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いずい は いだい |久世ののか

「いずい」は偉大だ。
あまり方言はつかわないけれど、「わや」と「いずい」はよくつかう。
この2つはベストオブ北海道弁に認定したい。
「いずい」は標準語だと「なんだかスッキリしない」「いごこちがわるい」となるのだろうけれど、微妙に違う。

「親知らずが生えてきていずい。」「このマフラーなんかいずい。」といった風に使う。
しまいには「いずいが説明できないのがいずい」となってしまう。とにかく「いずい」は使い勝手がいい!

「いずい」はどちらかというとマイナスな、落ち着かない状態を表している。いずさはスッキリ解決できたら楽だが、ずっと続くとかなりしんどい。どうしても我慢できないほど不快ではないけれど、無視できるほど小さなものでもない。どうにも気になってしまう違和感。


高校3年の時、私はまさにそんな状態と戦っていた。
当時、あるワードに敏感になっていた。

「リケジョ」

この言葉を聞かないことを日々願っていた。
しかし世間では「リケジョ」「理系女子」ブームが真っ盛り。街中にそうした煽り文句があふれかえっていた。
受験を控え、大学の数学科を目指すと公言していた私も「数学?流行りのリケジョじゃん。すごいね」といわれることが多かった。
けれど、「リケジョ」といわれる度に違和感をおぼえ、猛烈に反発したくなっていた。

数年たってブームは落ち着き、油断しきっていたところを不意打ちされた。今度は大学である学生から声をかけられたことが原因だった。
講義中に机を動かすことになり、使っていた机を運び始めたところ、近くにいた男子学生がこう言った。

「無理しなくていいよ。女の子なんだから。」

私はいわゆる「女の子扱い」になれていない。
中高6年間の女子校生活で叩き込まれたことは「自分のことは自分でする」ということだった。
ディズニープリンセスも王子様が現れるのを待たずに飛び出していく時代、自分の人生は自分の力で切り開かなくては意味がない。
他人に頼りきるのは楽だが、自ら飛び込んで、(時には失敗もして)試行錯誤していった方が人生何倍も楽しめる。そう信じているし、そうありたいと思っている。
ちなみに、母校のホームページでは生徒像を示す言葉として「たくましさ」が掲げられている。自身の学生生活を振り返って、ものすごく納得するキーワードだ。

そんな環境で育ってきたから「女の子だから」といわれたことに動揺し、一瞬固まった。
その後「これ!漫画のセリフ!ホントに言う人いた!」と感動し、同時に「小学生じゃあるまいし」と少しムッとした。

この違和感の正体を教えてくれた人たちがいた。このイラ立ちの原因は「ジェンダー」というものだった。
ジェンダーとはざっくりいうと、世間一般の人が何となくイメージする「男らしさ」「女らしさ」のことである。

「数学?(女の子なのに珍しいね。)流行りのリケジョじゃん。(わざわざ理系に行って勉強するってことは、何か理由や夢があるんでしょ、)すごいね」

「無理しなくていいよ。女の子なんだから(男より体力がないし、男が女に物を運ばせたら悪いでしょ)。」

ジェンダーを知ってから振り返ると、聞こえていなかった声が聞こえる気がした。
もちろん、完全なる想像・妄想だ。けれど多かれ少なかれ、無意識のうちにこうしたイメージが私にむかって発せられていたのは確かだった。
多くの人にとっては、理系に進む女子は珍しく、女は男ほどの力はないのだ。
だから理系に進み、それも数学なんて身にならない学問に進む人には特別な理由があるはずと思い、女に物を運ばせる男は「情けない」となるのだ。「数学好きだなー。せっかくだから大学でもうちょっと勉強してみよう。」という能天気な女子高校生や、男より力がある女は想定外なのだ。
個人ではなく、「女」という巨大なくくりでみられている。その「女」に当てはまらない、どこかはみ出したり、足りていない。
そうした「ズレ」が私に違和感、「いずい」という思いをさせていた。

札幌市男女共同参画センター というところで私は「ジェンダー」を知った。
ジェンダーが身近にあふれていること、それが引き起こす問題、つらさを知った。
ジェンダーという、とても抽象的で、それでいて確実に存在しているものを一度知ってしまうと、それまで見えていた景色が一変した。
そして、今まで見ていた景色の外に、それまで見えていなかった限りない空が広がっていることを知った。


このコラムを「小さい空を、のぞいたら。」と名づけた。

一人ひとりが見る景色は私たち自身の経験から見えているもの、見たいと思って見ているものでできている。それは世界のほんの一部で、大きな宇宙のひとかけらの空に過ぎない。
けれどそこに、新たな知識が入ったり、それまで見えなかったものを見ようと隅々まで意識を広げると、景色は変わる。見る広さは変わらないけれど、見えているものの深さ、細かさは変わっていく。
そして互いが見ている空をのぞきあっていくと、小さな空がつながって、大きな空になっていく。
このコラムで、皆さんの見ている景色がより深くなっていったり、全く新しい景色を届けられたらうれしい。

どうか、みなさんの明日の空が少しでも晴れやかでありますように。


久世 ののか(札幌市男女共同参画センター職員)
プロフィール
旭川生まれ、札幌育ちの道産子。2018年4月より、エルプラザ公共4施設で勤務。現在は、札幌市男女共同参画センターで主に事業運営に携わる。読書とお菓子が好き。最近の目標は、たくさんの人とつながって、新しいことに挑戦すること。エルプラザで見かけたら声をかけてください!

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