『差別と権力』魚住昭(講談社文庫)を読む

 ブックライター塾で苦楽を共にした大野貴史さんに、強くお薦めいただいた本を読み終えました。

アマゾンの書籍紹介文
権謀術数を駆使する老獪な政治家として畏怖された男、野中広務。だが、政敵を容赦なく叩き潰す冷酷さの反面、彼には弱者への限りなく優しいまなざしがあった。出自による不当な差別と闘いつづけ、頂点を目前に挫折した軌跡をたどる講談社ノンフィクション賞受賞作。

 本書で心に突き刺さった箇所は数多いですが、中でもトップクラスのエピソードといえば次の3つになります。

① 「野中広務は、1952年3月、当時勤めていた大阪鉄道局で抜群の仕事ぶりを評価され、異例の出世を重ねていたが、部落出身というだけで周囲の態度が豹変したのを見て悲憤し、園部町議選に立候補して当選し、退職した。
 1951年7月、野中は、同僚の川端と酒を飲んでいたとき中年女に泣きつかれて売春宿に行き、そこで出会ったケロイド顔の女の戦時中の体験を40分聴いてやり、20円ほどの金を握らせて帰った。3年後、川端は、偶然再会したケロイドの女が、そこにいない野中に両手を合わせて拝むようにしながら言ったのを聞いた。『あの人はきっと偉くなる。だって、私がこうやって毎日、あの人が出世してくれるように祈っているんだから』」

 約30年前、両親に結婚の許可をもらうため、当時付き合っていた彼女を実家に連れていったときのことです。母は私を別室に呼び、声をひそめて私の耳に囁きました。「部落の子と違うやろね?それでどうこう言うつもりはないけど、こんな田舎ではいろいろ言う人がおるから、一応聞いといて」。衝撃でした。大好きな母がそんな、部落の人間を差別するようなことを言うなんて、ガッカリでした。

 3時間後、彼女を家まで送っていくクルマの中で「それでどうこうというわけではないけど、部落と違うよね?」と訊いている私がいました。彼女は私の方を真直ぐに見て、一拍おいて答えました。「部落やないけど、もしそうやったら、どうするつもりやったん?」。私は自己嫌悪に陥りました。即答できなかったのです。もちろん、その後すぐに「そんなん関係ないよ」と返しましたが、内心、動揺していました。もしそうだったとしても結婚するという気持ちには変わりはありませんでしたが、正直、ちらりと、もしそうだったらなんだか面倒くさいことになるんじゃないか、という気持ちが脳裏をよぎったことも否定できなかったのです。自分の中にもどこか部落を差別する気持ちがあったんだと思います。
野中さんの、弱者への限りなく優しい眼差しを思うと、恥ずかしいという一言に尽きます。

②「98年7月、小渕内閣の官房長官に就任したとき、記者会見で野中は言った。『個人的感情は別として、法案を通すためなら小沢さんにひれ伏してでも、国会審議にご協力いただきたいと頼むことが、内閣の要にある者の責任だと思っている』
 かつて小沢を『悪魔』『危険な独裁者』と罵り、『彼と手を結ぶくらいなら政治家を辞める』とまで言い切った野中がひれ伏すというのだから、誰もがアッと驚くような方針転換だった」

 私は、他人から何て奴だと軽蔑されるかもしれませんが、そんな野中さんが大好きです。
 ある意味、当然ではないでしょうか。自身のちっぽけなプライド、メンツのことなんかより、国家、国民、国益のためには悪魔とも手を結ぶ、私には政治家としてあるべき姿ではないかと思います。しかも、官房長官という内閣を代表する立場ですから、一個人の事情などに捉われている場合ではありません。

 私は、広告代理店に在職中、敵である競合代理店と3社共同でイベントを実施することになったことがあります。メイン代理店はもちろん世界一のガリバー広告代理店・電通。
 私はプライドをかなぐり捨て、ひたすら電通の指示を仰ぎました。一方、老舗代理店のM社は、電通の風下に立つことを潔しとせず、担当者と口もききませんでした。私は蝙蝠のようにM社の担当者とも良好な関係を築くことに腐心し、クライアントのイベント成功のため、泥にまみれました。結果的にイベントは成功し、私はイベントを通じ、電通とM社の両方の担当者と気軽に情報交換できる関係になることができたのです。

 目的のためなら悪魔とも手を結ぶ、大いに結構なことではないかと確信しています。その目的さえ、世のため人のためになることであれば。

➂「2003年9月、野中は最後の自民党総務会に臨み、『総務大臣に予定されておる麻生政調会長、あなたは大勇会の会合で、『野中のような部落出身者を日本の総理にはできないわなあ』とおっしゃった。君のような人間がわが党の政策をやり、これから大臣ポストについていく、こんなことで人権啓発なんてできようはずがないんだ。私は絶対に許さん』野中の激しい言葉に総務会の雰囲気は凍りついた。麻生は何も答えず、顔を真っ赤にしてうつむいたままだった」

 こんな麻生のような男がいまだに政治に対する影響力を保持している。日本の政治は本当に大丈夫なのでしょうか(了)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?