優秀なエース社員は新規事業に不向き【中盤:失敗が怖い編】

優秀なエース社員の多くは、新規事業にあまり向きません。このことを知らないために、優秀なエース社員に新規事業リーダーを任せてしまい、多くの新規事業が必然的に失敗してしまっています。
優秀なエース社員は新規事業に向かないのは、なぜなのでしょうか。

●成功し続けてきたため、失敗することが怖い

優秀なエース社員は、仕事において大きな失敗をせず、大小様々な成功を積み重ねてきました。常に周囲の期待を超える成果を出し続ける、誰もが難しいと思った案件を成功に導く、常に目標数字を大幅に超え続ける。そのような成功を積み重ねることで、エース社員としての周囲の評判を得ています。
一部の大企業では「バッテンがつかないこと」こそが、出世競争において重要と言われ、失敗は忌み嫌われます。成功し続けなければならないプレッシャーは大変大きいです。 

さて新規事業は、新しいことへの取り組みのため、常に試行錯誤が求められ、数多くの失敗をすることになります。「フェイルファースト(fail fast)」という言葉があるくらいで、新規事業の成功のためには「誰よりも早く、多く失敗する」必要があります。 

新規事業では多くの失敗が必然です。
一方で、優秀エース社員ほど失敗したことがありません。
そのため優秀エース社員が新規事業を推進するのが難しいのです。

常に成功する方が、失敗するより良いではないか、と思うかもしれません。
保守本流事業ではもちろんそうです。
しかし新規事業は、最初の事業案は「仮説の塊」に過ぎません。新規事業の推進は、その仮説一つ一つを事実情報をもとに実証し、仮説が間違っていたら速やかに軌道修正することをスピーディーに繰り返し、仮説のレベルを上げていく活動です。検討を進める中で、当初の仮説や拠って立つ前提が違っていたとわかることは日常茶飯事。小さな失敗をかなり頻繁に繰り返すことになります。
具体的には「ユーザーの課題はこれだと捉えていたが、実際にはそれは問題ではなく、別のところに大きな課題がありそうとわかった。関係部署に説明して、いろいろやり直さないと」「前提が違っていた、この2ヶ月の検討をゼロからやり直さないといけない。次回の経営陣むけ進捗会議で報告しないとな」「テスト的にモック製作したけど、検証ポイント自体が違っていた。モック製作費用200万が無駄になってしまったけど、どう社内に説明しよう」ということが、頻繁に発生します。

保守本流事業は、何年も、何十年も繰り返し実施されている事業や業務であり、あらゆることが高精度に整っています。ユーザーや顧客の課題がわからない、検討する前提がわからない、検証ポイントがわからない、そもそも顧客が誰か決まってない、ということが保守本流事業ではありません。
しかし新規事業は、そのようなレベルのから企画検討する必要があり、トライ&エラーを繰り返さざるを得ないのです。

優秀エース社員も「成功するために早く失敗する必要がある」ことは、頭では理解することはできます。
しかし心が拒絶します。
失敗経験がない人ほど、失敗を恐れます。
心の底では失敗したくないため、失敗しそうなことを回避したり、失敗を直視できなかったり、失敗自体をなかったことにしがちです。「失敗したくない」という気持ちを優先させてしまい、新規事業で本来行うべき仮説の検証が十分になされなくなってしまいます。

新規事業はスピーディーに推進する必要がありますが、優秀な人は失敗するのが怖いあまり、絶対失敗しない計画を作ろうと、調査や分析に必要以上の時間を費やしてしまいます。
でも、当初計画の通りに進まないのが新規事業。「フェイルファースト」というくらいで、そこに必要以上に時間をかけても、新規事業の成功確率は高まりません。
成功し続けてきたエース社員は、失敗することが怖いあまり、新しい事業の成功よりも、自身の保身を優先させてしまいます。「失敗を恐れずチャレンジしよう」という掛け声に、安易に騙されてはいけないことを、優秀なエース社員は良く心得ているのです。

●正しくあり続けてきたため、社内外から否定され続けることに耐えられない

優秀なエース社員は、大小様々の成功を積み重ねてきた人です。言い換えれば、周囲から「あなたは正しい」と言われ続けてきた人です。
周囲や上司から「優秀である」と評価され続け、自分でも自分が「優秀」だと思っており、人事評価は同僚と比べて高評価で、同期よりも早く出世し、将来の幹部候補で出世コースにのっていることもよく自覚しています。そのような自覚は、やがて責任感になります。

さて新規事業は、社外からはもちろん、社内からも「ノー」を繰り返し言われ、ネガティブな発言を浴びることになります。新規事業は試行錯誤と失敗の繰り返しです。当初の計画より進捗が遅れることはしょっちゅうで、振り出しに戻ることもあります。新事業がなかなか立ち上がらないどころか、まともな事業企画を一つも作れず1年が過ぎることもあります。
すると「あいつは優秀だと思っていたけど、全然ダメだな。花形事業にいたから、成績優秀だっただけか」なんて陰口が漏れ聞こえるようになります。

新規事業は、社内からも社外からも「ノー」を繰り返し言われるのが普通です。
一方で、優秀エース社員ほど「優秀」と言われ慣れており、否定的なことを言われ慣れていません。
そのため優秀エース社員が新規事業を推進するのが難しいのです。

新規事業に慣れている人は、社内外から「ノー」と言われるのはごく普通だと理解しています。最初の事業案は「仮説の塊」で、その仮説実証を進める中で、社外から「ノー」と早くたくさん言われる方が良いと心得ています。新規事業は社内の保守本流事業の常識と異なることに取り組むため、社内から「ノー」と繰り返し言われることも必要なことだとわかっており、そこまで意に介しません。
しかし優秀エース社員は、社外から「ノー」と言われ、「あなたの考えは間違っている」と言われ続けると、自分のプライドが傷つきます。
社内から「ノー」と言われ、ネガティブな評価が向けられることに耐えられません。自分は優秀だという自己認識が、ガラガラと音を立てて崩れ去っていく。ものごとの判断基準を自分に置かず、他者評価に依存する人ほど、「ノー」と言われ続けたときの、心理的・精神的ダメージが大きいです。



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