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第十一歌集『多く連作の歌』 奥村晃作鑑賞

「現代ただごと歌」の提唱者である歌人 奥村晃作の歌集を一から最新作まで順に鑑賞する全歌集読み込み企画。
今回は第十一歌集『多く連作の歌』です。
・奥村晃作氏の紹介はこちらをご参照
・これまでの記事はマガジン「歌人 奥村晃作の作品を読む」をご参照

引用元 『多く連作の歌』奥村晃作 ながらみ書房

「自分は連作型の歌人だ」

 あとがきに奥村は「事物と出会ってわたしの心が動く時、言葉が発せられる時、つまり、歌が生まれいずる時、一首に続いて次々に生まれるという場合が多く、『自分は連作型の歌人だ』と思う。」と述べています。
 実際、これまで紹介した一首独立で有名な奥村の秀歌も多くが実は連作の一部であるということに気が付きます。この歌好き!と一首奥村の好きな歌に出会ったら、該当歌集を参照するとその物語の前後を楽しむことができるのです。高速バスの歌も、地上スレスレまで空の歌も、豚を電車に詰め込む歌も……。

ネズ公の米粒大のフン見付け驚愕の妻駆除に乗り出す

 巻頭、「クマネズミ」連作の一首。一首一首がユニークな画角で切り取られ、そのめくるめくコマ送りに吸いこまれるように読んでしまいます。「ネズ公の米粒大の」のリズミカルな韻律と「驚愕の妻」という熟語でまるめた表現、そのやわらかさとかたさの言葉遣いが一首のなかでウェーブを生み出し、躍動感を出しています。

死ぬ死ぬとおどしおどしておどしではなくて自死せり予告通りに

 辛い内容の一首です。緊迫感と時間経過によって生じた変化が歌われています。上の句のたたみかけるリフレイン、そして確認するかのように結ばれた結句の「予告通りに」がなんとも痛ましい。作者の経験した辛い出来事が、普遍性を持ち、我々読み手にも降り掛かってきます。

溺れかけ八十万円はちじゅうまん人工歯じんこうし口から流れ行くを送りき
サーファーは海を知ってて進まずに居るわれを押し岩に寄せたり

 これは「強運男」という連作の2首です。作者が台風の迫る日の海水浴で九死に一生を得たときの連作。本当に恐ろしい体験だったのでしょうが、臨場感ありまくりの描写に興奮させられた一連でした。とても愉快で(すみません不謹慎)大好きな連作です。一首目の方は、結句の「送りき」に瞬時の"悟り”が込められていてとてもいいです。「見つめる」とか「くやしむ」とかでは全然違った印象になります。「送りき」によって、自分の大事な一部の旅立ちを祈っているような、灯籠流しのような、そんな雰囲気が出ています。二首目は"サーファーに助けられる歌人”というこの取り合わせがとてもドラマチックです。海を知っている人たち。世の中には自分の知らない世界を心得ている人たちがいる。あたりまえのことですが、死を目前にしたときに悟られた貴重な瞬間だったと思います。

ツバメの巣仰げば子等の満ち満ちて〈狭い〉のグチは言えなくなりぬ

 「子等の満ち満ちて」、実に的確ですね。狭すぎてたまにヒナが落ちてることありますけどね。「満ち満ちて」に空間みっちりという意味合いと、元気が満ち溢れているの両方のイメージが迫ってきます。ヒナたちの全力で鳴いている様子、なりふり構わず餌をもらおうとする様子に生のエネルギーを感じますよね。上の句でヒナたちの景を描き生命力の感動を提示し、下の句で個人的な感慨を述べています。下の句の方が予想外に庶民的な内容で、その落差に驚かされます。生命の感動だけで一首通していたら普通の美しい高尚な歌になっていたでしょう。しかし下の句の等身大の感慨を歌うことで日本の庶民感覚や住宅街の空気なども伝わってきて、批評的な味わい深い一首となっています。

七十を越えたるわれは亀のごと体を潮に浮かせて泳ぐ

 七十の数字と長寿のシンボルである亀の取り合わせ、そして流れに身を委ねて潮に浮かぶ様子があたたかくやわらかい。奥村はあまり修辞的表現、特に比喩を使わない歌い方が特徴ですが、こちらは珍しく「亀のごと」とあります。しかしこれは作詠時の比喩ではなく、作者が潮に浮いていたときの感覚そのものかもしれません。背中だけ水面から飛び出して、甲羅を陽にあてるようにぷかぷか浮いていた。そんな様子が思い浮かばれます。

ほよほよの幼なも口に呟けり「オカピ」「オカピ」と「オカピは何処だ」

 幻の動物が現実世界に降臨したような存在、オカピ。「ほよほよ」という幼子の口の様子を表すオノマトペが的確です。まだおしゃべりもままならない幼子が夢中で口を動かして見たい!と主張している様子が伝わってきます。結句の「オカピは何処だ」はそんな幼子の願いを叶えてやりたいとこちらも必死に乗り出している大人の台詞でしょう。歌の定型に無理なく台詞をあてこみ、幼子と大人、家族一同がオカピに翻弄させられている滑稽であたたかい光景が描き出されています。

次回は第12歌集『多く日常のうた』を読んでまいります。


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