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ダンスとパントマイム #19

ダンスとパントマイム
一見するとまるで別のジャンルに見えるこの2つ

しかし、この2つがかなり近づく表現が世の中にはある。
ダンス寄りのパントマイムや、パントマイムよりのダンスとでも言えるような「これは、いったい何?」という動き。

どのような点がパントマイムをパントマイムたらしめるのか?
どんなところが同じで、どんなところが違うのか?

それぞれの共通点と相違点について。 そして、そこから導き出されるパントマイムらしさとは? そのあたりを今回は整理してみよう

共通点

ダンスという括りにすると非常に幅広いダンスジャンルを含めた対比になるが、共通点としてあげられるポイントは3つある

・言葉を発さずに身体のみで表現する
・音楽に当てはめて動きを作る
・振り付けだけでは完結しない

この辺りが大枠として共通の部分ではないだろうか。

時には言葉を発することもあるし、全てを音ハメで作るわけではないが、例外的なアプローチを除けば共通点と言えるだろう

・言葉を発さずに身体のみで表現する
言葉を用いずに創作するというのは、振り付けの側面があるということである。体の動きやフォーメーションを主に構成を考えていく。それはパントマイム作品においても用いられるアプローチである。

・音楽に当てはめて動きを作る
いわゆる音ハメをし、曲の盛り上がりやサビに対してシンクロするように構成する。物語性をメインとした作品であっても、曲や歌詞にのせることで感情を表現するように、伝えたい感情を相乗効果で表すことができる。

・振り付けだけで完結しない
表現有りきであるというところも共通点なのではないかと思っている。
技やテクニックを競うダンスジャンルも存在しているが、それらもどうやってその技を表現するのか、というところは目指すところだろう。
また、バレエを筆頭にそのダンス作品の中で物語を帯びているということも珍しくない。

物語性という意味では、【梅棒】というとても有名なダンスグループがある。そこで作られている作品も非常にパントマイム的で面白い。ダンスを物語表現の一つとして、誰もが耳馴染みのある曲とその歌詞を演者の心境を表現する助けとして、物語を紡いでいく。
ダンスではあるが物語と心の変化を表に表現する。フィジカルを楽しむことと共に、物語性を重要にしているダンス作品で、衝撃的だったことを覚えている。

《言葉を用いず、音ハメで振り付けとして動きをつくり、表現力と物語性を帯びて楽しませる》

この辺りは共通点と言えるのではないだろうか。

相違点

相違点を上げるとすれば、ダンスはフィジカルを正面に見せることがメインであるが、パントマイムは感情の動き見えない物を見せるという表現もあるところではないだろうか。

・感情の動き
・見えない物を見せる

ダンスは全て、表現している演者の体が見どころだと思う。
その振り付けの難易度や技のクオリティと、頭のてっぺんから爪先まで、その人そのものが観るべき対象である。

一方パントマイムは演じている本人の体だけでなく、例えば見ている目線の先や手に持っている無対象の物。そして、本来は存在しないはずの《ロープ》や《壁》といった目に見えないものも含めて見るべき対象となる。

そして、振り付けとしての動作があったとしても、何故その動きをしたのかという理由や感情の流れというものが必ず存在しているものだ。

また、以前代償表現という項目において、パントマイムで表現する無対象物は、演じている人の体を見て浮かび上がると書いた

だが、その人の体を通して出現した無対象物は、その後想像の中でお客さんが見続けているのだ。

一度空間に生み出したドアはその場にあると感じられるだろうし。
テーブルや椅子を生み出し、コーヒーでも優雅に飲んだのなら、その光景にふさわしい場所を脳内でイメージするものだ。

感情表現と空間表現が両方備わることによって、目には見えていないはずなのに、表現の中でそれらが物語を左右していく。

これは明らかにパントマイムならではの表現方法だろう。

また、それは物語を生み出すという場面においても同様で
踊っている瞬間は物語を表現し続けるダンスと違い、パントマイム作品では、体が動いてない時や、表情のゆらぎ、曲の切り替え、舞台上に明かりが一つ差し込むだけでも、感情の変化と物語の流れというのを感じられるように創り上げていく。

感情の動き見えない物を見せる
演者が動いていないときにも感情の変化や物語が動くように演出する
これはパントマイムならではのアプローチで、ダンスとの相違点といえるのではないか。

ダンス的なアプローチ

パントマイムはフィジカルの面と演技の面、両方を求められるという側面がある。演技力は必須であるが、それと同時に、鍛えられ洗練された体、肉体表現の美しさというものがある。

身体の各パーツの動かしかたを振り付けとして決め、ステップや動作なども決め事として動く。この辺りは演劇ではあまり使われない演出だろう。しかし、パントマイム作品においては物語を表現する中でもよく使われる方法だ。これらはダンス的なアプローチであると思う。

パントマイム的なアプローチ

以前の記事で書いたように、振り付けを振り付けのままとせず、無意識に動けるところまでもっていかなければならない。

振り付けと音ハメ、そして演技と3つのことを同時に行う上で、一番最後に意識が残っていなければならないのは、演技の部分だ。

演じることに集中する為には振り付けや曲に追われていてはいけない。
ダンスにおいても同様に、本番の時点で振り付けを意識的にやっている人はいないと思うが、ダンスとの相違点である物語における感情の流れや、無対象表現を正確に演じなくてはならない。

自分自身の感情ではなく、物語の中で、そのキャラクターが感じている感情の流れだ。

演劇的な側面があるからこそ、ダンスとパントマイムは別物だと認知されている。共通点も多くあるが、パントマイムならではの表現を入れたいのであれば、テクニックやフィジカルだけを見せるだけでは足りないのだ。

共通点:運動ではない

どちらも最後は表現にベクトルがいくのだなと思う。
振り付けや音ハメはほぼ無意識にでもとれるようにし、後は表現力で勝負するというところは共通点だろう。

パントマイムは感情表現や無対象表現が要であり
ダンスはグルーブ感と言われるような自身を表現しきるところまでが必要となってくる。

動きだけなら運動だ。ダンスもパントマイムも運動ではない。

表現に昇華する為に、それぞれのプレイヤーは各々の技術や表現力を磨き続けていく。そこはダンスとパントマイムに限らず、エンターテイメント全域に通ずる共通点かもしれない。

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