争い

あれから数日が経った。月光丸の怪我はすっかり回復し、一人で歩けるほどになった。

「もうすっかり動けるようになったようだな」

屋敷の庭を眺めている月光丸の後ろ姿に声をかけるこま。
ここ数日、月光丸の世話をしてきてわかったことは、彼は口数は少ない方で、感情をあまり表に出すこともなく、基本無表情であること。…しかし、よく見ているとほんの少し表情が和らぐときがある。
例えば今も、こまが声を掛ければ、ほんの僅かではあるが、口元に笑みを浮かべている。


「こまか…ああ、体力もだが妖力もすっかり元通りになった。お前には本当に世話になったな」
「そうか…それはよかった」

月光丸が目覚めて二日経った。腹部を抉るような深手を負っていたのが嘘のようだ。
こまは懐から包みを取り出して、包みを広げる。

「先ほど千代の目を盗んで干し柿を取ってきたの。一緒にどう?」
「…頂こう」

こまと月光丸は庭を眺める形で縁側に隣並んで座る。今年の干し柿は良い出来だなぁと思いながら月光丸に渡す。
月光丸は物珍しそうな顔で干し柿を手に取り、口にした。

「…甘いな」
「今年の干し柿はうまく出来たと侍女たちも喜んでいたわ」

こまも一口かじると甘酸っぱさが口内に広がった。やはり千代が指示して作ったからか今回は良作だ。その甘さを堪能しつつ、月光丸を横目に見る。
太陽の光に照らされた銀髪は輝いていて、相変わらず綺麗な顔立ち。顔だけ見れば女に見えるかもしれない。

「…俺の顔に何かついているか?」
「ふふ、すまぬ。あまりに綺麗故に見とれていた」
「綺麗?」
「そなたが人間ならば、都で姫君たちに騒がれているやもしれぬ」

宮廷にいる女たちは美形に目がなく、色恋沙汰が大好きな集まりなので、きっとすぐに噂になり、意気揚々に騒いでいるのが目に浮かぶ。

「…そう言えば、こまは何故こんなところで住んでいる?お前も姫と呼ばれる立場なら本来都に暮らすのではないか?」

月光丸の問いにこまは苦笑を浮かべる。普通こんな山奥に姫が数人の者だけで暮らしているだなんて、可笑しな話なのだから、月光丸が疑問に思うことは普通だ。
こまは自分がここに住むようになった経緯を少しずつ、かいつまんで話し始めた。

「…そうね。私は元々こんな山奥ではなく都の宮廷内に住んでいたわ。都は表ではきらびやかな姿をしているけれど、裏では下らない権力争いが繰り広げられていてね…」

こまが都にいたのは12のとき。まだ幼さが残る年頃ではあったが、こまには大人たちの汚い欲が嫌と言うほど感じ、嫌気がさしてしまった。どいつもこいつも、自分がいかに上の地位へ上がることしか考えておらず、世の政事のことなど誰一人考えていない。
……尤も、その根元とも言えるのが自分の父親であるが。その父はこま自身をいかに利用するか…そんなことしか考えてない男だった。

「…我が父は、力のある男の元へ私を嫁がせて、自分の地位を安定させようとしていたことが分かり、それに反抗して私はここへ逃げて来たの」
「!…そんなことしてお前大丈夫だったのか?」
「父は面目をつぶされたと大泣きしていたらしいわ。いい気味だと思ったのは私が薄情だからかもしれないわね。…父も今は私を見逃しているし、その間はここで好き勝手に過ごそうと思ってるの。ここは、私にとって大切な場所だから」
「…そうか」
「ふふ…話しすぎてしまったわ」

月光丸には、何故かこうも口を滑らしてしまう自分がいる。…人ではなく、妖だからと割り切れるからか…と思っていたそのときだった。

「姫さん!」

佐助が慌てた様子で部屋へ入ってきた。…いつも冷静さを欠けない佐助だけに、嫌な予感がした。

「佐助、どうしたのだ。そなたがそんなに慌てるなんて…」
「先ほどこの近くの里へ行き、買い出しやらしてましたら、いきなり妖怪たちが里を襲って来たのです」
「なに…!?」
「俺は適当に奴等からの攻撃を避けて、姫さんに報せねばと、ここまで戻ってきましたが、里のあちこちが妖怪だらけで大変なことになってます」
「今までそのようなことはなかったのに…」
「ここもいつ襲われるかわかりません!急いでここから逃げねばなりません」
「しかし、里の者たちを見捨てて去るなど出来ぬ!…あの里には退治屋や巫女はいないのか?」

一縷の望みを込めたこまの問いに佐助は静かに首を横に振る。

「隣の村には退治屋がいるとか聞いたことありますがねぇ…」
「…そうか……ならば佐助、そなたは今から隣の村へ急ぎ向かい、退治屋を呼んできてくれぬか?そなたが向かえば間に合うかもしれぬ…!」
「待った」

早く佐助を隣の村へ向かうよう指示するこまの声を遮るように、今まで静かに話を聞いていた月光丸が口を開いた。

「俺が行こう」
「そなたが……?」
「里を襲う妖怪どもを追い払えばいいんだろう?そのくらい俺がしてやる。余所から助けを呼ぶよりその方が手っ取り早い」
「…しかし、そなたはまだ病み上がりで……!」
「こまの手当てのおかげでこの通りだ……お前には世話になった。その恩を返したい」
「月光丸……」
「直ぐに終わらせてやる……ここで待ってろ」
「…待て、月光丸!」

こまの制止する声など気にも留めず、一瞬でこの場から姿を消した月光丸。流石は妖怪。人ならざる早さで里へ向かってしまったようだ。

「……月光丸も、里の者たちも心配だ。私も、里へ向かう。佐助、案内を頼めぬか…?」
「姫さんをそんな危ない場所へお連れしたら、俺の首が飛びますよ。千代に殺されちまう…」

ブルブルとわざとらしく身震いをして、こまを里へ行かせないように仕向ける佐助だが、こまは腹を括っていた。

「千代には私から話す。そなたを叱らぬようにも伝える。……それに、この里は、母上が暮らした大切な古里だ。娘の私が守るのは当然だ」

今はすでに亡き母が生まれ育った地。それを妖怪たちに襲われるのを黙って見ているだけなんて耐えられない…。そんなこまの思いを佐助は汲んだ。

「…ほんと、姫さんには敵わないな」
「いつも我儘ばかりですまぬな、佐助。頼む、行こう」

佐助はこまを背負い、自慢の素早さで村の方へと駆け出した。



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