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鍵束

鍵束のちゃらちゃらする音が
川の瀬鳴りのように聞こえた

透明なグラスに満たされる
かのような光の雫

鍵束を持つ女は
アパートメントの廊下で
部屋の前でうつむき
爪を弄くり
誰かと話している

ささやき声
ビーズで出来た暖簾を押すように確かに
女の顎に指を当て
上を向かせる


確かな約束のような
キスの音

女のちいさなヒールの立てる音は
森に落ちるどんぐりのようにリズミカルに廊下に響き

雨露で満ちた一枚の葉から
ひかりの粒を押し出すように
ささやかな笑い声が
鍵束の中のひとつを選ぶ

無骨な鍵が入る音

話し声は

ちゃらちゃらという
銀の光の音の中で

途切れがちに
そしてかつ
名残惜しそうに続いていた

冷たい白いコンクリートの壁に手を当て
覗く魚眼レンズから
女までの距離をはかる

女、男
壁、壁、壁

男は去っていく

女は歓喜で肩を上下させ
一気に部屋の扉を開き
ドレスをはためかせ
部屋のやみの中へ消えて行く

もう川の浅瀬を流れる銀の鍵の音色はしない

ただレンズ越しに見る
向かいの部屋の
真っ黒だった
縁取りに
ピンク色の光が灯ったことを静かに認める