ギャルゲー『After…』 〜こういうのが欲しかった Edition【SS】

……。
……なにも見えない。なにも。
「そんなはずはない。思い出せ。お前の心には誰がいる?」
なんだ……? 誰だ。誰がいるって?
「本当にお前には何もないのか?」
分からない。
「思い出せ」
……俺は……。俺の心には……。

高鷲祐一「……はっ」
サイファ「目が覚めたか」
祐一「…は? ここは?」
ルー「死後の世界だよ」
祐一「は?」
サイ「正確には魂の行き場だ」
ルー「あなたは死んだの。高鷲祐一さん」
祐一「は? ええ?」

祐一「ああ…」
祐一「言われてみるとそうだ。俺、ワンゲルのみんなと冬穂高に登って……それで、遭難している人を助けようとして、雪庇を踏んで」
サイ「そうだ。滑落だった。打ちどころが悪かったようだ」
ルー「…それで、ね。ほんとは、あなたと一緒に巻き込まれた三人のうち、別のだれかが死ぬはずだったんだけど…私が失敗しちゃって…代わりにあなたが死んじゃったの…」
祐一「…ああ。そうなんだ」
サイ「冷静だな」
祐一「もう死んじゃったんだろ? 慌てたってしょうがないよ」
ルー「そうだね」
祐一「いや、お前はもうちょっと反省してくれ」

サイ「まあ」
サイ「そういうことで、祐一きみの肉体は使い物にならなくなったわけだが」
祐一「もうちょっとオブラートに包んでくれないかな」
サイ「魂はその通り元気なわけだ」
祐一「血圧上がっちゃう」
ルー「魂に血圧はないと思うよ?」
祐一「たとえだよ」
サイ「取り急ぎ、だれか魂の波長が似通った人間の肉体に宿ってもらうことになる」
祐一「うーん……」
サイ「どうした?」

祐一「それ、別にいいや。そうだとして、俺が生き返るわけじゃないんだろ? 借りっぱなしってわけにもいかないだろうし」
サイ「時間がないんだ」
祐一「そっちの都合押し付けられても…」
ルー「マイペースだ」
祐一「それはお互い様では」
サイ「待て。そうは言ってもな」
祐一「いいってば」
サイ「…………」
ルー「さ、サイファ、どーどー」
サイ「…………」
ルー「あー。サイファがぶったー」
祐一「ひどいやつだ」
サイ「ルーは静かにしてくれ。待て祐一。それでは困る。きみは誤って死んだんだぞ」
祐一「そっちの都合押し付けられても…」

サイ「本当にいいのか?」
サイ「悔いはないのか? お前の心には誰もいないのか?」
祐一「…」
祐一「それは、あるけど」
サイ「そら」
祐一「してやったりって顔するなよ」
サイ「いいのか? その人間を残してお前は死ねるのか?」
祐一「別に好きで死んだわけじゃないし…」
ルー「ごめんなさい…」
サイ「済んだことを責めないでやってくれないか」
祐一「言ってることめちゃくちゃだなあ」
祐一「お前たちみたいに生きることはできないのか?」
サイ「……」
ルー「?」
サイ「できないし、たとえできたとしてもするな」
祐一「ふーん。そっか」
サイ「こうしている間にもお前は消滅してもおかしくないんだぞ」
祐一「うーん。悔いはあるよ。だからまだ消えない気がする」
サイ「……お前が言っていることはめちゃくちゃだ」
祐一「お互い様。どうせこの状況がもう普通じゃないだろ」
ルー「うん。そうかも」
サイ「ルー」
ルー「ごめんなさい…」
祐一「あんまりいじめてやるなよ」

祐一「じゃあさ。俺も悔いがなくなるまで踏ん張るから、一緒に、どうにかしておいてくれ」
祐一「他人の肉体に宿るなんて無茶ができるくらいなら、このままでも会いに行くくらいはできるだろ?」
サイ「……さあな。前例はない」
祐一「頼むよ」
ルー「サイファ」
サイ「……。いつまでとか、保証はできない」
祐一「うん。まあ大体は自分でなんとかするから」
サイ「ふ」
ルー「サイファが笑った!」
サイ「自信家なんだな」
祐一「そんなことないよ」
サイ「君の友人は君のそんなところに憧れていて、別の友人は嫉妬していたらしい。まあ彼らの肉体には入れないだろうから、それもいいだろう。魂という意味では、彼らときみとでは、相性が悪そうだ」
祐一「憧れ…? だれだそれ」
サイ「さあな。さあ。そうと決まったら急いだ方がいい」
祐一「うん」
ルー「誰に会いに行くの?」
祐一「俺、妹がいるんだ」

高鷲渚  「……」
汐宮香奈美「……」
香奈美「…渚ちゃん。お家。着いたよ」
渚  「…ん」
香奈美「…今日はうちで一緒にご飯食べよっか?」
渚  「……いい。ありがと」
香奈美「そ、そう?」
香奈美「なにかあったら言ってね。海外のお父さんとお母さん、帰って来るまで、ううん、帰って来ても、あたし、なんでも渚ちゃんの力になるから」
渚  「……うん。ありがと。香奈美ちゃん」
香奈美「うん……」

香奈美(大丈夫かな…大丈夫じゃないよね…。幼馴染のあたしで、こんな、辛いのに…ユウが死んで…)
香奈美(渚ちゃん、お兄ちゃんっ子だったもんなぁ……。もう、ばか、ユウ…なんであたしと渚ちゃんを置いて、死ねるかなあ…)
香奈美「あー……。嫌だなあ…もう、ユウのばか……」

渚 「…」
渚 (お兄ちゃん……いないのに、ご飯…作ってもしょうがないや…)
渚 (…嘘つき、渚とずっと一緒にいるって…言ったくせに……)
祐一「うわっ」
渚 「? …へ?」
祐一「サイファのやろう、いきなり離すなよ…い…たくない。あ、体ないから…はは…笑えねえ」
渚 「…………お兄ちゃんの声?」
祐一「あ、もしかして、渚からは見えないのかな? おーい。渚ー。俺だよー」
渚 「お、お、お兄ちゃん? そこにいるの?」
祐一「いるいる」
渚 「なんで? え?」
祐一「魂だけだけど。渚に会いに来たんだ」
渚 「へ…」

渚 「…」
渚 「ふ、不思議なこと、あるんだね。あたし、夢見てるわけじゃないよね?」
祐一「一応…? まあこんな形だから…あれだけど」
渚 「…」
祐一「渚?」
渚 「ご飯、食べられたりする?」
祐一「多分無理かな…」
渚 「そっか…」
祐一「はは。こんなときくらい、俺のご飯のことなんて、いいのに」
渚 「でもあたし、お兄ちゃんが帰って」
渚 「…穂高から、ちゃんと、帰って来ると思って……お兄ちゃんの好きなの、ちゃんと、用意して…だから…」
祐一「……」
祐一「…うん。ごめんな。お兄ちゃん。約束破った」
渚 「そうだよ。嘘つきだよ。どうして? どうして…渚のこと置いて……」
祐一「ごめん。ごめんな」

渚 「うえ…はー」
祐一「渚」
渚 「うん。お兄ちゃんはもう登山禁止! あぶないから!」
祐一「はい…返す言葉も…」
渚 「えっと…穂高、どうだった? ほら…前に一緒に、ずっと低いところだけど、登ったじゃない。あんなふうにキレイだった?」
祐一「ああ。あんなの、目じゃなかった。すごい…なんていうか……よかったよ。登って。最期に見た景色が、あれで」
渚 「不正解」
祐一「はい?」
渚 「最期に見た景色、穂高、渚より上、不正解です」
祐一「あ、はい」
渚 「なんて。えへへ……そっか。よかったね。お兄ちゃん。じゃあー……よかったね」
祐一「ああ」

渚 「でも、あたしのこと放っておけなくて、こうやって化けて出てきてくれたの?」
祐一「化けて…まあ、うん、そうだよ」
渚 「そっか」
渚 「じゃあ、これからはこうやって、ずっと一緒にいてくれるの?」
祐一「…ごめん、それは」
渚 「無理なんだ」
祐一「ごめん」
渚 「……せっかく、お兄ちゃんと……ずっと、一緒にいようねって、やっと、約束できたのにな…」
祐一「うん」
渚 「…うん」
渚 「…ねえ、お兄ちゃん。あたし、お兄ちゃんのこと、いつから好きだったか、知ってる?」
祐一「え?」
渚 「子どものころからだよ。えっとね。お兄ちゃんが香奈美ちゃんじゃなくてあたしの手、引いてくれたときからかな」
祐一「なにそれ」
渚 「ぶぶー」
祐一「なにそれ」
渚 「不正解です!」
祐一「あ、はい」
渚 「やっと片思い、終わったのにな」
祐一「ごめん」
渚 「お兄ちゃん、謝ってばっかり」
祐一「ごめん」

サイファ「祐一」
祐一「? さ…」
サイ「口に出さなくていい。念じれば伝わる」
サイ「時間だ」
祐一「…ん」
渚 「どうしたの? お兄ちゃん?」
祐一「いや」
祐一「なあ。渚」
渚 「なに?」
祐一「ご飯さ。食べられないけど、作ってくれないか?」
渚 「へ? う、うん、いいけど」
祐一「タイカレーの匂いだけでも楽しめるかなって。それに、…いつもの渚が見てたいんだ」
渚 「……ふふ」
渚 「うん。さんかくくらいはあげちゃおうかな」
祐一「ありがとう」
渚 「じゃあお台所行くね。一緒に行こう?」
祐一「うん」
祐一「…そうだ。ごめん。ちょっと香奈美にも…一言だけ、声、かけてくる」
渚 「……そっか。分かった」
渚 「香奈美ちゃんも、すごくショック受けてたから…。そう、して、あげて? でも、ぜったい戻って来てね」
祐一「うん」
祐一「絶対、戻って来るよ」
渚 「うん」
渚 「そうだよね。こんな姿でも…お兄ちゃん、ちゃんと約束…守ってくれたもんね。今度もきっと、守ってくれるよね。ぜったい戻って来るよね」

香奈美「…はぁ」
祐一 「ため息なんてらしくないな」
香奈美「きゃっ」
祐一 「可愛い悲鳴ってらしくないな」
香奈美「ばっ、ばかユウ! 誰がらしくないって」
香奈美「って、ユウ? え?」
祐一 「久しぶり。でもないか。あ、すまん。魂なんだが」
香奈美「いや、なに言ってるかわかんないわけ。な、なに?」
祐一 「ごめん。時間がないから手短に」
祐一 「渚のこと、頼む。俺死んじゃったからさ。言わなくても…香奈美はきっと、気にかけてくれると思うけど…香奈美、いいやつだし」
香奈美「へっ? え、えっと、うん、それは大丈夫…なんだけど、そうじゃなくて」
祐一 「ごめんな。あと頼むよ。あ、あと、いっつも一緒の幼馴染がいなくなったんだ。彼氏作れよ」
香奈美「はあ? ばっかユウ、なに言って」
祐一 「お父さんには天国で会ったらお礼言うよ。俺。後悔してないってさ。山登り。しててよかったんだ。俺」
香奈美「……あ…うん」
香奈美「ユウ?」
香奈美(…もういないや。なんとなく気配でわかる…)
香奈美(言いたいことだけ言って勝手に…最後まで、ほんと、勝手……)
香奈美「…でも…うん…ユウ。ありがと。それ、一番嬉しくて……ホッとするわけ」
香奈美「ばーか」

サイファ「では。我々ともさよならだ」
祐一「うん」
ルー「これで…よかったの?」
祐一「ああ」
サイ「……」
サイ「残された者に呪いをかけたな」
ルー「さ、サイファ」
祐一「そうかもな」
サイ「そうだ。無責任にもな」
祐一「う…」
サイ「通常」
サイ「魂のエネルギー量は決まっていて、分割したり、都合のよいように扱えるものではない。ないが、お前の呪いは強く、きっとそういう働きをすることもあるだろう」
祐一「うん……?」
祐一「なんだ。お前いいやつなんだな」
サイ「まさか」
サイ「ふ。なんだかきみの友人になったような気持ちだ」
祐一「そりゃよかった。じゃ短い間だったけど。世話になった」
サイ「ああ」
ルー「元気でね。またきっと会えるよ」
祐一「ありがとう」

ルー「サイファ」
ルー「サイファ。大丈夫? ごめんね、私…」
サイ「…ああ。大丈夫だ。運命がこのように事を運んだ、ということだろう」
サイ「我々も行こう」
ルー「うん」
サイ「……。願わくば次もこうした晴れやかな出会いだといい」
ルー「そうだね。大丈夫だよ。きっと」

渚  「できたよー。お兄ちゃん」
渚  「…なんだ。まだ戻って来てないのか」
渚  「……もう。あたし、こんな辛いタイカレー……食べられないって…知ってるくせに」
渚  「どうしよう…」

ぴんぽーん

渚  「? はーい。あれ。香奈美ちゃん」
香奈美「あ……えっと」
渚  「?」
香奈美「…やっぱり、ご飯、一緒に食べないかな…って」
渚  「……。えへへ」
渚  「香奈美ちゃん、辛いの、大丈夫だったっけ?」
香奈美「うん。大丈夫」
渚  「よかった。じゃあ一緒に食べよ。うん。あたしも食べてみよう」
香奈美「祐一のために?」
渚  「そうなの」
香奈美「そっか。よかった…渚ちゃん…えっと」
香奈美「もう元気だね」
渚  「…うん、もう、大丈夫。あ」
香奈美「?」
渚  「いまたぶん、お兄ちゃん、渚と香奈美ちゃんは仲良しだからなって思った気がする。またなんかずれてる。お兄ちゃん」
香奈美「あはは。そうかも」


おしまい










まあ渚はこうかんたんにはいくまい



スクリーンショット (679)

(バレンタインに一人ぼっちでこれ)




スクリーンショット (634)

守りたいこの笑顔。

以上

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