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ギャラリーオーナーの本棚 #18 『遊びの博物誌』 本気であそぶものたち

千代田線の根津駅から東京大学の弥生キャンパスへ向かう坂を上がって行くと、ちょうど農学部の敷地が始まる辺りに「緑の本棚」という古本屋さんがある。店先には多肉植物をはじめとした小さな鉢植えがいっぱい並んでいて、表から見ると雑貨屋さんのような、カフェのような、何のお店なのかよく分からない。

ギャラリーを開業する前、まだ会社に勤めながら私は東京大学大学院情報学環・情報学府内で行われているアートと社会学の講座を受講していて、週に何度かこの弥生坂を通っていた。仕事を終えてから講座を受けに来ていたので、大抵遅れそう(または既に遅刻)で急いでおり、7時に閉まる「緑の本棚」に足を踏み入れたことはなかったのだけど、昨年、弥生美術館を訪れた時に、やっと中に入ることができた(そしてやっと古本屋さんだということが判明した)。

そこで見つけたのがこの『遊びの博物誌』(1977年、朝日新聞社)で、雑然とした店内でうず高く平積みにされた本のタワーの真ん中らへんに挟まっていたこの本を、よくぞ見つけたものだと我ながら自分の嗅覚を褒めてあげたくなった。ギャラリーの次回の年間プログラムのテーマを《あそび》と《すさび》にしようと決めていたからだ。

この本は、1975年(昭和50年!)から2年間、朝日新聞の家庭欄で連載していたコラムをまとめたもので、世界各地の創造的な「遊び」を紹介している。遊びといっても、子どもだましどころか大人もだまされる(夢中にさせられる)ような知的で刺激的なものに溢れている。パズルや人形といった誰でも親しんだことのあるものから、彫刻、モビール、楽器、宇宙船の設計図といったものまで・・・。
いずれの遊びも、科学や芸術の才溢れる "本気で遊ぶ " クリエイターたちが産み出したもの。幾何学、力学、論理学、音楽、天文学など、多くの学問はこんな本気の遊びを間に挟みながら発展してきたのだろう。

これを書いたのは、当時朝日新聞社の記者だった坂根巌夫(いつお)さん。60年代からメディア・アートの勃興を紹介し、科学と芸術の境界領域で著作活動や展覧会企画、教育研究などに携わってこられた。本書以外にも『境界線の旅』(1984年、朝日新聞社)、『科学と芸術の間』(1986年、同)、『拡張された次元』(2003年、NTT出版)など、タイトルだけで興味をそそられる著作ばかりで、今後の読みたい本リストに入れておかずにはいられない。

ところでこの『遊びの博物誌』の装丁・レイアウトは画家の安野光雅さんが手がけており、表紙の装画も安野さんの「だまし絵」。子どもの頃に安野さんの『ABCの本』(1974年、福音館書店)が大好きだったから、本の山の中からこの表紙を引っ張り出した時、すぐに安野さんだと分かり、目に留まったのだ。ちなみにその『ABCの本』もしっかり紹介されている。



Gallery Pictor 2023年プログラム《あそぶものたち・すさぶものたち》
Opening Group Show
5月21日まで開催中

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