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ノヴァクの実験

ピアノの弦とゲージについて、具体的な数値を知ろうとしても中々資料が見当たりません。ネットだからか。図書館へ行けばわかるかな。

弦の基音は、長さ、張力、質量(太さですがもちろん素材も)といったパラメータの組み合わせで決まりますが、その基音を鳴らすのに、音楽的に良いとされる、つまりは楽器として成立した実績のある組み合わせとは、一体どのようなものだったのか気になります。

どう考えても、私たちのエレキベースというものはレオ・フェンダーの発明品を元に改良を加えていったものですから、もっともっと音響物理学の観点から解答を探った治験は無かったのかと、不思議に思います。一昨日に名を出したラルフ・ノヴァクの講演が文字おこしされているのを読みました。

ここではギブソンギターの24.625インチとフェンダーの25.5インチを比較しています。0.010ゲージの弦をそれぞれの長さに張って、ギターの1弦(E音)にあたる330Hzに調律します。周波数特性から倍音の構成を調べるのですが、採音に当たってはビル・バルトリーニがシステムを提供し、共同での実験だったようです。

それぞれには音色の違いを示す倍音構成の変化が見られます。ただ、着目したのは、ここでクラング・トーンと呼んでいる縦振動の唸り音です。結論から言えば、それがスケールに固有の色づけを与えていると考えています。ここで言う「縦振動/横振動」ですが、弦が縄跳びの縄のように弓なりに動くのを横振動("transverse vibration")、そのことで実際には弦が伸び縮みすることで発生する弦長方向への振動(compress / relax)を縦振動("longitudinal vibration")と理解しました。

縦振動によって発する「クラング・トーン」を際立たせるために、松脂を付けた布で弦を擦りつけて鳴らしています。それが弦長に対しての固有性を持っているといった主張が展開され、では既存の弦楽器の調律に対し、どんな弦長がベストか、といった議論にまでは至りません。

ピアノ製作の分野で検索すると、そこには音響物理学の学術論文を見つけることができますし、クラング・トーンへの言及もあるようですが、論文自体の閲覧までにはハードルがありますので、研究がなされていることまではわかりました。当然のことでしょう。

では実際にラルフが製作した弦楽器、特にベースの場合はどうだったかと言えば、Novax Guitarsの5弦ベースはローBに36インチ、G線に33インチを設定しています。Dingwallの設定からは1インチ短く、彼のフェンダーライクなモデルよりは1インチ長い、ということで"Novax Fanned Fret"の正当な後継者であるシェルドン・ディンウォールは、パテントがラルフの元にある時代から製作していましたから、法的に競合しない設計を余儀なくされたか、あるいは忖度したのかもしれません。

いずれにしても、Dingwallは高い製作技術と信念を持った音楽性、意匠に対する独自の美観によって、ビルダーとしての地位を確立できましたし、楽器そのものに、より長い弦長を与えた優位性が始めから備わっていたかもしれません。E弦にして36.25インチとは、まだまだコントラバスよりも短いわけですから。

自身の体験で申しますと、Dingwallは4弦を所有していたことがあります。工房が火災に遭う前の、Voodooと名付けられたモデルです。材構成がKensmithに類似していました。マホガニーをキルト・メイプルでサンドウィッチした3P構造で、ハムバッカー搭載、ボルトオンネック。こう言うと語弊がありますが、スミスをアップグレードしたようなめちゃくちゃいい音でした。現在のモデルとは形状も異なっており、4弦ですからよく使うローポジションに手が届かず、諦めることとなりました。

あの頃にもNovaxを調べたことがあり、ベースをヤフオクで発見して、買いかけたりもしました。こうして振り返ってみると、彼のローB弦の36インチ設定は的を射ているような気がします。

というわけで、アンソニー・ジャクソンも認める36インチスケールの拡張ベースを、改めて市場に探してみるとSago New Material Guitarsの作例がありました。Tune/Phoenixもやっていましたね。当然Fodera、CarlThompsonもです。ジェイムス・ジナスは36の人でした。彼のシグネチャーモデルを店頭で弾かせてもらったことがあります。Sagoは試奏動画がいくつかありました。そうそう、Bacchusのアップライトベースが36ですね。4弦ですが。

最低音をEからBへ、という目的で足される弦には、あと2インチ(約50mm、ほぼ1フレット分相当)延ばせば満足なトーンが得られるらしいことがわかります。ローB弦の解像度はこれなら大丈夫そうです。

一方、演奏性の悪化を置いておいても、他の弦に関してどうかと言えば、もう耳慣れたベースの音(要はフェンダー)とはかけ離れてしまっています。それはもちろん、ベースという楽器がアップグレードされたことを示していると考えたいところですが、それを自分の音("my voice")と信じられるかどうかは別の問題です。

よくスタジオミュージシャン、セッションミュージシャンがフェンダー持ってきて、などとクライアントに言われるそうです。私ははっきりと指定されたことはありませんが、自分で向き不向きを考えます。ジャズベース、プレシジョンベースのリクエストなら、少なくとも34インチの楽器を持っていかざるを得ないでしょう。

90年代の半ば頃、初めての6弦ベースを手に入れようとする時、ヤン・クノーレンと話しました。まだ新進気鋭だった彼は、音質を保証するにはスケールが最重要であると語り、実際独自の900mm(35 7/16inch)だったかで設計しました(*記憶が曖昧です)。18mm弦間でオーダーしたものの、夢中で弾いているうちに、妥協しない演奏方法では体に無理が来ました。

というわけで、やはりマルチスケールには奏者の立場からもメリットを感じることとなります。Novaxと同じ33-36の5弦ベースを探してみると、ありました。ちなみにIbanezは33-35、35-37の5弦等を作っており0.5inch刻みです。Novax / Dingwallは0.75刻み。ESP系のE-IIがまさに33-36を採用しており、Digimart発信のYoutube動画でも紹介されています。これは是非、実際に試してみたいと思います。

余談ですが、マルチスケールシステムは多弦であるほど有効で、所望している6弦ベースにも採用を検討する価値がある気がしてきました。当面もっぱら探しているのは5弦なのですが、いつかオーダーを検討するかもしれません。ローBに適した弦長、ハイCに適した弦長がわかったところで、それに囲まれた弦の長さが追随します。その時それが、自動的に適切となるのかは私にはわかりません。しかしどこかで34インチのフェンダーテイストがカバーできていればいいなと思うわけですが、まぁ別物と考えた方が良いでしょうね。

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