短編小説 宇宙人と女子高生の代理戦争

静止した車。色をなくした空。目から光を失った通りすがりの人たち。
「ごめんね、里香。でも本当のことなの。あたしは宇宙人で、あなたたち人間のことはおもちゃだとしか思っていないの」
いま・ここには、私と、目の前のカナの二人だけなんだと直感的に分かった。唐突すぎる告白に悲鳴も出なかった。それまでどんな会話をしていたかさえ忘れた。おかげで、我ながら不自然なくらい自然に言葉を返した。
「そうなんだ。じゃあやっぱり、カナがいつもお弁当箱2つ持って来てたのって、彼氏のじゃなくて」
「いや、それは普通に彼氏のだけど。え? 里香としては宇宙人の定義ってドカ食いなワケ? ていうかやっぱりってひどくない?」
「あ、そっかごめん。うんと、なんとなく、そういうとこ人と違うのかと」
違った。へえ。宇宙人でも彼氏作るんだ。
カナは笑った。私の知っているカナの笑顔だった。
「あははは。やっぱり里香って面白い」
音のない世界にカナの笑い声だけが響いた。なんだか、二人だけの舞台に立ってカナと対峙している気分になってきた。
「それで、それじゃあ、カナは私たちを滅ぼしたりするの?」
「うん。そうそう」
気楽な返答もいつも通りだった。



「実はそのつもりでいたんだけどさ」
そう言って道端の石ころを蹴飛ばすカナ。石ころは、止まっているそのへんのおじさんの額にぶつかって、接着剤でくっつけたみたいに動かなくなった。
「里香まで死んじゃうのはなんだかもったいなくなっちゃって」
「おお」
その言葉は普通に嬉しかった。宇宙人でもなんでも、友達になっておくべきである。
「それはそれは。へへ。やっぱり宇宙人にも、友情ってやつ? あるんだ」
「そりゃあるよ。彼氏も欲しかったし。あ、でもそういうわけじゃないんだけど」
「ありゃ」
「里香さあ、ヘンじゃん」
「ヘン?」
ヘン?
「変人じゃん」
変人?
「宇宙人に言われたくないんですけど」
「宇宙人だからだよ。あれ」
そう言ってカナはさっき蹴飛ばした石ころを指差す。
「当たっちゃった」
「当たっちゃったね」
「どう思う?」
「どうって。当たっちゃったなぁって」
「あたしがいま許可すると世界はまた動き出すんだけどさ」
「格好いいね、それ。そうなの」
「うん。そうすると、あのおじさん、痛いと思うな」
「痛いだろうね」
さぞかし。怪我するんだろうな。
「どう思う?」
「痛いだろうね」
「いま、里香はなに考えてる?」
「今日の晩ごはんどうしよう」
「はいダウト」
ダウトだったの、これ。
「なんでいま晩ごはん?」
「だって、昨日はカレーにしたのね。それでお兄ちゃん、私が二日続けてカレー出したりすると、ちょっと機嫌悪くなるし。なにかアレンジ考えとかなくちゃ」
「はいダウト」
「ねえ。私たちってダウトしてたっけ?」
「あざとい」
宇宙人にあざといと言われる日が来るとは。あとでこの話お兄ちゃんにしよう。信じてくれるかな。



「人間って不思議」
カナはひとりうんうんと頷きながら、おじさんの額から石を取り上げてそのへんに放った。
「あたしがさ、同じこと里香のお兄さんにしたら、どうする?」
「カナはそんなことしないでしょ」
「したとしたら」
「そりゃもう」
ちょっと公道で言うのは憚られますね。あ、いまは誰も聞いてないからいいのかな。
「言わなくてもいいよ。分かるから。うぷ」
カナは軽く口元を手で抑えて言った。
「あたし、人間で言うところの精神領域に強いタイプの宇宙人なんだけどさ」
「けっこうなパワーワードだね、それ」
「ぶっちゃけ里香の精神はやばい。どうやってそんな魔王になったのってレベル」
「褒められ、てないな?」
「里香には勝てないわけよ。負け確。正直ぶるってるわけ」
「そんな大げさな……私、普通の女子高生だよ」
「でもあたしがお兄さんに手を出したら?」
「まあ次の朝日は拝めないよね」
「あたし、里香よりちゃんと普通の女子高生できてる自信、あるわ」
カナはちょっと青ざめた顔をまじめな表情にして言った。



「まあ、そういうわけで、ちょっと方針転換しようと思ってさ」
ぽん、とカナが軽く手を叩くと、世界に音が、色が戻った。何事もなかったように歩き出すおじさん。いや、いつの間にか女子高生が側にいたもんだから、ちょっと驚いてたかな。
「おもちゃだと思ってたらあたしがおもちゃ扱いされてた気分なんだよね」
この台詞を口にするカナは、けっこうな迫力に満ちていて、ああ、たしかに彼女はきっと宇宙人なんだろうなと思った。止まった世界に連れて行かれるよりよほど説得力があった。
「そうなんだ。さっき私のことまで殺しちゃうのはもったいないって言ったのは?」
「ぎく。半分本音で半分負け惜しみです」
「素直でよろしい」
そっか。じゃあ分かった。
「カナ」
「なに?」
「私のお兄ちゃんを殺したら殺すから」
「おーう」
条件反射みたいに、カナが何度かこくこくと頷く。それを見て私も頷いた。
「素直でよろしい」
「うす」
もうすっかり世界は元通りみたいだけど、私とカナのあいだは、いろいろ変わったみたいだった。
「それで」
カナから視線を切り、歩き出しながら私は声をかけ話の続きを促した。
「方針転換って?」
「とりあえず彼氏と別れる」
お、普通の女子高生の会話か? 急激な俗っぽさの落差に笑えた。
「で、あたしもお兄ちゃん作ろうかなって」
「それ宇宙人パワーでできる感じ?」
「できる感じ。軽く洗脳すればいいから」
「軽く洗脳」
またパワーワードなことで。


「ふ」
「え? な、なに?」
思わず笑った私をカナが咎める。ふふ。でもまあ鼻で笑っちゃうぜ。甘いな。
「甘いよカナ。お兄ちゃんは私が生まれたときからお兄ちゃんだから、お兄ちゃんなんだよ」
「うわ、それっぽい……難しいこと言うなあ」
「宇宙人にはまだ早いかもね」
「ぐぬぬ」
本気で歯ぎしりするカナ。
「カナ、宇宙人なのオープンにしたら、面白いね。本性晒したな感ある」
「どうも。はー。ぜったいいつか殺してやるんだから」
でもそれ、私がお兄ちゃんのことを好きな限りないんでしょ? じゃあないない。私はそう思ったので軽口を叩いておくことにする。
「そうだ。これを機に私がお兄ちゃん推しのポイント語ってあげるからさ。どっか寄ろっか」
「いや、今までも十分、お兄さんのここがいいだのなんだの聞かされてるんですけど」
「そうだっけ?」
「この兄キチ」
「褒めるな褒めるな」
「褒めてない」
「でもこのブラコンのおかげで世界は救われたんでしょ?」
「まあね」
「誇らしいね」
「なんか、余計手がつけられない魔王を生み出しちゃった感じあるな、あたし」
「ご愁傷さま」
がっくりと肩を落とすカナ。「やっぱり変だよ。里香ってさ」そんなふうになんだか嬉しそうに、カナが言った気がしたけど、音のある世界でその言葉はすぐに別の音に紛れて消えてしまって、気のせいだったかもしれない。

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