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083:母校の高校総体5連覇を祝して

 今回は、恐らくnote史上初めての水泳ネタとなります。

 高知県高知市にて8月15日から開催されていた全国高校総体、所謂インターハイの競泳競技が昨日(18日)終了した。
 私がかつて通っていた日本大学豊山高等学校は、中京大中京高校との激しい優勝争いを制し、見事インターハイ5連覇を成し遂げた。

 選手たちはもちろんだけれど、その選手たちを影日向となり支え続けた(であろう)マネージャーを中心としたサポート役の生徒、監督やコーチを中心としたスタッフメンバーさん、生徒の親御さんたちの日々のサポートという「土台」があってこその5連覇達成だったのではないかと思う。改めての偉業の素晴らしさと共に、自分自身がその水泳部に在籍できていたことを改めて誇りに思ったりしている。

 ところで、水泳競技に詳しくない人(そういう人が殆どではないかと思うけれど)からすると、「個人競技の水泳で、学校としての優勝って何?」という疑問を抱かれる人が多いのではないかと思うので、ここでインターハイ競泳の「得点制度」「団体戦」について説明したいと思う。

 上述のように競泳競技自体は「個人競技」であるのだけれど、インターハイの場合(インカレなどもそうだが)個人成績に応じた「得点制度」によって各校の団体戦順位が決まるというレギュレーションを長きにわたって採用しており、その制度自体は私が高校生だった時代も(勿論それ以前の時代も)今も変わらない。

 インターハイ競泳は先ず各種目の予選が行われ、その予選タイムの結果に応じて8名の決勝レース進出者が決まる「1発本番型」の競技。今では9位から16位までの選手による「B決勝」が行われているみたいだけど、自分たちの時代にはなかった。

 で、決勝レースの順位によって各校の選手に得点が付与され、その得点の総合計で各校の順位が決まるというシステム。各種目の1種目1校あたりの出場選手の上限が定められているため(私の時代は3人だった)、公平性の高い制度であると言える。

 で、この制度のミソが「リレー種目は得点が倍付けになる」という点。その意図は「総合力の高い学校を評価する」という主旨に立脚したものではないかと想像しているのだけれど、否応なしにリレー種目は盛り上がる。

 そのようなレギュレーションで開催されるインターハイにおいて、最終日最終種目の「400メートルメドレーリレー」を制し見事インターハイ5連覇を成し遂げた、という次第。

(メドレーリレーのアーカイブ配信もあるので、もし良かったらご覧ください。アンカーのフリーでトップに立つレース展開は鳥肌もの)

 で、ここからはちょっと古いけれど私の記憶と最近の拙い情報に基づく高校水泳界のお話。

 自分が水泳をやっていた頃からそうなんだけれど、「子どもが水泳をする」のに最初に門を叩くのはほぼ100%「スイミングスクール」と言って良い(私もそうだった)。「将来のオリンピック選手を目指して」という親の期待を背負って始める子、「身体が弱いので少しでも強くなるように」という親の想いから始める子、「最低限溺れない程度の泳力を身に付けてくれれば」という親ゴコロで始める子、もちろん「自ら水泳をしたい」という思いを持って始める子もいるだろうけれど、何でも「子どもの習い事ランキング」では長年「スイミングスクール」がトップを維持しているらしい。

 「受け皿」の殆どがスイミングスクールだから、そこで芽が出た子たちは「選手コース(所謂エリート育成コース)」へと進み同じスイミングスクールで成長する道を辿る。中にはより高みを目指して「スイミングスクールの移籍」をする子もいるようだけれど、多くの子供たちは現役を続ける限り同じスイミングスクールに通うことになる。

 例えば小学生にとって最高峰に位置する「全国ジュニアオリンピック(JO)」に選手が出場する場合、その年齢に関わらず選手は「スイミングスクール名義」で出場する。例えば私が東京スイミングスクールに所属する選手だったとすると、レース前の選手紹介で「第〇コース 三石君 東京スイミングスクール」となる。

 ところが全国高等学校体育連盟(高体連)が主催するインターハイは、あくまでも「学校」が主役となる。つまり普段は様々なスイミングスクールで活動している選手たちも、インターハイ(及びその下部大会)に出場するためには、「通っている学校の水泳部に所属」していないとそもそもの出場権を取得することができないのである。

 私が高校生だった時代は、全国ほぼ全ての「強豪校」と言われる高校が活動の主体をスイミングスクールに置いていた。言い方が正しいかどうかは分からないが、あくまでも高校水泳部は「名前貸し」的な存在であり校内での「部活動」としての活動は・・・・・・、というところが多かったのではないかと思う。それが当時の(多分今でも)ある種の「常識」だった。

 もちろんそれを「正しい」「正しくない」というつもりは毛頭ないし、どちらが偉いとかいう問題では全くないと思うけれど、日大豊山高校はそうした「常識」とは真逆のポリシーを持つ。つまりあくまでも「高校部活動の中でインターハイ優勝を目指す」という理念に基づき、中学校までスイミングスクールで活躍していた生徒をスカウティングし、そのスイミングスクールを辞めてもらい日大豊山水泳部に「移籍」する、というスタイルを長年継続しているのである。

 そのスイミングスクールにとってみれば「引き抜き」に該当する行為であり、ビジネスという視点で見れば「損失」にもなり兼ねない。また近年では個人情報保護の観点からスカウティング活動がしづらくなっているという話も聞く。「部活動完結」を理念とする豊山高校にとっては厳しい環境と言えるが、それでもインターハイ5連覇を成し遂げることができたのは同校水泳部の「人間教育、育成」に利があるからではないか、と私は勝手ながら想像している。「選手としてだけではなく、人間としても育ててくれるから」、スイミングクラブの経営者やコーチは自分たちの「虎の子」の移籍を認めてくれているのではないか、と想像している。もちろん同校スカウト担当者の卓越したスカウティング能力や交渉力、更には中学時代は無名だった選手を育てる「育成力」が高いことも背景にあるのだと思うけれど。

 私の現役時代に当時の監督、コーチから常日頃言われていたのは「ただ水泳が速いだけの人間にはなるな」という主旨のこと。要するに「水泳バカになるな」ということだったのではないかと理解している。更に、

  • 学校の授業はちゃんと受けなさい(今になって考えれば当たり前だが)

  • 挨拶はきちんとしなさい

  • 人と話す時は相手の目を見て話しなさい

  • 約束の時間の5分前には到着していなさい

  • 水泳部の人間だけでなく、クラスメイトとも交流を持ちなさい

 そんなことを諸先輩方からも含め指導頂いた記憶がある。今になって考えてみると、これらの項目は全て社会人になって以降の生活すべてにおいて「当てはまる」ものであり、自分の今の生活の礎になっているものである。こうした文化の中で、まさしく「同じ釜の飯を食う」部員たちが同じ環境の中で切磋琢磨することにより、水泳のスキルだけでなく「人間のスキル」も向上させてしまうのが日大豊山高校水泳部の最大の「強み」「魅力」なのではないかと思う。

 そして自分たちが卒業して以降もそうした「文化」を脈々と受け継ぎながら、インターハイ5連覇という過去にも成しえなかった偉業を達成してくれた現役選手とそれを支えるありとあらゆる方々に対し、改めて感謝と尊敬の念を抱く20222年8月19日の朝なのである。

 さあ、「ゴルフ産業白書」の原稿書かないとw


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