経営の神様・稲盛和夫

 戦後の日本経済において経営の神様と呼ばれる人物が二人いる。一人は、松下電器創業者(現パナソニック)創業者の松下幸之助、小学校を中退し丁稚奉公から身を立て、一代で世界的な電気製品の企業を作った日本を代表する経営者で、松下の代表的な書籍『道をひらく』は今なお何世代に渡ってビジネスマンのバイブルでもある。そんな経営の神様・松下幸之助と並び立つもう一人の経営の神様が、京セラ創業者の稲盛和夫である。


京都にある製造会社の一介の技術者から仲間と独立し、昭和三四年に京都セラミックを設立、昭和五九年には第二電電(現KDDI)を設立し、平成二二年には経営危機にあった日本航空(JAL)の会長に就任し経営再建に尽力する。松下同様、稲盛の多くの書籍もベストセラーとなって数多くの経営者達に影響を与えてきた。

稲盛の代表作『生き方』は、日本では百万部を超える売上げるベストセラーとなったのだが、それ以上に中国でもこの本は四百万部の大ベストセラーとなり、日本人の経営者としては異例の稲盛ブームが中国でおこっている。アリババ・グループ創業者のジャック・マー、華為(ファーウェイ)創業者の任正非、TikTokを運営するバイトダンス創業者の張一鳴といった中国を代表する経営者がこぞって稲盛を支持する。ジャック・マーは尊敬する稲盛が出家したことを聞いて、自身も出家しようとしたが周囲に猛反対にあったこともあったという。

稲盛がなぜ中国でも経営者として絶大な人気を誇るのか。それは稲盛の考え方が、東洋人に馴染みの深い仏教と儒教をベースにした哲学・信念に基づいているからだ。稲盛の本を読み解けば「誠意」「勤勉」「利他」といった道徳的・観念的な言葉が並ぶ。もちろん「アメーバ経営」に代表される経営手法もあるが、自身のビジネスにおける成功手法を語る一般的なビジネス書と異なり、宗教書とも思えるような人生哲学に最初は面食らう読者も多い。多くの経営者やビジネスマンが求めるものは「いかに成功するか?」であって、「いかに生きるか?」ではないからだ。


急激な経済発展を遂げていた中国も当初は稲盛の考え方は、すんなりと受け入れられなかった。そういう意味では経営手法やノウハウ満載の日本人コンサルタントの著書の方が、わかりやすく受けが良かったのかもしれない。

しかし米国のGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)のような世界的企業と対峙する中国IT業界のリーダー達が、稲盛の影響を受け直接薫陶を受けたのは、彼らが稲盛にノウハウの「術」ではなく、生き方の「道」を見出したからに他ならない。最先端の技術やサービス競争で熾烈な戦いを強いられているリーダー達が欲していたのは、競争に勝つ方法論ではなく、リーダーとして、人としての生き方という「道」であったのである。

「道」の概念は東洋人にとって受け入れやすい概念である。道は人が歩く物理的な意味だけでなく、観念的な意味、法則など哲学的な意味において古代中国の儒家、道家によって一般化された概念でもある。

そんな内外に絶大な人気を誇る稲盛の座右の銘は「敬天愛人」、同郷の英雄・西郷隆盛の晩年の座右でもあった。





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