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読書:『私にふさわしいホテル』柚木麻子

もはやこれはノンフィクションでは?

まずもって、このかわいい文庫のカバーイラスト!
長崎訓子さんというイラストレーターの手によるものらしい。

ただ、本作はこんなかわいらしいお話ではないことだけは確か。


小説家を目指す演劇サークル出身の中島加代子は、とある新人賞を受賞したものの、その後は鳴かず飛ばず。
にもかかわらず、文豪御用達といわれるホテルに自費で宿泊し、「カンヅメごっこ」をしているという変わり者だ。

しかし、毎年訪れていたこのホテルで、ある夜一世一代のチャンスを手にする。

部屋を訪れた雑誌編集者(であり大学の先輩)の遠藤から、ホテルの上階に文学界の大御所が泊まっていることを聞く。
大御所が明日の締め切りに間に合わず原稿を落としたら、代わりに自分の原稿が文学誌に掲載されるかもしれない・・・!

加代子は、とんでもない方法で大御所の妨害を始めるのだった。


なんて一幕から始まる本作。

柚木麻子さん(以下敬称略)の本を読むのは、『あまからカルテット』に続いて2冊目。

正直、『あまから~』は設定が突飛というか、現実味のあまりないミステリー寄りコメディ小説みたいな雰囲気で、あまり好きになれなかった。
でも、読後に何気なく著者の作品一覧を見ていて、『嘆きの美女』が目にとまった。

ブスで引きこもりのニート女性、池田耶居子(いけだ やいこ)が、偶然から悩みを抱える美女たちと同居することになり、彼女たちと友情を築きつつ成長する物語。

Wikipedia - 「嘆きの美女」より
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%98%86%E3%81%8D%E3%81%AE%E7%BE%8E%E5%A5%B3

この、ブスという単語にたまらなくひかれたのだ。
『あまから~』に登場する女友達4人組は、皆ひたむきで恋に仕事に全力投球。
そばにいたら誰もが応援したくなるような、真っすぐな女性だった。
(そして、それがちょっと面白くなかった)

でも、ブスで引きこもりだなんて、最高じゃないか!
そもそも人間関係がすぐぎくしゃくしちゃう自分のような人間にとって、同じくねじくれたコンプレックスの塊の顛末記を読むことは、何事にも代えがたい快楽なのだ!

とまではいかないけれど、やっぱり人間ってどこかしら欠落した何かを抱えていて、そういうことを無慈悲にえぐってくれたほうが、悲しいかな共感できちゃったりするものだと思っている。

というわけでさっそく本屋へと自転車を飛ばしたものの、あいにく『嘆きの美女』は書棚に見つけられず。
代わりに買ってきたのが、今回手に取った『私にふさわしいホテル』というわけである。


加代子は、演劇サークルで鍛えた演技力や体力を駆使しながら、あらゆる場面で他人の足を引っ張り己がのし上がろうとする。

でもそれは、新人賞を受賞したときの苦い経験によるもの。
彼女の受賞は、アイドル作家との同時受賞。同じ壇上に上がったはずなのに加代子は見向きもされず、その後本を出せる気配もない。一方のアイドル作家には、2作目の話も出ているというのに・・・。
そうした経験から、彼女は、なんとしてでも自力でどん底から這い上がろうという強い気迫に満ちあふれている。

 そうか。私は、あっと声をあげそうになる。本を出すも出さないも本来、作者である私が決めるべきことではないか。出してもらうのではなく、私が本を出すのだ。権力に屈し、編集者の顔色を窺い、何を弱気になっていたのだろう。こんなの絶対に私ではない。これくらいの逆境、絶対に撥ね返してみせる。(中略)この才能豊かな私の本がたった一冊も出ないなんて世の中、絶対に間違っている。

柚木麻子『私にふさわらしいホテル』

もちろん、冒頭で執筆を妨害された大御所・東十条からは目の敵にされ、同時受賞したアイドル作家のせいで単行本の話が立ち消えになるなど、加代子はますます本を出すという目標から遠ざかっていく。
そのたびにペンネームを変えて別の新人賞に応募したり、遠藤を裏切って他社の編集者と懇意にするなど、やりたい放題。

そのひとつひとつに人間の欲深さをひしひしと感じるし、コネや権威に塗り固められた出版業界のほの暗い部分が見え隠れする。

それを自らの悪だくみと行動力で突破して成り上がっていく加代子。
もし自分の知り合いにこんな人間がいたら、正直付き合い方を考えないといけないかもしれない。問題ばっかり起こしてるし・・・。
でも、『あまから~』でも感じた設定の突飛さが功を奏して、コメディとして笑いながら読めてしまう。柚木麻子ワールドの良さが、ここにきてやっとわかってきた、という感じである。


ところで、小説家が小説家をテーマにした作品を書くということから、どことなく本作には自伝的要素が含まれているのかもしれないなぁ、とも思える。
象徴的なのは、加代子が使うペンネームについての描写だ。

最初の新人賞を受賞したときの彼女のペンネームは、「相田大樹」。
それについては、こう書かれている。

 相田大樹。
「あ」で始まる若手の作家は少ない。どこかに「木」が入ると売れる。性別が曖昧な名前は幅広い層にアピールする。
 彼女が書店員の経験を生かして名付けたペンネームは、どうしてなかなか悪くない。

柚木麻子『私にふさわらしいホテル』

そして、出版業界から一度見放された彼女はペンネームを変えて再起を図る。その名も、「有森樹李」!

 最初は二本。今回は五本。あの森村誠一よりも「木」が多いなんて、どこまで売れる気まんまんなんだろう。遠藤はステージ上の横断幕に大書きされた彼女の新しいペンネームを見つめ、笑いを嚙み殺した。

柚木麻子『私にふさわらしいホテル』

そして、この本の著者は柚木麻子である。
本人は四本
このゲン担ぎの命名規則のくだりを見て、なんとなく文筆家としての著者本人の思いが作中に刷り込まれているのではないかと思い始め、読み進めるのがますますおもしろくなった。

そういう考え方で見てみると、作中で加代子の抱く気持ちのひとつひとつも、輝きを増して見える。
たとえばこれもだ。

編集者め。自分は何も生み出さず、こちらが血を吐くようにして紡いだ作品をまるで王様のような態度でジャッジする。気付かないとでも思っているのか? 表面上はどんなに慇懃に振る舞おうと、心の中ではこちらを常に値踏みし、小莫迦にするチャンスを毎秒毎秒、窺っていることを。うっかり気を許そうものなら、プライベートや心に秘めた決意までぺらぺらと広められてしまう。

柚木麻子『私にふさわらしいホテル』

本屋に出没する連続万引き犯を偶然取り押さえた加代子が、犯人に向かって投げつける言葉も印象的だ。

「どうせ盗むなら、売れっ子以外の本もちゃんと盗め! 口惜しかったら自分が本当に欲しい本探して盗め! 犯罪者のくせして、世の中のものさしに従ってんじゃねえよ!」

柚木麻子『私にふさわらしいホテル』

さて、作中には実在の作家がちらほらと登場する。川上未映子や角田光代、山本文雄、それに朝井リョウなどだ。
朝井にいたってはセリフまで用意されていて、なかなかの曲者として描かれている。
巻末の解説(by石田衣良)によると、柚木麻子と朝井リョウは仲良しらしい。
そうした著者自身の人間関係も鑑みると、作中での小説家たちの描写は、あながちフィクションといって片づけられるものではないのかもしれない。


頼れるのは自分だけ

筆一本で名を揚げた著者の叫びが、加代子に乗り移って響く。
痛快なコメディの裏に、物書きとしての嘆きや自負が見え隠れする。
それが本作の魅力なのかもしれない。

もちろん、この一冊をきっかけに私は柚木麻子に大ハマりした。
今すぐにでも次の一冊を手に取りたい。



さて、ここからは完全なる余談。
新潮文庫にはしおり紐が挟まれているため、基本的に紙のしおりは必要ない。
私もその備え付けのしおり紐を休憩のお供にし、章ごとに挟んでは一休みし、また読んでを繰り返していた。
最終章までたどり着いて、その残りのページの薄さに左手が手持ち無沙汰になったころ、奥付のあたりに紙のしおりが挟まっていることに気づいた。

「ブックファースト新宿店」。
大阪の古本屋で手に取ったこの本に挟まれた、東京のにおい。
ふと、角田光代の『さがしもの』を思い浮かべてみる。
旅先の本屋で。新婚旅行で訪れたリゾート地のホテルのラウンジで。昔手放したはずの本と幾度も再会する。自分が成長と停滞と後退を繰り返しながら人生を歩んでいくように、本もまた、手から手へと委ねる相手を変えながら、旅をしているのだ。
物語が、読む人にとってその色を変えるように、私というひとりの人間も、きっと差し伸べられる手によって輝いたりくすんだりする。人は簡単には変われないかもしれない。でも、かかわる人によって七色になれるはず。私という物語は、それによって琴線を震わせる誰かとの出会いを、待ち続けているのかも知れない。古本屋の棚の中、ぎゅうぎゅうに差し込まれた一冊の本と同じように。




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