とりあえずやってみる

「だめもと」とは、誰でも知っているように「だめでもともと」の省略されたものである。この言葉の深層部には、「やっても無駄かも知れませんが、やってみます」という周囲の人たちの同情を自動的に買いつつ、自らの欲求を満たそうとするニュアンスが含まれていると考える。この言葉を口にしたものは、たとえ自らの行動が失敗しても、周囲の人たちからのひんしゅくを最小限度に留めることができる。お得感のある言葉である。「やったもんがち」を横行させる危険性もはらんでいる。が、私はこの言葉を世間がいや政府が積極的に使用し、行動に移して欲しいと考えている。政府は今、「死に体」である。私たち庶民の生活を豊かにするために、見えないところで様々な施策を実施しているのであろうが、目を皿のように様々なメディアを眺めても、いっこうに伝わってこない。広報活動が一般企業以上に劣弱なのである。だから、とりあえず庶民の生活が豊かになるように、ひいては日本国民全てが笑って生き生きと暮らすことができるように、その頭脳を使って、行動してほしいのである。世間を賑わせている「生活保護費」受給の困難性があるなら、とりあえず敷居を下げてみたらどうだろうか。その後問題が生じたら、逐一改善していく、という流れができたらいいと考える。(既にこの国のトップは、既得権益でまみれているので、ほぼ不可能であることは承知の上であるが苦笑)ベーシックインカムだって、とりあえずやってみたらいいのだ。どれだけの効果があるのか、机上の空論アンド捕らぬ狸の皮算用をしていては、この現状のていたらくはいっこうに改善の兆しを見せない。10万円の給付、やってくれたじゃないですか。やればできるんですよね。庶民が苦しみもがいているこのご時世であっても議員先生方は月に最低でも「1301000円」とう歳費という名目のお給料をもらえるのですから。そんな「高給取り」の先生方のうち一人くらいはこんな人がいてもいいと思うのだが、妄想しすぎであろうか。「私は政治家というのはカネのためにやるものではないと断言します。任期中は一切の歳費の支給をうけません。つまり、無給でご奉仕いたします」と。どなたかとりあえずやってみてくれませんかね。全力で応援させていただきます。


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