ってきた〈生きづらさ〉の極致ともいえるかもしれません。

 西加奈子さんは過去に本屋大賞で2位、5位、7位を経験しており、書店員からも根強い人気を誇っている作家さんです。本屋大賞に照準をあてたこの作品で、大賞に輝く可能性は高いと踏んでいます。

・2位 : 逢坂冬馬『同志少女よ、敵を撃て』

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独ソ戦が激化する1942年、モスクワ近郊の農村に暮らす少女セラフィマの日常は、突如として奪われた。急襲したドイツ軍によって、母親のエカチェリーナほか村人たちが惨殺されたのだ。自らも射殺される寸前、セラフィマは赤軍の女性兵士イリーナに救われる。「戦いたいか、死にたいか」――そう問われた彼女は、イリーナが教官を務める訓練学校で一流の狙撃兵になることを決意する。母を撃ったドイツ人狙撃手と、母の遺体を焼き払ったイリーナに復讐するために……。同じ境遇で家族を喪い、戦うことを選んだ女性狙撃兵たちとともに訓練を重ねたセラフィマは、やがて独ソ戦の決定的な転換点となるスターリングラードの前線へと向かう。おびただしい死の果てに、彼女が目にした“真の敵"とは?
(引用 : https://www.hayakawa-online.co.jp/shopdetail/000000014980/)

  下半期最大の話題作。刊行タイミングもプロモーションも抜群で、おそらく一次投票はこの作品が抜けた1位だったのではないかと思います。

 二次で順位を落とすと踏んだのは、やはり話題先行タイプの作品であることは否めないからです。先述した『君の膵臓をたべたい』『線は、僕を描く』とパターンとしては完全に一致しており、「読まれている率」は高かったはず。早川書房の社運を賭けたプロモーションが効かない二次投票だと、一次ほど票が伸びない可能性は高そうです。

 ただ、過去の二作品と明確に違うのは、現代の流行を的確に捉えて、作品の中に取り込めている点です。作中で軸となっている女性観は現代のフェミニズムに沿ったもので、現実を重ねて強く共感を覚える書店員の方も多いでしょう。
 また、漫画的にデフォルメされたキャラクターはエンターテインメント性を確固たるものにしており、独ソ戦という少し遠い題材ながらも、大衆受けしやすいものに仕上がっていました。直木賞候補に抜擢されたのも、話題性だけが理由ではないはずです。
 そのため、二次投票で後れを取ることはあっても、一気に下がることはまずないだろうと踏んでいます。3位以内、という意味では最も堅いので、複勝向きですね(?)

・3位 : 朝井リョウ『正欲』

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あってはならない感情なんて、この世にない。それはつまり、いてはいけない人間なんて、この世にいないということだ――共感を呼ぶ傑作か? 目を背けたくなる問題作か? 絶望から始まる痛快。あなたの想像力の外側を行く、作家生活10周年記念、気迫の書下ろし長篇小説。
(引用 : https://www.shinchosha.co.jp/book/333063/)

『正欲』も本屋大賞のウケ筋である、〈生きづらさ〉を描いた作品の括りに入るでしょう。
 ただ、『正欲』は生きづらさのアプローチ方法によって差別化を試みたのではありません。上に引用したあらすじの通り、「あなたの想像力の外側を行く」誰も描いてこなかった価値観の提示によって、過去にない唯一無二の作品にしています。

 これは非常に強力で、直近の本屋大賞ノミネート作を読んでいる人には、この作品で描かれている着眼点の新しさは光って見えるはずです。
「苦しくても助けを求められない人々」の存在を露わにして、〈マイノリティのなかのマジョリティ / マイノリティ〉に触れていくのは、直近の受賞作で語られていたマイノリティ像に向けて、時代のアップデートを求めた返歌としての側面も有しています。

 そのため本屋大賞に対するアンチテーゼ的な本であるとも読める一方、本屋大賞の「新しい流れをつくる」という理念とは一致しやすく、強く推す書店員さんはかなり多いでしょう。
 賛否を選ぶ性質からおそらく一次投票のほうが鬼門だったはずで、二次投票で横比較をしたとき間違いなく伸びてくる作品です。

 本屋大賞のひとつの傾向に終止符を打つ可能性がある、力強い作品でした。『夜が明ける』とは対になっていると勝手に思っています(?)


・4位 : 一穂ミチ『スモールワールズ』

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夫婦円満を装う主婦と、家庭に恵まれない少年。「秘密」を抱えて出戻ってきた姉とふたたび暮らす高校生の弟。初孫の誕生に喜ぶ祖母と娘家族。人知れず手紙を交わしつづける男と女。向き合うことができなかった父と子。大切なことを言えないまま別れてしまった先輩と後輩。誰かの悲しみに寄り添いながら、愛おしい喜怒哀楽を描き尽くす連作集。
(引用 : https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000348753)

 上半期最大の話題作。かねてから「本屋大賞向きだ」と言われ続けてきた作品が、満を期してのノミネート。

 もちろん上位入りは間違いないでしょうし、大賞(1位)に予想する人もかなり多いのではないでしょうか。それでも今回この順位に据えたのは「もう話題になりすぎているのではないか?」と、いわゆる〈賞味期限切れ〉を懸念したためです。

 先述した通り、『スモールワールズ』は刊行当時から本屋大賞の大本命だと目されてきました。直木賞や山田風太郎賞の候補になったときも変わらず言われ続けてきましたし、その過程で興味を抱いて読んだ方も多いはずです。
 しかしその結果、散々言われてきた「本屋大賞向き」が頭のなかに植え付けられてしまい、いざ本番の本屋大賞に辿り着いたときには「既に話題になっているしなあ……」感が出ているようには思います。

 それを象徴するエピソードとして、未来屋小説大賞でTOP5にも入らなかった事実があります。
「未来屋小説大賞」は全国の未来屋書店で働いている従業員が選考する賞です。書店員が運営に深く関わる制度上、本屋大賞とは切っても切れないほど近い位置に存在しています(現に昨年は『52ヘルツのクジラたち』が受賞)。今年ノミネートされていた15作品だと、『スモールワールズ』が明らかな本命枠でした。が、結果は上位5作品にも入らず。これを予想できた方は少なかったのではないでしょうか。
 この事実からは『スモールワールズ』が上半期から推されすぎて、飽和気味になっているのではないか、と推測ができます。

 そんなわけで、本屋大賞と絡めて既に話題になりすぎているがゆえに、二次ではむしろ伸びないのではないか……。というのが、私の個人的な読みです。
 とはいえ、「本屋大賞間違いなし!」と喧伝されて手に取った方は多くいるでしょうし、これはもはや実質本屋大賞を獲っているようなものでは?それは過言か……。

 1位を獲ったら、「少し考えすぎたな……」と唸ろうと思います。
『パラソルでパラシュート』も例年であればノミネート入り間違いなしの作品なので、そちらもよろしくお願いします。


・5位 : 青山美智子『赤と青とエスキース』

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 2021年本屋大賞2位『お探し物は図書室まで』の著者、新境地にして勝負作!
 メルボルンの若手画家が描いた1枚の「絵画(エスキース)」。
 日本へ渡って30数年、その絵画は「ふたり」の間に奇跡を紡いでいく――。
 2度読み必至! 仕掛けに満ちた傑作連作短篇。
(引用 : https://www.php.co.jp/books/detail.php?isbn=978-4-569-85064-1)

 昨年、『お探し物は図書室まで』で本屋大賞2位となった期待の新鋭、青山美智子さんの最新作。

 男女のこじんまりとした恋愛をやさしい筆致で描くと同時に、連作短編集によくある仕掛けを駆使して大恋愛にも見せているので、人気があるのも頷けます。ぬくもりのある詩的な表現の数々も、他のノミネート作には明らかにないもので、刺さる人は刺さるはず。シンプルな構造で新しさも排除されているぶん、わかりやすい物語がストレートに投げられていました。
 そのため読みやすさを基準にすれば、ノミネート10作のなかでこの作品が間違いなくいちばんでしょう。それは言い方を変えれば、読者からの「受け容れられやすさ」にも繋がります。

 あとはその長所が、どこまで二次投票で評価されるか。
 なのですが、正直私にはわかりません……。個人的に、最も順位が予想できないのはこの作品です。昨年みたいにもっと上位に食い込んでいてもおかしくはありませんし、蓋を開けてみれば案外の可能性もあります。
 それでも、5位以内には入るのではないでしょうか。昨年も強かったですし、ノミネート常連作家になっていく人だと思います。


 ここまでが、先に記した1位~5位グループの作品。いずれも広く読まれるポテンシャルを秘めていて、書店員さんからの反応もよさそうです。
 6位以下は、やや人を選びそうな作品。あるいは諸々の理由から、上位には足りないのではないかと予想している作品になります。


・6位 : 浅倉秋成『六人の嘘つきな大学生』

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成長著しいIT企業「スピラリンクス」が初めて行う新卒採用。最終選考に残った六人の就活生に与えられた課題は、一カ月後までにチームを作り上げ、ディスカッションをするというものだった。全員で内定を
得るため、波多野祥吾は五人の学生と交流を深めていくが、本番直前に課題の変更が通達される。それは、「六人の中から一人の内定者を決める」こと。仲間だったはずの六人は、ひとつの席を奪い合うライバルになった。内定を賭けた議論が進む中、六通の封筒が発見される。個人名が書かれた封筒を空けると「●●は人殺し」だという告発文が入っていた。彼ら六人の嘘と罪とは。そして「犯人」の目的とは――。
『教室が、ひとりになるまで』でミステリ界の話題をさらった浅倉秋成が仕掛ける、究極の心理戦。
(引用 : https://www.kadokawa.co.jp/product/322005000377/)

  上半期の話題作。就活×ミステリー。今回ノミネートされている本格ミステリ3作品のなかでも、いちばん取っつきやすいのはこの『六人な嘘つきの大学生』だと思います。
 タイトルやあらすじだけを読むと「大学生が騙しあう、ありがちなやつ!」となりがちですが、この作品が真価を発揮するのは後半です。あらすじからは想像もできない方向に話が転がっていき、キャラクターに対して抱いていた印象はひたすら覆り続けます。就活~仕事に関する共感ポイントが多々ありながらもわかりやすく鮮やかなので、書店員ウケもいいはずです。
 そして、この作品で最も評価ポイントに繋がりそうなのは読後感でしょう。これ以上はネタバレになるので、読んで味わってみてください。

『黒牢城』が直木賞を受賞したこともあり、ミステリー系の作品だと、いちばん上の順位につきそうな予感はします。ジャンルの融合もうまく、「就活もの」として読んでも優れた出来栄えになっているのは魅力。

 一角崩しがあるとするならこの作品ではないでしょうか。


・7位 : 町田そのこ『星を掬う』

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千鶴が夫から逃げるために向かった「さざめきハイツ」には、自分を捨てた母・聖子がいた。他の同居人は、娘に捨てられた彩子と、聖子を「母」と呼び慕う恵真。四人の共同生活は、思わぬ気づきと変化を迎え――。
(引用 : https://www.chuko.co.jp/tanko/2021/10/005473.html)

 昨年の本屋大賞を受賞した町田そのこさんの最新作。

 ジャンル自体は昨年の『52ヘルツのクジラたち』から変わっておらず、介護やDV、若年妊娠のような現代の社会問題を積極的に取り入れる姿勢もそのまま。今回は「生きづらさの理由を他人に押し付けている」のを正面から指摘されるシーンが存在し、その点で「ただ救われる物語」にはなっておらず、明確なアップデートを施されてもいました。母娘の関係性に焦点をあてたのも、より強い共感をうんでいるでしょう。
 そのため正当な進化作だと呼べる一方、「昨年から変わっていない」として投票を忌避する書店員の方もいそうです。賛否分かれるところではないでしょうか。

 そして何より、昨年受賞しているのが最大の問題点。内容にかかわらず、それ自体で大きく割り引かれてしまうのは否定できません。
 一応、前作を読んで共感した人の期待を大きく裏切る内容ではあまりないと思うので、続けて投票するファンも一定数いそうです。ただ、同系統のジャンルを好んでいる人の票は、今年だと『夜が明ける』に流れそうな予感がしています。

 昨年の凪良ゆう『滅びの前のシャングリラ』は7位でしたから、そのあたりに落ち着くのではないでしょうか。
 一応、『52ヘルツのクジラたち』が存在しなかったら、上位に食い込んでくる作品だとは思います。むずかしいところです。



・8位 : 米澤穂信『黒牢城』

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本能寺の変より四年前、天正六年の冬。織田信長に叛旗を翻して有岡城に立て籠った荒木村重は、城内で起きる難事件に翻弄される。動揺する人心を落ち着かせるため、村重は、土牢の囚人にして織田方の智将・黒田官兵衛に謎を解くよう求めた。事件の裏には何が潜むのか。戦と推理の果てに村重は、官兵衛は何を企む。デビュー20周年の集大成。『満願』『王とサーカス』の著者が辿り着いた、ミステリの精髄と歴史小説の王道。
(引用 : https://www.kadokawa.co.jp/product/322101000890/)

 下半期の直木賞受賞作。ほかにもミステリランキング4冠、山田風太郎賞と受賞しており、すでに賞レースを総なめにしている話題作。

「幽閉された黒田官兵衛を安楽椅子探偵に見据える」これまでにない着想で、時代小説とミステリ小説を融合させた著者の新境地なのですが、特に優れているのは時代小説としての出来栄え。著者初とは思えない綿密な時代考証がされており、史実に沿う形でミステリ要素が盛り込まれています。

 懸念となるのは、「時代小説」ジャンルがどこまで書店員の支持を集めるかでしょう。米澤穂信さん自身は本屋大賞でも人気のある作家さんですし、作品のテイストも従来の「米澤ワールド」を保っているのですが、作者自身が「誰が読むんだろう」と当初思われていたように、ジャンル自体が合わない人は一定数いそうです。ミステリよりも時代小説として、村重と官兵衛の関係性と集団心理に重きを置いている作品なので、その要素でどこまでハートを掴めるかは肝要です。

 また、既に数多の賞を受賞しているのも、決してプラスには働かないでしょう。

 ミステリのトリック的には小粒だと思うものの、広義のミステリランキングだけでなく、本格ミステリランキングでも1位を取っているので、読者からかなりの支持を集めているのは窺えます。そのため一次投票の順位はかなり予測しにくい。ただ、直木賞を受賞したこともあり、二次投票で浮上してくることはあまりなさそうです。


・9位 : 知念実希人『硝子の塔の殺人』

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雪深き森で、燦然と輝く、硝子の塔。
地上11階、地下1階、唯一無二の美しく巨大な尖塔だ。
ミステリを愛する大富豪の呼びかけで、
刑事、霊能力者、小説家、料理人など、
一癖も二癖もあるゲストたちが招かれた。
この館で次々と惨劇が起こる。
館の主人が毒殺され、
ダイニングでは火事が起き血塗れの遺体が。
さらに、血文字で記された十三年前の事件……。
謎を追うのは名探偵・碧月夜と医師・一条遊馬。
散りばめられた伏線、読者への挑戦状、
圧倒的リーダビリティ、そして、驚愕のラスト。
著者初の本格ミステリ長編、大本命!
(引用 : https://www.j-n.co.jp/books/?goods_code=978-4-408-53787-0)

 知念実希人さんの初となる本格ミステリ。作家デビュー10年、実業之日本社創業125年の記念作品。

  作品を読むうえで大きく目立っているのは、ミステリジャンルに対する深い愛情と造詣でしょう。作中では数々の名作ミステリが引用されており、「読んだことある!」となった人も多いはず。昔のミステリをあまり読まない人にも簡単に内容を紹介して、過去に本屋大賞でノミネートされている今村昌弘『屍人荘の殺人』などにも触れているので、どの世代でも楽しめる間口が広いつくりとなっていました。

 トリック自体はメタフィクションに依存しているところがあり、稚拙さを誤魔化しているようにも受け取れるので、この辺りは評価がわかれるところ。
 ですが、メタフィクションは読者が参加しやすく、最もわかりやすいトリックでもあります。多くの読者を歓迎できるエンターテインメント性に舵を切っているので、本格ミステリを読み慣れていない人ほど「騙された!」という感覚を素直に楽しめるでしょう。
 読者を限定せず幅広い層にミステリ愛が伝わるようにして、この本自体が「本格ミステリの入り口」となるよう作られているので、本屋大賞にノミネートされるのもうなずけます。

 そのため、この作品は知念美希人さんのファンには至福の一冊だったのではないでしょうか。知念さんがライトミステリ(医療ミステリ)によって獲得してきたファンに送る「初本格」としては、このうえない出来栄えだと思います。

 ただそれが問題でもあって、かなり一次に投票が偏っているのでは? という懸念はぬぐえません。知念さんはもともと本屋大賞人気が高く、ノミネート常連。現代の中高生のあいだでも住野よるさんや東野圭吾さんと並んで、数少ない「作家」による人気を獲得している方です。一次よりも二次のほうが参加条件が厳しい以上、ファンの投票による影響力は小さいです。
 また、ミステリに特段愛着のない人には、作中で綴られるミステリ愛が空回りする可能性だって無きにしも非ずです。「本格ミステリの入り口」として間口が広い一方、ミステリというジャンル自体が人を選ぶことには留意したいところ。

 過去にノミネートされてきた知念作品と比べてもファン向けの側面が大きいとみて、今回はこの順位に置きました。ですが、過小評価かもしれません。


・10位 : 小田雅久仁『残月記』

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近未来の日本、悪名高き独裁政治下。世を震撼させている感染症「月昂」に冒された男の宿命と、その傍らでひっそりと生きる女との一途な愛を描ききった表題作ほか、二作収録。「月」をモチーフに、著者の底知れぬ想像力が構築した異世界。足を踏み入れたら最後、イメージの渦に吞み込まれ、もう現実には戻れない――。最も新刊が待たれた作家、飛躍の一作!
(引用 : https://www.futabasha.co.jp/booksdb/book/bookview/978-4-575-24464-9.html)

 今回、最もノミネート入りが予想できなかった作品。世評は高いし優れた作品なので、どこかの賞で日の目を浴びるとは思っていたのですが……。それでも日本SF大賞が大本命で、ワンチャン吉川新人賞や泉鏡花文学賞あたりになると思っていました。まさか本屋大賞とは。予想できた人はいるのか……?

『残月記』で際立っているのは、文章力の高さです。SF・幻想的な世界観を創り上げる際に、設定の練り具合や状況説明だけで説得力を与えるのではなく、美しい風景描写、独創的な比喩表現、ディテールの細かい描写のひとつひとつを織りなして世界を屹立させています。
 そのためこの作品は、非現実を現実だと錯覚してしまうほどのリアリティを与えることに成功していました。他のノミネート作品にはない、唯一無二の魅力です。

 あとはその魅力が、本屋大賞という舞台でどこまで評価されるかでしょう。使われているガジェットや話の展開は普遍的ながら、幻想世界にリアリティを与える圧倒的な文章力に凄みがある作品。それが書店員さんの目にはどう映るのか……。エンタメ的観点から物語がつまらないと言われるのか、王道のラブストーリーだと言われるのか。文章が際立っていると言われるのか、文字が詰まっていて読みづらいと言われるのか。
 悩ましいところなのですが、純文学ジャンルが軒並み低順位であるように、文章自体に魅力がある作品を歓迎するイメージは本屋大賞にありません。ジャンル自体も傾向から外れているので、上位は厳しそうに感じます。

 ただこれ、嵌る人はかなり嵌ると思うので、一定数の票は入るのではないでしょうか。そのあたりでどこまで順位を伸ばせるか……だと思います。


まとめ

 全作品の順位付けをしたので、あらためて全体の予想を貼っておきます。

 二次投票による最終順位予想
1位 西加奈子『夜が明ける』
2位 逢坂冬馬『同志少女よ、敵を撃て』
3位 朝井リョウ『正欲』
4位 一穂ミチ『スモールワールズ』
5位 青山美智子『赤と青とエスキース』
6位 浅倉秋成『六人の嘘つきな大学生』
7位 町田そのこ『星を掬う』
8位 米澤穂信『黒牢城』
9位 知念実希人『硝子の塔の殺人』
10位 小田雅久仁『残月記』


 今年は例年よりも1位を予想するのが難しい顔ぶれになっていると感じました。突出した大本命がなく、どの作品が1位になってもおかしくはないので、予想のし甲斐があります。

 本屋大賞の大賞発表日は4月6日(水)です。それまでにぜひ、たくさんのノミネート作品を読んでみてください。

 それでは、ごきげんよう。

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