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No.51 他者への配慮・心ある子どもを育てる

こんばんは、久々の投稿になってしまいました。

みなさんお元気ですか?

私はですね、少しハードな学校生活が始まって
ちょっとへばりつつ、走っております💦

でも、少し気温が下がってくれて、
気持ちの良い気温になってくれたので、感謝です。

みなさま、気候の変わり目
健康には気をつけてくださいませ。


さて、今日は、
最近考えている1つのことを書こうかなと思います。


子どもたちの

甘え、と、自分勝手と、
適切に助けを求めるサインの違いって何なんだろう?

とやりとりを通して感じています。


仕事柄中学生を相手にすることが多いので、

オンラインのチャットで質問が来ることも多いのですが、

用件だけ、

「これって〇〇なんですか?どうしてこうじゃないんですか?」

とだけ、連絡が来ると、どうしてもこちらも人間なので、、

お、おぅ...

と答える気を奪われるな、と感じています。


また、オフライン、対面であったとしても、

自分のやりたいこと、要望だけを通そうとする子に対して、
こちらも、どんな背景を持っていた子だとしても
(普段は配慮しながら見ている子だとしても)
少し、イラッとしてしまうことがあるのです。
うーん、それは、自分勝手ではないかな、と。


もちろん、中学生という
自分中心から、相手への配慮ができる段階に
変化している最中の
子どもたち
なので、
発達段階も考慮しなければなりませんが、

幼い時から、
相手への配慮、気配りができる子たちは
凄く立派だな
と感じます。


と同時に、

どうやったら、この子どもたちの
他者への配慮を育てていってあげたら良いんだろう

と考えさせられるのです。


いくら言っても、
できる子はできるし、
できない子はなかなかできるようにならない
のがこの配慮の部分、心の部分、人格の部分だよなと
感じるところでもありますし、
育つのに非常に時間がかかる領域でもあるなと感じています。


もちろん、

オンラインのチャットのやりとりの約束

(用件の前に、しっかり名乗って質問しようなど)

を決めて、それにのっとって質問してくる生徒も

ちゃんといるのですが、

やはり、心が伴っていないと、形式だけでは、
伝わるんですよね。この人失礼だな...と。


人を育てるって奥が深いなぁ、

勉強はできなくても、

人、人格のできた人、心のある人を育てたいよな

と改めて感じる1週間でした。


さて、明日からもまた授業の中で、

子供たちと共に成長する1週間を過ごしたいと思います!


今週は、
子供たちのグループワークが多くなるので、
子供たちが、役割分担をしながら、
それぞれの個性をうまく発揮できるように
サポートをしながら、
みんなで1つになって一緒に行う味を少しでも

子供たちも、私も感じられたら良いなと思っています!


ではでは、

みなさんも良い一週間を!








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