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世の中的な新規事業と、自社的な新規事業の違い【初期アイデア創出ステージ】

新規事業は、それまで社内にない新しい事業創出の営みです。初期アイデア創出ステージでは「顧客・課題・ソリューション・ビジネスモデル・単価・顧客数のセット」の仮説を作りますが、世の中にとっての新規事業か、世の中には既にあるけど自社にとって新規事業か、によって取り組み方は大きく変わります。

このパターンは、大きく4つに大別されます。
 1世の中に以前から存在するが、自社にとって新規事業(既存と同じやり方で参入)
 2世の中に以前から存在するが、自社にとって新規事業(既存と大きく違うやり方で参入)
 3最近生まれた未成熟市場で新興企業は存在するが、自社はやってない事業
 4世の中にとっての新規事業

1世の中に以前から存在するが、自社にとって新規事業(既存と同じやり方で参入)

「宣伝マーケティング専門の雑誌メディアが、マーケティング専門人材紹介事業を立ち上げる」、「地域の工務店が、リフォーム事業を立ち上げる」、「ガソリンスタンド事業者が、コンビニ事業を開始する」、「印刷会社が、コンテンツ制作事業を新たに始める」など、世の中には以前から複数の会社が運営する事業を、自社でも新たに新規事業として始める場合です。
このパターンで立ち上げる事業は、以前から明確なニーズとプロダクト内容があり、ビジネスモデルや収益性も証明されています。市場規模や市場成長性も容易に把握可能で、料金の相場観もあり、顧客側もそのプロダクトを明確に認識しています。そのため試行錯誤はほとんど必要なく、成功企業のベストプラクティスを学び、取り込むことで成功確率を高められます。
「顧客・課題・ソリューション・ビジネスモデル・単価・顧客数のセット」は仮説の塊ではなく、初期アイデア創出ステージから事業企画・プロダクト企画ステージまで、直列で確度の高い計画立案をします。事業企画・プロダクト企画は、成功企業をなるべく正確に真似ましょう。

特定領域や地域での顧客基盤や知名度を活かして、保守本流事業の周辺領域に染み出すように新事業を広げることが多く、特に中堅・中小企業ではこのパターンの新規事業が大半を占めます。このパターンの新規事業の成功率は高く、日本政策金融公庫2013「中小企業の新事業展開に関する調査」によると、新規事業に取り組んだうち、約50%が「成功&どちらかといえば成功」と答えています。
コンサル会社に新規事業検討を依頼すると、出てくる新規事業案はこのパターン(もしくは後述する3)が多いです。東京で成功している事業を、ベストプラクティスと称して地方に展開する。特に外資系コンサル会社が得意とするのは、欧米で成功している同業他社の事業をベストプラクティスと称して日本に展開する新事業案です。
コンサル会社は、ゼロから事業創造することは苦手ですが、既に存在する事業を調べて後講釈で意味付けすることは得意です。欧米で成功したパターンを集め、裏づけ数字と共にきれいな企画資料を作ってくれます。

このパターンも、もちろん新規事業ですが、他のパターンと全く異なり、本ブログではあまり触れません。

2世の中に以前から存在するが、自社にとって新規事業(既存と大きく違うやり方で参入)

 「富士フィルム社が、化粧品市場に参入した(アスタリフト)」、「ソニー社が、家庭用ゲーム機市場に参入した(プレイステーション)」、「セブンイレブンが銀行業に参入した(店内ATM)」、「ユニクロが農業に参入した(生鮮野菜の生産販売)」のように、もともと市場があり既存プレイヤーもいる中に、既存と大きく異なる切り口で参入するパターンです。
このパターンは、圧倒的な技術力・知名度を持つ企業による研究資産や圧倒的技術力を基軸とする新規事業か、圧倒的な顧客基盤を持つ企業による製造機能や他業界ビジネスの内製化のいずれかとなります。 

アスタリフトを例にあげれば、当時の富士フィルム社からすれば化粧品市場は新規領域ですが、もともと化粧品市場には多くのプレイヤーがおり、しのぎを削っています。資生堂、カネボウ、花王、コーセー、ポーラなど日本化粧品メーカーや、ロレアル、ユニリーバ、P&G、エスティローダーなど世界化粧品メーカーも。化粧品実績ゼロの富士フィルムが今さら参入して成功するわけがない、と考えるのがごく真っ当です。
その化粧品市場に、ナノテクノロジー、肌内部の可視化技術、美しく見せる光のコントロール技術など、既存化粧品メーカーとは次元の異なる技術力を持ち込みました。美肌成分の主役はコラーゲンですが、実は写真フィルムの主成分はコラーゲンであり、富士フィルムでは創業期の戦前からコラーゲン研究を続けてきたそうです。シミの原因となる表皮幹細胞の分裂メカニズムを解析して肌内部まで可視化し、シミや色ムラが自然に消える工夫に光コントロール技術を活用し、写真の色褪せ予防のための抗酸化成分研究を紫外線による肌エイジング予防に活用するなど、既存の大手化粧品メーカーには技術的に不可能で、写真の世界トップ企業の富士フィルムだから蓄積する研究資産・技術力を化粧品に活用し、既存の有力化粧メーカーと次元の異なる化粧品を作り上げました。 

このパターンでは、「顧客・課題・ソリューション・ビジネスモデル・単価・顧客数のセット」検討時に、既存の解決手段よりも圧倒的に良い内容を、構築し続けることができるか早期段階から模索が求められます。また研究資産起点パターンの場合は、研究開発資産や技術力起点で、現場主導のボトムアップの取り組みよりも、経営レベルによる意を決する判断により進む新規事業です。
富士フィルム社の飛び地の新規事業の背景には、約2.5兆円の売上と1500億円前後の営業利益という超優良財務基盤と、毎年1500億円以上の研究開発投資をし続けた広範な技術蓄積があったことは忘れてはなりません。また2006年当時1万5000人いた写真関連分野の従業員のうち、約5000人削減(別部門異動含む)という大リストラも行い、会社として大危機状態にある中での"攻める or 死ぬ" という背水の陣での新事業展開でした。

3最近生まれた未成熟市場で新興企業は存在するが、自社はやってない事業

比較的生まれたばかりの新しい未成熟市場に、大手企業が新規事業を開始して後発参入するパターンです。
例えば、リクルート社の「エアレジ」新規事業も、2010年にスタートアップ企業が「ユビレジ」開始、2011年にWeb受託ベンチャー企業が「スマレジ」開始、2012年に別のベンチャー企業がモバイルPOSシステム開始し、その翌年に圧倒的な顧客基盤を抱えるリクルート社が後発参入する形で「エアレジ」を提供開始しました。
スマートフォンQRコード決済ビジネスもこのパターンの典型例です。2016年にスタートアップ企業がQRコード決済の「Origami Pay」を日本で最初に開始しました。その後2018年になると大手企業の参入が増え、ドコモ社が「d払い」開始、ソフトバンクグループが「Paypay」開始しました。2019年にはネット大手メルカリが「メルペイ」開始、KDDIが「au PAY」開始、ゆうちょが「ゆうちょPay」開始、ファミリーマートが「ファミマペイ」開始、セブン&アイ・ホールディングスが「7pay」開始と、雨後の筍のようにスマホQR決済市場の競争が加熱します。

このパターンでは、市場はまだ未成熟で、何が勝ち筋であるか、顧客は誰で何を求めるか不透明さが残る状態です。不確実性の高い中でも、大企業にとって進めやすいのは、先行企業とその企業が切り開いた市場と顕在化しつつある顧客ニーズが存在すること。市場誕生から5年10年経っていれば、市場規模や市場レポートが存在する場合もあります。
「顧客・課題・ソリューション・ビジネスモデル・単価・顧客数のセット」の仮説検討の際、世に既に存在する情報を収集し、顧客と顧客課題の定義やプロダクト検討は、先行ベンチャーの真似をしたり、先行ベンチャーの問題把握からスタートできます。先のステージでは、市場に先行ベンチャーの実績があることで、将来市場規模の想定や費用対効果を一定の根拠数字をもとに算出できるため、投資判断や事業化判断をしやすくなります。事業立ち上げ後の初期成長ステージ以降で、大企業の資本や資産を一気に投入する目処を比較的早くから計画できます。
このパターンは、不確実性の高い新規事業の典型的な進め方で進めますが、顧客と顧客課題の把握や、プロダクト案検討のために、先行ベンチャーの調査が可能、平たく言えば先行ベンチャーをパクれるという点が、進めやすさの特徴です。

未成熟市場で、大手企業が先行ベンチャーの真似をするのは別に悪いことではなく、以前から大企業の新規事業における常套手段です。
戦後、創業7年目のベンチャー企業、従業員数269名の東京通信工業社(現ソニー社)が日本初のトランジスタラジオ開発に成功、1955年に「TR-55」を発売開始しました。その後、大手名門の東芝がトランジスタラジオを販売開始して一気にソニーを追い抜き、1958年には東芝のトランジスタ生産高はソニーの2.5倍にも達したそうです。
そして1958年8月の雑誌「週刊朝日」に、このようなコラムが掲載されました。

「儲かるとわかれば、必要な資金がどしどし投じられるところに、東芝の強みがあるわけだ。何のことはない、ソニーは東芝のためにモルモット的役割を果たしたことになる」

同じ頃、大手松下電器(現パナソニック)は、先行企業の模倣の徹底ぶりが優れており、「マネシタ電器」と言われていたそうです。
当時は家電量販店やEC通販は存在せず、各地域の町の電気屋で家電を買う時代でした。町の電気屋は各メーカーの販売代理店であり、日本全国に最も多く販売店網を持っていたのが松下電器でした。
ソニーなどが新製品を開発する→すぐマネシタ→松下の販売店網で売る、という勝ちパターンの徹底により、松下電器は日本を代表する家電メーカーに成長しました。

東芝や松下電器の立場が良いと思うか、ソニーの立場が良いと思うか、好みは分かれるところですが、初期アイデア創出ステージ検討でも、先行するベンチャー企業が証明した情報を活用し、プロダクト案を真似できるのがこのパターンです。
ちなみに先のコラム掲載後、ソニー創業者の井深氏は一旦は憤慨するも、その後その皮肉を逆手に取り、内外にアピールしたそうです。

「モルモットで結構、実験動物としてのモルモットであり、開拓者。これこそがソニーのフロンティア精神」

現在、東京の品川にあるソニー本社ビル1Fロビーには、金のモルモットが飾られています。

4世の中にとっての新規事業

それまで世の中に存在しなかった、新しい事業を開発しようとするパターンです。
戦後の日本のイノベーションの代表格である、ソニー社のウォークマン、日清食品社のカップヌードル、ヤマト運輸社の宅急便(個人向け小口貨物配送サービス)などは、それまで世の中に存在しなかったものを創り出した新規事業の大成功事例です。

当時、宅急便の生みの親の小倉昌男氏は、次のように社員に語ったそうです。

「そもそも、はじめから需要など存在しないと思いますよ。需要は私たちがつくっていくものだと考えています。」

ソニー創業者の盛田昭夫氏は、雑誌週刊ダイヤモンドのインタビューで次のように語りました。

「まずモノをつくって、それがなぜ必要なのかを喚起していく。これがマーケットクリエーションでしょう。「あなたは何が要りますか」と聞いてつくったんでは遅いんですよ。」

このパターンの新規事業は、事業創造性と圧倒的な組織実行力を兼ね備えた創業者・創業家が新規事業を推進したケースが多いものの、サラリーマンによる事業創造も多数あります。
セブンイレブンを立ち上げた鈴木敏文氏は、書籍取次会社からの転職サラリーマンでした。ドコモのiモードは、生え抜きサラリーマンの榎氏、リクルートからとらばーゆした松永氏、ITベンチャーから転職した夏野氏の外様中心チームが新規事業をリードしました。プライベートジェット市場を切り開くホンダジェットはサラリーマン集団による新規事業です。

このパターンの新規事業も、初期アイデア創出ステージで「顧客・課題・ソリューション・ビジネスモデル・単価・顧客数のセット」を考え、その後ステージでも試行錯誤を繰り返します。
他パターンと異なるのは、社内外から多くの反対意見を受ける可能性が高く、新規事業リーダーが狂気のような信念と勇気を持たない限り進めることは難しいです。
ヤマト運輸社が宅急便を始めた際、同業他社から、絶対採算が合わない、無理だと言われ続けたそうです。ソニーのウォークマンは、役員会の反対を押し切って盛田氏が販売に踏み切ったそうです。セブンイレブンは、親会社のイトーヨーカ堂の創業者らの反対を押し切って、事業化を推進したそうです。


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