地球の人類に告ぐ。君達が眠っている間に、世界は変わった。【プロフェッサーX】
noteではアメコミについて触れてはこなかったけど、邦訳版「ハウス・オブ・X/パワーズ・オブ・X」を読んだあとの、どうしようもない気持ちをどこかに吐き出したくて、ここでぶちまけることにした。
X-MENとは
X-MENに興味が無い人間が、このnoteを読むのか疑問だが、ここで一応「X-MEN」について説明しておこう。
「X-MEN」はMARVELコミックスに掲載されるヒーローチームだ。
1963年に登場以降、約60年に渡って、今も連載を続けている。
「X-MEN」という作品が他ヒーローコミックスと大きく異なるのは、作品として人種差別問題を取り扱っている部分にある。
彼らは進化した人類、ミュータントと呼ばれる種族であり、人類とは一線を画す超常的な能力や、場合によっては異形の姿を持つ。
ミュータントはその力や容姿によって、迫害されるケースや、ヴィラン化するケースが多くあり、それを解決するためのヒーローチームという位置付けで誕生した。
【X-MENとは、悪の脅威から人類を守り、人類とミュータントの平和的共存を実現するために組織されたミュータントヒーローチームである】
これがX-MENを紹介する際のキャッチコピーだ。
しかしコミックスの世界であっても、人種差別や迫害は容易には無くならない。
現実世界の影響を色濃く受ける、アメリカンコミックスという媒体なら、なおさらだ。
X-MENの約60年の歩みは、理想を掲げ――しかし裏切られ続けた60年だった。
人種対立をリアルに描けば、それは当然の展開だ。何せ未だに解決していない問題なのだから。
それでも私は、理想を掲げるX-MENが好きだった。
ジョジョの第6部の最終エピソードの「眠れる奴隷」と同じだ。
人種差別は無くならないかもしれない、けれど理想を掲げ続けることには意味があり、それが「誰か」の希望になるかもしれない。
それはコミックス世界を超えて、現実世界の「誰か」かもしれない。
そう思えるのがX-MENだった。
だからこそ、彼らはヒーローだった。
そんなX-MENが好きだった。
ハウス・オブ・X/パワーズ・オブ・Xまでの長い停滞
私は90年代の邦訳版からX-MENを好きになった、アラフォーの世代のアメコミ好きだ。
しかし90年代以降のX-MENは、常にどこか不穏な空気が漂っていた。
理想を掲げていた、チームの精神的支柱であり、指導者。「プロフェッサーX」
彼が『実は裏で非人道的なこともやっていたのだ』という後付け設定が、バンバン出てくるようになった。
X-MENは空中分解し、いくつかのチームに分かれて対立を繰り返す展開。
それによって、人類との平和的共存よりも、ミュータントという種の保全に邁進する存在となってしまった。
そこには華々しい能力バトルや、盛り上がる展開はあれど、理想を掲げるヒーローの姿は無かった。
そんな展開を寂しい気持ちで横目で眺めつつ、邦訳版が出れば買っていたのが私の25年間である。
そしてX-MENの大規模リブート作品という触れ込みの「ハウス・オブ・X/パワーズ・オブ・X」の邦訳版が発売された。
(もしかすると、このリブートでかつてのXーMENが戻ってくるかもしれない……!)
そんな期待感を持って「ハウス・オブ・X/パワーズ・オブ・X」を読んだのであった。
「ハウス・オブ・X/パワーズ・オブ・X」の内容【完全ネタバレ】
ここからは、全力でネタバレなので、嫌な方は「そっ閉じ」推奨である。
「ハウス・オブ・X/パワーズ・オブ・X」は、プロフェッサーXがミュータントにとっての理想国家「クラコア」を樹立させた所からスタートする。
マジで唐突だ。
そんな話の前振り今までありましたっけ? って具合である。
そこに至るまでの諸々は、コミックス内でほとんど触れられることはない。
だからもうそれは「そういうものなのだ」「そういう設定なのだ」で受け入れる。
コミックスで描かれるのは「なぜプロフェッサーXが、その決断をしたのか」ということ。
そこに至るためのキーパーソンであり、「ハウス・オブ・X/パワーズ・オブ・X」の主人公が、モイラ・マクタガートというキャラクターだ。
マイナーなキャラなのでX-MENファン以外にはほぼ知られていないだろう。
モイラ・マクタガートは、遺伝子変異研究の権威として、長年X-MENを裏で支える科学者系のサポートキャラであり、非ミュータントだった。
彼女に今回、大胆な後付け設定が付与されたのだ。
『モイラ・マクタガートは、実はミュータントであった。
その能力は、死んだ際に記憶を保持したまま、胎児の時点まで時間遡行すること』
それだけではない
『モイラ・マクタガートは既に10回目の人生をやり直している最中であり、プロフェッサーXはモイラの過去生9回分の記憶をテレパシーによって開示されていた』
というのが、本エピソードの一番の重要な部分である。
ではモイラが体験してきた過去9回分の人生とはどんなものだったのか?
それを追体験する形で描くのが、「ハウス・オブ・X/パワーズ・オブ・X」のメインストーリーである。
内容を端折って結論だけ書こう。
モイラは9回の人生において「ミュータントは種の生存競争に負けて滅ぼされる運命にあり、真の敵は人類である」と認識するに至った。
そして10回目の人生で、プロフェッサーXに全てを明かし、協力して今まで行動してきた。
それが、今まで展開してきた60年のコミックスの裏側にあった真実である。
(――そういうことになってしまった)
ついにプロフェッサーXは、今まで被っていた理想主義者の仮面を捨てて、ミュータントを敵対種である人類から保護するために新国家クラコアを樹立。
国連に対しては国家承認だけでなく、人類が抱える病への特効薬を対価として、『ミュータントは生まれつきクラコア国民である権利』と『クラコア以外の法で裁かれない特権』を認めさせた。
それが「ハウス・オブ・X/パワーズ・オブ・X」のストーリーだ。
クラコアはミュータントの楽園だ。
なんと能力を活用した実質的な、不老不死が実現されている。
そんな国に、今後全てのミュータントは生まれながら所属し守られることになる。
X-MENだけでなくヴィランも。
全てのミュータントがクラコアに集い、遂に自分たちの安寧の地を手に入れた喜びの中、コミックスは終わる。
理想は潰えたという話
「ハウス・オブ・X/パワーズ・オブ・X」は、一見してハッピーエンドだ。
かつての敵と手を取り合い、種としての福音を得たことを喜びあう、美しい姿が描かれる。
しかし、それはミュータントにとってのハッピーエンドだ。
今は、一見すると「平和的共存」に見えるかもしれない。だけど本質はそうではない。
『ミュータントは生まれつきクラコア国民である権利』
『クラコア以外の法で裁かれない特権』
こんな不平等な条約があるだろうか?
平和的共存に見せかけながら、その実、人類に対して対等の立場で手を取りあう気などもはや無い。
ミュータントと人間は生存競争の果てに、いつかどちらを滅ぼす敵となった、という話なのだ。
そこにかつての理想はない。
それどころか、かつて輝いていた理想は、クラコアという聖地を手に入れるための欺瞞だった。
(――そういうことになってしまった)
今後、地球の脅威の前に、X-MENが他のヒーローと共闘することもあるだろう。
しかし、彼らはもはやヒーローではない。
ミュータントの守護者なのだ。
地球の人類に告ぐ。君達が眠っている間に、世界は変わった。
【プロフェッサーX】
そう、変わってしまったのだ。
人種/思想など、様々な面で分断が進む今の時代こそ、かつてX-MENが掲げた理想が必要なはずだ。
そんな中、作品としても分断と敵対こそが、異種族の運命であると決定づけたこの展開は残念でならない。
今後の展開はまだ分からない。
アメコミは、こういうレベルの「実はこうだったのだ」という後付け設定での、ちゃぶ台返しをよくやらかす。
だからこそ、もう一度のひっくり返しだって、可能性がゼロではない。
「ハウス・オブ・X/パワーズ・オブ・X」の中にも、その可能性をほのめかす部分はあった。
表向き幸福ながら「分断と闘争の肯定」という最悪のリブートをしたX-MEN。
それは改めて、かつての理想と向き合うためのスタート地点なのだと今は思いたい。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?