見出し画像

ACWRになにが起きているのか?

 最近、緊急事態宣言の解除を受けて各スポーツ団体が活動を再開し始めています。その中で再びホットワードとなっているのがACWRです。

ACWRとは?

 ACWRとは「Acute Chronic Workload Ratio」の略で「アキュート クロニック ワークロード レイショ」と読みます。主にこのコンセプトは選手が行ったトレーニングや練習の負荷を任意単位(AU)として定義し、Acute(急性)の負荷をChronic(慢性)の負荷で割ったもの(e.g., 指数平滑移動平均、移動平均)で、その値が怪我の発症リスクと関連があることが報告されています(1)。最近ではIOCのガイドラインにも載るほどで、その地位を確固たるものにしています。細かい算出法などは他のサイトが詳しいので、そちらを参考にしていただくといいと思います。


 そして、この概念は2016年にTim Gabbett博士が論文として統合的にまとめて発表したことによりスポーツ界で大きく広まりました(1)。その要点は以下の通りです。

1. ACWRが0.8を下回ると怪我のリスクが大きくなる。
2. ACWRが0.80-1.30の時には怪我のリスクが少ない(通称:Sweet spot)。
3. ACWRが1.5を上回ると最も怪我のリスクが大きくなる。


つまり、めちゃめちゃざっくり言うとACWRは0.8-1.3に留めておくと怪我のリスクが小さくなりますよ。ということです。

異論が投げかけられる

 このACWR、概念が理解されるにつれて瞬く間にスポーツ界に広まり、それに伴ったスプレッドシートなどを用いて怪我のリスク管理がなされるようになってきました。しかしそ2019年、シドニー工科大学の教授であるFranco Impellizzeri博士がACWRについて異論を唱えるプレプリントを公開しました。

その中で彼らは元となったGabbett博士らの論文内(2)において提示された図のデータの扱いに対して以下のように疑問を呈しています。

1. ACWRが0.5-1.0になった場合。midpointの0.75がACWRスコアとして採用されている
2. endpointが0.5-2.0であり、それ以下もしくはそれ以上のスコアであっても0.5もしくは2.0として扱われる
3. 元になった論文(3.4)と怪我のリスクは都合よく組み合わされている
4. 元となった論文ではSweet Spotは確認されておらず、元論文のデータを改変して生まれた概念がSweet spotである。根拠は何もないし、他の論文でもその概念は支持されていない

さらに彼らは2020年にプレプリントにて、ランダムに生成したACWR及びAcute workout loadと怪我のリスクには何も関連がみられないことを報告しています。↓

https://www.researchgate.net/publication/339721281_Acute_to_random_workload_ratio_is_'as'_associated_with_injury_as_acute_to_actual_chronic_workload_ratio_time_to_dismiss_ACWR_and_its_components

また、その結論にて「ACWRという概念はもうやめるべき」「先行研究の結果は再考されるべきであり、雑誌の編集者もこれを認めなさい」と結構辛辣なメッセージを出しています(筆頭著者のFranco博士は学会にて、あくまでも個人を攻撃することを目的としたものではないことを強調しています)。

そして最近、ついにIJSPPにFranco博士を筆頭とするACWRに関する論文が掲載されたという報告がありました。つまり、今まではプレプリントでしかなかったものが、正式に査読を経て論文として認められたということです(5)。

どうればいい?

 中には「もうACWRとっちゃんてるんだけど、、、」という指導者の方もいると思います。ですが元となる論文の統計学的問題が出てきてしまっており、それを論理的に批判するような論文が出てきてしまった以上、しばらくACWRの算出はやめたほうがいいのかなぁと言う印象です。というのも、このACWRという値に引っ張られるがあまり、データを過信してしまうという問題があるからです。

最後に

 皆さんはACWRを約束された概念として過信していませんか?上に挙げた他にもACWRは非常に多くの問題を抱えていて(e.g., 負荷の決定)必ずしも完成された概念とは言い切れなくなってきています。使うな!とは言いませんが、しばらく慎重になりましょう。


参考文献
1. Gabbett, T., 2016. The training—injury prevention paradox: should athletes be training smarter and harder?.British Journal of Sports Medicine, 50(5), pp.273-280.
2. Blanch P, Gabbett TJ. Has the athlete trained enough to return to play safely? The acute:chronic workload ratio permits clinicians to quantify a player's risk of subsequent injury. Br J Sports Med 2016;50(8):471-5. doi: 10.1136/bjsports-2015-095445
3. Hulin BT, Gabbett TJ, Blanch P, et al. Spikes in acute workload are associated with increased injury risk in elite cricket fast bowlers. Br J Sports Med 2014;48(8):708-12. doi: 10.1136/bjsports-2013-092524
4. Hulin BT, Gabbett TJ, Lawson DW, et al. The acute:chronic workload ratio predicts injury: high chronic workload may decrease injury risk in elite rugby league players. Br J Sports Med 2016;50(4):231-6. doi: 10.1136/bjsports-2015-094817
5. Impellizzeri FM, Tenan MS, Kempton T, Novak A, Coutts AJ. Acute:Chronic Workload Ratio: Conceptual Issues and Fundamental Pitfalls [published online ahead of print, 2020 Jun 5]. Int J Sports Physiol Perform. 2020;1‐7. doi:10.1123/ijspp.2019-0864

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?