マイケル・トバイアスのアッシュネックについて少し

エレキベースのネック部分はメイプル材で作られるのが標準で、次はマホガニーかなと思う。ギブソン的なあれで。その次はもうカーボンとかアルミでしょ、っていうほど材は固定されていたけれど、むろんバイオリン族の流れを汲んでいるせいでしょう。指板には黒檀に準ずる黒や茶の濃い色の固い木。普通はネック材よりも強い材が使われますね、フレットがあろうがなかろうが、伝統的に。

弦の引っ張りに耐える固さでなけりゃ駄目だとしたら、じゃぁ指板材の黒檀やら紫檀やらでネック丸ごと作っちゃえば、と思うのは素人だけじゃなくて、実際そのような楽器はあることはあります。というか2000年ぐらいからの楽器界の銘木パンデミックで、何でもありなことを個人製作家が実験してくれたおかげで、私たちエンドユーザーにも少々の知恵がつきました。

あれから20年と単純計算したならば、それら進歩的なアイディアが、実使用を経てどうなるかの答え合わせはできていると見ていいでしょう。その間に天然資源への向き合い方も大きく変わりましたし、有象無象の淘汰を経て生き残った作り手と、次世代へと繫ぐことのできる製作手法といったものまで可視化が進んだように思います。

レオ・フェンダーに並ぶ革命家だと信じているロン・ウィッカーシャム率いるアレンビックは1970年代から木工の匠を極めた工法で銘木を操り、そのエレクトロニクスの技術のみならず、新しいエレキ楽器像を世界に問いました。その影響下にある数々のルシアーが伝統にとらわれない使用材を試みたのは、楽器1本に40万円以上投下したことのある人なら誰でもご存じでしょう。

そうした弦楽器製作家(ルシアー)の中にマイケル・トバイアスという人がいて、フェンダーとアレンビックのいいとこ取りをしたような楽器を長く作り続けています。おそらくは、もう製作の最前線に立っておらず、息子のダニエルに作業の大半を任せ、ビジネス全体を監修する立場に身をおかれているのではないかと思います。アレンビックの営業は娘のマイカが担っているのと同じように。

マイケル・トバイアス・デザイン(MTD)の、まず見た目的な素敵さはこちらをご覧になれば一目瞭然でしょう。
https://www.instagram.com/michaeltobiasdesign/?hl=ja
ひとつも同じものがありません。そうしたメーカーはいくつか他にもあり、それぞれがトップだと言えるブランドの魅力を備えていますが、私は、ある意味でエレキギターorベースの、製作する楽しみというのがMTDには満ち満ちている気がするのです。子供の視線に戻してみて下さい。カラフルで、模様が華やかで。インスタのアカウントページを開いた時のわくわく感はベーシストでなくても共有できるのではないかと思います。作るのが楽しくて仕方のない人から生み出された、世の中に現れたことが嬉しくてしょうがない幼子のように、私の目には映ります。(あるいはマカロン)

楽器としての評価をここで繰り広げるつもりは、今日のところはなくて、ただピンポイントにネック材のことをお話しします。

私がMTDに初めて触れたのは2001年、ニューヨークのルーディーズという楽器店を訪れてのことです。その時に目にした色々なものの話を、いつかしたいと思います。MTDは現地価格で$4000以上していましたので、もちろん買えるわけもなく、一番安いグレードのKen Smithが$3000を切るくらいで、セール品だったF-bassのフレットレスもそれくらいでした。でもそれらも、ただ弾かせてもらって経験値を重ねるだけの存在でした。Alleva Coppolloも見ましたよ。ジミーの店に何度も行きました。あ、ルーディーズじゃないしMTDとも関係ないのでやめます。

マイケルは、Tobiasというメーカーのファウンダーですが、その権利をギブソンに売った後、MTDを興し現在に至ります。Tobiasもいろいろやっていましたが、どちらかと言えば構造が売り、MTDは逆に素材が売り、という感じで、木材の組み合わせで音響効果を設計する世界最高の達人として名を馳せます。基本はネック材と指板材とボディ材の組み合わせ。ボディ材は表板を貼る・貼らない、またその素材は何かといったところで調整を行います。このセンシティブなブレンディングの技術・知識はとんでもなく鋭敏でした。

ほとんど全ての作品がカスタムメイドですが、その元となるノーオプションのモデルはボディ材がアッシュかアルダー、ネック材はメイプル、指板はローズウッド(国際取引が禁じられた間は代替材)と、フェンダーに準拠した仕様で、ボディトップ材の有無、樹種の選択、ネック材・指板材の選択などで追加料金が発生します。塗色の指定もオプションです。

私は実際に5本を所有したことがあり、オーダーメイドを3回行っています。出したい音を想定して材の組み合わせを考え、その木目が生きる好きな色を指定して注文するのは、本当に楽しい時間でした。結局全て手放してしまっていますが、最初の1本は、あの時のルーディーズで現地購入、$800に満たない韓国製の廉価バージョンで、マイクが手がける米国製は日本から3本オーダーし、1本吊しで買っています。うち2本がフレットレスになります。

昨年来の事情で演奏仕事は皆無になってしまいましたが、逆に言えば、毎日4時間とか平気で弾くこともなくなったことで、ややしんどい楽器でも音が欲しければ持ってていいのかなと考え始めました。これまで却下していた中に、もう一度目を向けるべきものも潜んでいて、なにかしら新しい発見があるかも、なんて。理由はいつも後付けです。

ホーン奏者のアドリブをトランスクライブ(耳コピーというやつです。譜面に起こしますが)したコンサートキーのアルトサックス譜が、6弦ベースでちょうど収まる音域になり、まだまだ難しいことは弾けませんが、自身の楽器で再現するということを、ベースの場合6弦でなら可能になります。それをエクササイズ化したものを弾くにはHi-C弦からLo-B弦までまんべんなく使うわけです。そうすると幅広ネックの6弦だと、Lo-Bまで指が届かず、押さえられなくなってしまい、ストレスが溜まります。そこで満足のいく弾き心地と音色の楽器を日々探していた中で、もう一度MTDという考えがよぎったのです。MTDの6弦は弦間ピッチ18mmと狭いので弾きたい素材を弾くことができそうです。述べていませんでしたが、マイクの作る楽器の最大の特徴は独特なネックの断面形状によるフィーリングの良さにあります。

MTDの無限とも言える木材の組み合わせで、いつも好きだなぁと感想を漏らしてしまう要素が、標題にあるアッシュネックです。アッシュは普通ボディ材に使用されますが、野球のバットにも用いられるくらいですから、ネックに要求される強靱さを備えた材も得られるようです。もちろん伝統的には使われてきていないので、それ用にストックされてこなかった国内市場でネックに使えるアッシュは手に入りません。国産メーカーには作れないのです。

アッシュネックの使用例は、先んじてフォデラが行っていました。私が初めて見たのはリンカーン・ゴーインズモデルで、ハワイアンコアのソリッドボディと組み合わされていました。これもまた好きな音がしました。フォデラの場合はネックを横に5ピース貼り合わせて組んだものをスルーネック構造で使用していますが、MTDはプレーンな一枚板でネックを構成し、ボディとはボルトオン装着ですので、素材感はより顕著に表出します。

マイクのレシピでは、アッシュネックは多くの場合、メイプル指板、アッシュボディと組み合わされ、それはそれで悪くないのですが、私の場合、とびきり良いと思うのは黒檀・紫檀系のオーソドックスな指板材との組み合わせです。以前に5弦ですが、ボディ材にアルダー、トップ材にナラ、ネックはアッシュで指板が縞黒檀というのがありまして、これが生涯試奏した中で最高のMTDでした。以来、その音をさがしています。

というわけで、今日は午前中にオンラインレッスンの仕事を済ませ、午後は空いていたので御茶ノ水、新大久保、渋谷と楽器店を巡り、6弦のMTDを6本弾いて参りました。その全てがお店の商品ですので、どれが良いとか嫌いとか申し上げるわけにはいきません。ですが、その中に注目のアッシュネックは2本あり、そのうちの1本はかなり良かったです。まぁこの場合の良いは好き、ですけど。ただし指板が〇〇だったらなぁ、というちょびっと自分的には惜しいと思う部分があり、ドストライクではなかったので買います、とは言いませんでした。

具体的な話をしないまま終わっちゃいましたね。一言でいうと、ナロータイプのアッシュネック6弦ベース募集中、といったところです。今日もお耳を汚しました。失礼します。



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