「朝ドラ」チーフプロデューサー

「朝の連続ドラマ」のチーフ・プロデューサーのIさん。一見「反社」風。白の背広の上下に白いエナメルの靴。薄い黒のサングラス。金のブレスレット。

その頃の「制作部」には「反社」風の人が多かった。「制作部」とはそういうものだと僕は思っていた。「野武士の集団」。

仕事には厳しく、怒り出すと嵐の様。僕たちドラマ班のメンバーはとてもIさんの事を怖れていた。

Iさんにはお子さんがいなくて、マルチーズ犬を飼われていた。

愛犬の名前は「ぴょんこちゃん」。とてもとても大きな愛情を惜しげもなく降り注いでおられた。「ぴょんこちゃん」の話をする時のIさんは満面の笑みを浮かべていた。

Iさんからの年賀状は「プロのカメラマンに撮ってもらった可愛い服を着た『ぴょんこちゃん』の写真」。

ある時、Iさんはドラマ班のYさんに言った。

「うちの『ぴょんこちゃん』は電話が鳴ると受話器を取って、『ワン!』と一声鳴くんや。嘘やと思ったら、明日電話してきたら分かるから」

Yさんは、「そんな事あるはずが無い。冗談だろう」と思い、電話しなかった。

次の日、YさんはIさんに呼ばれ、思いっきり怒られた。

「うちの『ぴょんこちゃん』は昨日一日中、電話の前で鳴るのを待っていたんや!」とIさん。

「ぴょんこちゃん」が急に病気になった時は「人間が乗る救急車」を呼んだり、ガンになった時は高価で手に入れる事が非常に難しい「丸山ワクチン」を打ったりする程、「ぴょんこちゃん」を溺愛されていた。

その「ぴょんこちゃん」がある日亡くなった。

ドラマ班のメンバーは、「お葬式はどうされるのか?」とか「喪に服さなければならないのか?」とか「お香典はどうすればいいのか?」とか「喪中なのだろうか?」とか真剣に頭を悩ませた。真剣な話し合いが持たれた。

こうした騒動が何故か社外に漏れた。

週刊誌に「ぴょんこちゃん」とその飼い主Iさんに関しての小さな記事が載ったのだ。その中にドラマ班のT君の言動が書かれていた。

T君は焦りに焦って、CPのIさんの目に触れない様に、制作局に置いてあったその週刊誌を全て集めて、自分のデスクに隠した。

「ぴょんこちゃん」が亡くなって、30年余り。チーフ・プロデューサーのIさんも数年前鬼籍に入られた。

Iさんはとっても怖い人だったが、「ぴょんこちゃん」に関しての想い出はなんか「甘酸っぱいもの」を感じる。

結構、あの頃のドラマ班、温かかったなぁーと今考えてもそう思える。

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