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マーチングスネアとコンサートスネアの違いをまとめてみた

この動画を見て、「マーチングスネア」と「コンサートスネア」の違いについてまとめてみようと思いました。

・・・と思っていろいろ書いてたら12,000文字を超えてしまったのでゆっくりお読みください。なんだこの目次の長さ・・・。


本題の前に経歴の紹介

筆者のマーチングスネアの経歴については過去記事見てください。

コンサートスネア、所謂「吹奏楽スネア」については、主な本番演奏曲を紹介します。
・ダッタン人の踊り(ボロディン)
・祝典序曲(ショスタコーヴィチ)
・オセロ(A.リード)
・オリエント急行(フィリップ・スパーク)
・組曲 宇宙戦艦ヤマト(宮川泰/宮川彬良)
・ドラゴンクエストによるコンサート・セレクション(すぎやまこういち/真島俊夫)
・時の証明(芳賀傑)
・フランス組曲(ダリウス・ミヨー)
・アルセナール(ヴァンデルロースト)
もちろんこれ以外にもいっぱいやってます。3桁は行かないと思いますが50曲くらいはやってるかと。

これだけやってれば「違い」を客観的にまとめられます。
では本題に入ります。

(1)スティックの持ち方、構え方

1-1)持ち方の違い

1-1-1)グリップ

スネアドラムの代表的な持ち方として「レギュラーグリップ(トラディショナルグリップ)」と「マッチドグリップ」の2種類があります。

左:レギュラーグリップ 右:マッチドグリップ
(いずれもVic FirthのYoutubeチャネルよりキャプチャ)

ジャンルごとの使い分けですが、まずマーチングスネアはレギュラーグリップが大半です。大昔の軍楽隊スネアで楽器を傾けて担いで演奏していたことの名残です。M協(マーチング協会)系団体は高校以上の団体のほとんどが該当します。中学校だとレギュラーとマッチドがまちまちです。逆に小学校では近年レギュラーの団体を見かけません。大昔はありましたが。
一方、吹連マーチングコンテスト側の団体はマッチドとレギュラーが半々といったところ。東海大高輪、活水、精華女子、習志野あたりがレギュラーグリップでやってますね。

コンサートスネアも20世紀の頃まではレギュラーグリップの方が大半を占めてましたが、近年はマッチドグリップの方が大半を占めます。
1990年前後生まれの世代を境にレギュラーからマッチドへの変遷が進んだとも言われています。プロの打楽器奏者でもあまり見なくなりました。

変遷理由は単純で、吹奏楽やオーケストラの打楽器の世界では「基礎スキル習得の観点で非効率」だからです。

ティンパニや鍵盤楽器やシンバルなどもやることを考えると、スネア以外にほぼ使いどころがない(他にはバスドラムのロール程度)レギュラーグリップは基礎スキル習得の観点では回り道にしかなりません。習得には半年~1年くらいかかりますし、習得したところで得られるメリットは希薄。クローズロールが少しやりやすくなる程度です。現代風にいえば「タイパが悪い」になりますかね。
近年の部活動時間制限の風潮もレギュラーグリップ敬遠に拍車をかけていると思われます。

ただ、「レギュラーグリップできるようになりたい」と思っている人は観測範囲では割と居たりします。

1-1-2)指の添え方の違い

主に右手の話になりますが、マーチングスネアは割とがっちりスティックを持ちます。小指も含めてすべての指をスティックに被せ、スティックと各指が離れないように持ちます。マーチング以外のジャンルではよく「中指・薬指・小指は添えるだけ」と言われますが、それよりはしっかりくっつけるイメージです。握りしめるまでは行きませんが。
そうしないと手がスティックの太さとスネアヘッドのリバウンドに負けてしまい、リズムが不安定になったりスティックが滑って飛んでいきかねないからです。実際私は1992-93の全国大会でスティック飛ばしましたからね…

こちらは一例ですが、右手の指が全部スティックにくっついているのがわかるかと思います。

右手の持ち方の例(Learn This Lick 1より)

私は中学生の頃、「手を浮かせるな!ちゃんと握れ!」と何百回も注意されていました。かといって「本当にちゃんと握る」のもNGです。腕も手も持たなくなりますし、リバウンドを完全に殺してしまうのでロール系などが出来なくなります。この手の加減は当時相当悩みましたね・・・悩まなくなったのは高校に進学してからです。実に3年近く悩んでました。

一方、コンサートスネアではがっちり持つようなことはしません。マーチングスネアのような速いリズムを奏でる必要性が少なく、スネアヘッドの張りも強くなくスティックも細く、リバウンドはマーチングスネアに比べると弱くなるので、それこそ「指は添えるだけ」で十分です。
特に小指については、思いっきり離しているプロ奏者の方も結構います。シエナウインドの土屋吉弘氏を例として紹介します。

小指を離すことで安定性は落ちますが、リバウンドが使いやすくなり、特に後述の「クローズロール」がやりやすくなるというメリットがあります。

私個人としては、小指を離す奏法は大っ嫌いなのでしませんが・・・小指が立つような見た目が生理的に受け付けません。ごめんなさい。

1-2)構え方の違い

1-2-1)叩く場所とスティック間の距離

冒頭で紹介した動画の中に非常にわかりやすい1コマがあります。

左:M協系団体(GENESIS)の人 右:吹奏楽系の人

マーチングスネアは左右のスティックの先をあまり空けず、同じ場所(基本的にはヘッドの中心)を叩き続けることが求められます。それこそ左右のスティックがぶつかるんじゃないかというレベルで閉じてます。

一方でコンサートスネアの場合は割とその点がルーズです。左右のスティックの先をあまり近づけず、ど真ん中を避けるような位置で叩きます。私も中高時代もたまにコンサートスネアをやることがありましたが、その時も「中心から少しずらして叩け」と指導されています。なぜかは正直知りません。

冒頭の動画のキャプチャを取って左右スティック間の距離を赤枠で囲ってみましたが、マーチングスネア系の左側の人とコンサートスネア(吹奏楽)系の人とでは距離が2倍以上違っています。この点を見るだけでマーチングスネア系の経験の有無が如実に分かったりします。

1-2-2)右肘の空き具合

また、左側(マーチングスネアプレイヤー)の人を良く見てみると、右側の人に比べて右肘がだいぶ開き、かつ位置が固定されているのがわかるかと思います。これもマーチングスネアの構え方の特徴です。もっとわかりやすい例が下のキャプチャです。

Blue DevilsのDrumline(Youtubeより)

これは近代のマーチングスネアは楽器を傾けなくなったため、その分右手の位置を上げて叩く必要が出てきたためです。私の現役時代は「拳1個分」開けるように指導されましたが、人によってはもっと開けたりします。私は腕が身長の割に長いので1.5個分くらい空いてました。

この構え方は複数人でマーチングスネアをやる分には問題ないのですが(みんな同じ構えなので揃って見えるため)、1人でコンサートスネアをやる場合は「肩肘に力が入っているように見えがち」という難点があります。
実際は大して力は入っていないのですが、コンサートスネアやDrumsをやる人はだいたい「肘(脇)を閉めなさい」と教わる人が多いため(たとえそれがモーラー奏法であっても)、「肘が開いている=力が入っている?」という先入観が持たれやすいです。

私は今でもコンサートスネアやる時は右肘が開きますが、プロの打楽器奏者の方のレッスンに行くと高確率で「力入れるな」と言われます。逆に「マーチングスネアやってましたか?」と聞かれることもあります。
つまり「右肘が開いている」のを見てどう反応するか?を見れば、その打楽器奏者の方がマーチングスネアの知識を持ってるか否かが判別可能だったりします。単に「力入れるな」としか言ってこなければ、その人はマーチングスネアの知識を有していない可能性が高いです。

(2)役割

マーチングスネアの役割は明確です。リズムのリード役であり、時には職人のような速いリズムやトリックなどを交えた派手なパフォーマンスも行い、バンドに彩を添えます。曲のほとんどで出番があり、曲の最初から最後までほとんど休むことなく演奏し、バンドを引っ張るのが役目です。

コンサートスネアはその点があいまいです。
マーチではリード役を果たすものの、曲の途中で譜面が消えたりすることが割とあります。近年の吹奏楽コンクール課題曲でも、マーチなのにTrioの前半はスネア無し…という譜面が珍しくありません。
マーチ以外だと曲によりけりです。リズムのリード役に回る割合はそこまで高くなく、トランペットなどの高音管楽器をフォローする(管楽器と同じリズムをスネアで叩く)こともあれば、ロールや装飾音符などの独自奏法(後述)で曲にアクセントや盛り上がりを加えるという、小物楽器のような使われ方もします。
出番の多さも曲によってまちまちです。曲全体の5~10%くらいしか出番がない(その間は他の楽器を演奏する)ことも珍しくありません。

(3)奏法

3-1)ストローク

3-1-1)基本の4つのストローク

スネアドラムのストロークは「フル」「タップ」「アップ」「ダウン」の4種類があります。打楽器奏者の新野将之氏の動画がわかりやすいです。

で、マーチングスネアとコンサートスネアでストロークをどう使い分けてるかについてですが・・・

あまり大きな違いはありません。

どちらも、基本はタップストロークです。
マーチングでは当たり前ですが、コンサートスネアでも曲の大半がタップストロークです。何故かアップストロークのようにやりたがる人が多いですが、無駄な動きが多い分リズムが不安定になります。
課題曲マーチで良く出る「BPM120くらいで8分音符裏打ち」程度ならアップストロークもどきでもこなせます。スティックの先がアル中のおっさんのようにプルプル震えていて見栄え最悪だけど。これに16分音符が混ざってくると途端に怪しくなります。8分でプルプルなのに16分でちゃんと出来るわけなかろうに。

それはさておき、Youtuberのゆかてふ氏のスネアあるある動画の「9.小さい音」のシーンがタップストロークの典型例です。

他の3種類は、アップストロークとダウンストロークはアーティキュレーションや「Flam」などの実現手段として必要になりますし、決めの一打や強くて速いリズムが続く時はフルストロークを使うこともあります。

私がマーチングスネアをやり始めた当時、「〇〇ストローク」というフレーズを聞いた記憶はありません。「リバウンドを抑えろ、スティックの先を跳ねさせるな」と指導されたのを覚えています。今でいうタップストロークのアプローチですね。

3-1-2)「音のスピード感」に対する要求

私が2018年に現役復帰してからちょくちょく「音のスピード(感)」というフレーズを用いて誰かが指導されているのを見かけるようになりました。

テンポの速さという話ではなく、音そのもののスピード感。世にある教則本にはこんな概念が出てこないので、いろんな打楽器奏者の方が好き放題言っているのが現状です。ただ、総じて「音のスピード≒ストロークの速さ」という考えが共通しています。強さではありません。

この要求はコンサートスネアというよりコンサートパーカッション全般に当てはまります。一方で私がマーチングスネアやってた当時は、音のスピードと言うフレーズは一度も聞いてません。

冒頭で「見かけるようになりました」と言いましたが、私自身はこの点について指導されたことがほとんどありません。少なくともスネア担当時は未だゼロ。2018年の吹コンで自由曲のバスドラムやった時に一度言われたくらいです。忘れてるだけかもしれないけど。

ただ、曲に合わせたストロークの速さの調節は当たり前にやっています。「音のスピード」と言うバズワードに惑わされるのではなく、その局面でどういう音が必要であるかを自ら考え、その音を出せるようにストロークを研究・調節するという考え方で臨む方が良いかと思います。

3-2)ルーディメンツ

スネアドラムには「ルーディメンツ」という基礎奏法があります。
元々は中世ヨーロッパの「スイス傭兵」が各国の下請け兵隊傭兵軍団として活動するために使われていた軍需奏法ですが、その後欧州各地に広まり、アメリカ独立戦争を機に米国に移出され、20世紀になってから米国を中心に標準化が行われたものです。現在は40種類もの奏法が定義されています。

そのルーディメンツについて、マーチングスネアとコンサートスネアにおける使用頻度を比較してみます。

奏法の比較(◎:高頻度 ○:よく使われる ▲:時々 △:偶にor稀 -:見たことがない)

こうして見るとあまり被ってません。以下、個々に解説します。

3-2-1)ロール

まず、コンサートスネアではほぼクローズロールしか使いません。
コンサートスネアの登竜門ともいえる奏法であり、スネアがある曲の95%以上で出てくるため、これが出来ないとスネアは任せられないと言えます。

一方でマーチングの世界ではダブルストロークによるオープンロールが基本です。これも、出来ない人にはマーチングスネアは任せられません。
昔はクローズロールも一定使われてましたが、近年はかなり減り、代わりにこのような「バズロール」という、リズムが聞こえるクローズロールのような奏法が結構使われるようになっています。(例:下動画の18秒あたりから)

1つ目の動画と比べるとリズムの粒がはっきり聞こえると思います。

バズロールの習得難易度はクローズロールに比べたらはるかに低いです。粒を潰しながら叩けば良いだけなので。また、手数(ストローク)を増やせば普通のクローズロールっぽく響かせることも可能です。
それが災いして、このバズロール奏法でコンサートスネアのクローズロールを覚えてor指導してしまう打楽器奏者が結構な割合で存在しています。近年はだいぶ割合は下がりましたが、年配の方ほどこの傾向があります。
短い拍ならそれでも誤魔化せますが、1~数小節伸ばすロールとかになると手を痛めてしまうので、早いうちに本来のクローズロールの奏法を習得するほうが良いです。
(※注:動画によっては「バズロール」と銘打った「クローズロール」を紹介しているものも多数ありますが、本記事では便宜上バズロールとクローズロールを別物として扱っています)

3-2-2)Flam系

Flamは昔はコンサートスネアでもそれなりに見ましたが近年頻度はかなり下がりました。吹コンの課題曲でも曲の中で一度もFlamが無い譜面が多数派になっています。「公募曲でFlamを多用する譜面を書くと一次審査で落ちる」という噂すらあります。募集要項でNGとなる「特殊な奏法」じゃなくて基礎奏法なんですけどね・・・。

近年は、コンサートスネアの世界でFlamをこの動画のように正しい奏法で演奏できる人は少数派とすら言える状況です。左右のスティックの高低差を利用した奏法なのに、左右のスティックを同じくらい振り上げてしまう人がかなり目立ちます。プロでもたまに怪しい人います。これはFlamを使う機会が減り、正しい奏法を覚える必要性が薄まったからでしょうね。

一方、マーチングスネアにおいてはFlamが出来ないとお話になりません。
ただ原理としては単純な部類なので、変に見よう見真似で間違った奏法を身に着けてしまう前にちゃんと指導を受けられれば、1時間で習得できます。ソースは中1時代の私です。(キリッ)

3-2-3)Drag系

逆にDrag系はコンサートスネアで良く使われる一方、マーチングではあまり出番がありません。私も中高時代Dragはあまり使っていません(ゼロではない)し、実は奏法を誰からも教わっていません。ですが、DragはダブルストロークとFlamの合わせ技なので、この2つが出来れば自動的にこなせるようになります。奏法の動画はこちらです。

コンサートスネアの世界でもFlamは怪しいけどDragはそれなりに出来るという人は観測範囲では結構います。使用頻度が高く、正しい奏法を身に着けてないとまともな音が出せなくなるからでしょうね。

ただ、この動画の前半や、アルセナール威風堂々などのように単発を繰り返すだけであればそんなに難しくないのですが、たまにDrag系ルーディメンツ(ラタマキューSingle Drag Tapなど)を習得していないとまともに演奏できない譜面が出てくることがあります。具体例はスラブ行進曲呪文とトッカータラメセス二世などです。

ドラグ系ルーディメンツが求められる例1(スラブ行進曲)
ドラグ系ルーディメンツが求められる例2(ラメセス二世)

こういう譜面が出ると吹奏楽系の打楽器奏者は総じて苦しみます。装飾側と主音側の音量が同じになってしまったり、装飾につられて主音のリズムが崩壊したり、などなど。その結果なのか、本番ではDrag(Ruff)を削ってしまうケースが多々あります。ちゃんとルーディメンツさらってれば難しくない譜面なんですけどね…。

あと、Drag/Ruffを曲調によって使い分けるのはコンサートスネアの大きな特徴の1つと言えます。下図は1980年代に天理高校(天理教校ではない)が吹コンを通じて日本に広めたA.Reedの名曲「オセロ」の譜面ですが、各小節の4拍目はDragではなく「Ruff(両手打ち)」が適切となります。
理由は、上側のティンパニも同じように装飾音符がありますが、ティンパニはスネアのDragのような奏法はやらないため、そのティンパニと音価を合わせる必要があるからです。普通のDragだとずれてしまいます。

「Ruff(両手打ち)」の使用例。上はTimp、下はスネア(「オセロ」より)

3-2-4)3連符系

3連符系は吹奏楽系でもマーチングスネアほどではないですがちょくちょく出てきます。
一方、マーチングでは出てこない「4-Stroke Ruff」という3連符が装飾につく奏法がコンサートスネアでは多用されます。

これは、ルーディメンツの40奏法の中に含まれていません。

ルーディメンツは1980年に見直された時にコンサートスネアで使われる奏法(クローズドロールなど)が追加され、その際に4-Stroke Ruffも入れる機会があったはずなのですが、ここでも対象外にした理由は不明です。「Single Stroke Four」が近しいので混同したのでは?という説もあります。

3-2-5)パラディドル系

最後のパラディドル系はそらそうよ、としか。コンサートスネアでパラディドルを使うシーンも意味も思いつきません。むしろDrumsのタム回しやコンガ・ボンゴなどの皮物打楽器の方がよほど活用シーンがあります。

3-3)その他の奏法

これも表形式にします。

奏法の比較(◎:高頻度 ○:よく使われる ▲:時々 △:偶にor稀 -:見たことがない)

この観点でもあまり被りはありません。

3-3-1)リムショット系

Open rim shotはマーチングスネアは頻出です。左手のレギュラーグリップによるリムショットは難易度が高いですが、習得しないと降ろされます。
コンサートスネアでも割と出てきますが、マーチングスネアと比べてヘッドとリムに高低差がないため(下図参照)、ショット失敗(リムだけ叩いてしまう)リスクが高いという難点があります。

ヘッドとリムの高低差の違い
左:マーチングスネア 右:コンサートスネア

コンサートスネアでOpen rim shotを多用してる曲としては「スネアのおっさん」として有名なサモイロフ氏が披露した「レズギンカ」が有名ですが、実はところどころ失敗しています。(↓の失敗例:1:10あたりで3連続空振り)

それだけOpen rim shotは叩きづらいのです。
またOpen rim shotはスティックを速く振らないと音が出にくいため、音量のコントロールも難しく、過剰に大きい音になってしまいがちです。

そのため、コンサートスネアの場合はStick on Fixed Stickという代替奏法が良く使われます。事例として東京フィル(2023/06時点)の秋田孝訓氏のプレイ動画を紹介します。動画の冒頭の一発がそれです。

ホールならこれでも十分通る音が出ますし、速く振る必要もないので音量コントロールもしやすい。レスギンカや「プロヴァンスの風」のように直前までリズム刻んでいて物理的にStick on Fixed Stickに出来ない場合を除けばこちらの奏法で代替することが多いです。私もそうです。

それにしても秋田さんのスネアはほれぼれしますね。無駄な動きが一切ありません。収録条件の影響でスネアを地面に平行にしているからか、レギュラーグリップの時は秋田さんでも右肘が結構空きますね(0:14あたり)。それと右手の小指が離れてないのもポイント高い。

3-3-2)シンバルの活用

スネアスティックでシンバルをRideやHi-Hatのように叩く奏法です。20世紀のマーチングの市販曲では頻出していました。例えばこれ。

クラッシュシンバルをシンバル担当の人に持ってもらい、それをスネア担当の人がスティックで叩きます。この曲の冒頭や15小節目以降のようにHi-Hatの音が欲しいときは2枚のシンバルを閉じてもらった上で叩き、最後のようにRideの音が欲しいときはシンバルを開いてもらって叩きます。
イメージとしてはこんな感じです。

マーチングスネアの人がシンバルをRideとして叩いている例(Madison Scouts 1988より)

シンバル担当にとっては「振動に耐えてシンバルを固定するだけ」という、非常にキツくてつまらない局面です。

こういう譜面が多かった理由は、1970年代~80年代に「Jenson Publications」という米国の音楽出版社(現在は「Hal Leonard」社に吸収)が米国でマーチングを広めるために世に出ているジャズ・フュージョン曲を多数アレンジして出版していたことに起因します。上述のElk's Paradeもそうですし、SpainRainmakerとかWe are the Reasonなど他にも多数。

Drumsをバッテリー向けにアレンジするにあたって必然的にスネア担当がRideやHi-Hatも叩くという局面が多数発生していました。

ただ、これは近年のマーチングではほぼ絶滅しています。マーチング協会系や米国ドラムコーではシンバルライン(シンバル担当の人達)を擁する団体がほとんど消えましたし、PIT楽器としてDrum Setを使う団体が増え、RideやHi-Hatの音が1人で出せるようになったからです。
吹連マーチングコンテスト側の団体ではシンバルラインが高確率でありますが、そのシンバルラインは演奏面ではあまり役割を持たず、楽器を振って見た目を少しでも華やかにさせるという「カラーガード」に近い使われ方をしている団体が大半(個人的にはこういうのもどうかと思いますが)なので、こちらでもスネア担当にシンバルを叩かせるシーンは見ません。

パレードとかでたまにスネア担当の人がHi-Hatのような8ビートや16ビートでリムを叩く姿が見られますが、あれは20世紀のマーチング界で上記のような曲が多かったことの名残です。

一方、コンサートスネアでは頻度は低いですが今でもたまにあります。Rideの音が欲しければサスペンドシンバルを使えば良いですし、Hi-Hatの音が欲しければDrumsからHi-Hatを拝借すれば良く、1人で完結できます。

3-3-3)アーティキュレーション

テヌートとスタッカートを取り上げてますが、スネアドラムにおけるテヌートは「その音をちゃんと出しなさい」という意味合いで使われます。アクセントではありませんし、管楽器のテヌートとは別物です。
マーチングでは近年テヌートだらけの譜面が多いです。3-2-1)で紹介したSCV(Santa Clara Vanguard)の動画でも何十回と出てきます。
が、こういう米国トップクラスの人達になるとテヌートの有無で音の質が変わることはないですね。というか聞き分けられないです。
このテヌートはコンサートスネアでもたまに出ます。出てきたら大事に叩きましょう。譜面にもよりますがダウンストロークでやるのが良いです。

スタッカートは逆にコンサートスネアでしか見なくなりました。音を普段より早く減衰させる必要があるのでアップストロークで叩くのが定石ですが、実際に合奏に赴くと「これテヌートのほうが良いんじゃね?」となるケースも時々あります。この後の「物理的に不可能な譜面」でも言えますが、作曲した人が良く分からないまま奏法を指定している可能性もありますので要注意です。

3-3-4)パフォーマンス系・機材系

パフォーマンス系と機材系は真逆の傾向があります。これはヴィジュアルを求めるマーチング系と、音に重点があるコンサートスネアの違いですね。
表にも書いたけど、普通のFlamをマーチングのFlat Flamのように両手を振りかぶって叩いてしまうのが吹奏楽界隈で横行しているのはどうにからならないのでしょうか。見るたびに泣きたくなります。

3-3-5)特殊な譜面

そして特殊な譜面。5以上の奇数連はまだ分かるけど、「半拍ずらし3連」なんて私がマーチングスネアやってた頃は無かったです。他にも「3拍5連符」とか「1.5拍4連符」とかトリッキーな譜面が近年のマーチング界では目白押しです。奇をてらいすぎてませんかね・・・。下記動画は一例です。

3-4)物理的に不可能な譜面

最後に、「物理的に演奏不可能な譜面」についても触れておきます。
コンサートスネアの世界では、なぜかこんなトンデモ譜面が時々出てきます。例えば「祝典序曲」の中盤に出てくるこの譜面。

物理的に不可能な例1(祝典序曲より)

一見出来そうに見えますが、この曲は2/2拍子で、しかもBPM160くらいなので、まともに3小節目頭の4-Stroke Ruffをやろうとすると2小節目最後の4分音符とアタックのタイミングが被らざるを得ません。

このケースでは以下のどちらかが行われることがほとんどですが、②もかなり厳しく、国内外のプロ楽団ですら装飾部分が詰まったり遅れてしまっているのが現実なので、スムーズに演奏できる①のほうが良いです。
 ①2小節目最後の4分音符は捨てて次の4-Stroke Ruffを優先する
 ②4-Stroke Ruffを普通のRuff(Drag)に変える
神大のこの例がわかりやすいですね。(2:55-3:05あたり)

こういう「ハイテンポにも関わらず4-stroke Ruffの半拍前にアタックが入ってしまう」作譜ミスは他の著名な吹奏楽曲でも見られます。例えばヴァンデルローストの「プスタ」や、バーンズの「呪文とトッカータ」などです。
呪文とトッカータでは祝典序曲と同様に装飾優先が多いですが、プスタの場合は4-Stroke Ruffをカットするか、DragかFlamに変えて演奏するケースが多いようです。装飾音符がそこまで重要な局面ではないからだと思います。

もっとひどいパターンがあります。吹奏楽界の人気曲「オリエント急行」の序盤に出てくる譜面です。

物理的に不可能な例2(オリエント急行より)

えーっと、2拍あるロールを切らずにどうやって4拍目のDragをやればよいのかと・・・。
この場合は「ロールを途中で止めて装飾を入れる」または「ロールを2拍しっかり伸ばして装飾は捨てる」の二択です。私が過去にやった時は前者を選びましたが、世に出てる演奏動画を見ると後者が多いようです。(下の動画の2:10あたりが該当譜面)

ここまで挙げたのはいずれもは外国人の曲ですが、日本人の作曲でも残念ながらこういうパターンはあります。芳賀傑氏作曲の「時の証明」という曲を例示します。

物理的に不可能な例3(時の証明より)

この曲もBPM160と速いので、1小節目最後の16分音符と2小節目頭のDragはアタックのタイミングが被るため両立不可能です。私が演奏した時は「1小節目の4拍目裏を捨てて4-Stroke Ruffで次小節に繋げる」ことをしました。
つまり、譜面にない奏法で対処したのです。

まとめると、「物理的に演奏不可能な譜面」は、作曲者側の装飾音符の奏法不理解から来るものであり、対処法は3パターンあります。
 パターン1:装飾音符を優先する(例:祝典序曲、呪文とトッカータ)
 パターン2:装飾音符を捨てる(例:オリエント急行、プスタ)
 パターン3:譜面にない奏法でそれっぽく(例:時の証明)

こういう「物理的に演奏不可能」なトンデモ譜面は、マーチングスネアの世界では見たことがありません。と言うよりは、マーチング・ドラムコー界隈でこういう譜面を出したらその人は仕事がなくなると思います。スネアの奏法を正しく理解していない証拠ですし、そんな人にバンドを引っ張る役目であるバッテリーの重要楽器の譜面を任せるわけにはいかないので。

その意味では、「作曲者がミスっていても咎められず、空気(曲調)を読んで適切に対処」することが求められるコンサートスネアは少し不憫な気がします。マーチングスネアとは役割が違うからと言えばそれまでですが。

(4)まとめ

ここまでスティックの持ち方・構え方、役割、奏法の観点でマーチングスネアとコンサートスネアを比べてみました。

この2つの楽器は似ているようであまり似てません。共通点も一部ありますが、基本的には別楽器であると考えてよいでしょう。マーチングスネアの常識はコンサートスネアではあまり通用しませんし、逆もしかりです。

ただ、基礎奏法のルーディメンツは、この2つの楽器の守備範囲をほとんどカバーするようにできています。

マーチングスネア経験がある人がコンサートスネアの世界に入る場合、ルーディメンツのほとんどが習得済であろう点は有利になりますが、クローズロールの奏法を覚えるのは1つの壁になります。DragとRuffの使い分けにも苦労するでしょうし、長い休みをカウントする集中力や、音量(必要以上に大きく出しがち)やアタックのやり方など要注意ポイントは多々あります。

コンサートスネア(吹奏楽・オケ)系の人も、時々ルーディメンツが求められるシーンに出くわすと思います。その際に譜面を必要以上に簡略化して誤魔化すのではなく、譜面通り演奏することができるよう、ルーディメンツを一通りさらってみることをお勧めします。ルーディメンツは特定のジャンルに特化した応用奏法ではなく、スネアドラム標準の基礎、"Rudiment"なのですから。

おしまい。

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