ドラマ「想い出づくり。」

現在、BS-TBSで再放送中の山田太一脚本ドラマ「想い出づくり。」を毎日楽しみに観ている。

1981年の製作。

ドラマは20代前半の、森昌子・古手川祐子・田中裕子三人の「等身大の悩み」を中心に話が進む。

山田太一の脚本には、「説明台詞」が一切無く、三人のキャラクターが際立って、観ている僕たち視聴者に、40年以上の時を経て、強く迫って来て、大きな感動を与える。

「家族」というものが存在していた時代、「若い女性」が「クリスマスケーキ」と呼ばれていた時代。(25過ぎると売れ残り、結婚出来ないという事)

彼女たちの想いが切々と伝わって来る。鴨下信一と井下靖央の演出も巧い。

さて、現代で、この様な「普通の人々のドラマ」は成り立つのだろうかと考えた。

一家に一台のテレビをお茶の間で見る時代は、遠く過去のものとなり、テレビ受像機自体がインターネット、配信、ゲームを楽しむものと化している。

また、正常な親子関係にも「基準」が無い。

もちろん、一部の女性達ではあるが、「トー横」に立ち、自分のカラダを売って、金を得て、それをホストクラブに注ぎ込む。
220万円の「シャンパンタワー」を建てる為に。

「政治」は混迷の一途をたどり、「経済」は「値上げラッシュ」で破綻しようとしている。

札幌では、父と娘がラブホテルで殺人を犯し、被害者の首を持ち去る事件も起きている。

それこそ、何でも有りの世の中なのだ。

「虚構」である「ドラマ」が「普通の人々」を描こうと思っても、「普通」の「基準」がどこにも見当たらない。

だから、ドラマは「時代劇」に行ったり、「漫画原作」に頼ったりせざるを得ないのかも知れない。

「想い出づくり。」が作られた1981年に、もう戻る事は出来ないが、「日本人が本来持っている日本人ならではの美徳を取り戻す時期」になっている。

僕は、一刻も早く、地獄の様な「今の日本社会」を脱却するべきだと強く思う。

皆さんはどう思っているのだろうか?

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