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 今日は妙に暑い。はっきり言って異常なほど暑い。
 バイト先で「今日暑くないっスカ!?」
 帰宅して「今日暑くなかった?」
 友達に会って「今日暑いよねえ〜」
 2月だというのに、東京の最高気温は23.7℃を記録したそうだ。
 車の後部座席には、机と椅子が積んである。ついこの間まで舞台で小道具として使っていたものを自分の部屋に置くために譲り受けに行ったのだ。帰り道、タイムフリーで聞いていたラジオは少し前に終わり、しばらくの無音が訪れる。僕は休憩がてらコンビニに寄って、今年初のアイスコーヒーを飲む。

 頻繁に運転するわけじゃないし、初めての道を通っている。日常とすこしだけズレたこんな夜は、胸がザワつく。何かを生産しないとという衝動に駆られる。書くでもいい、体を動かすでもいい、構想を形にするでもいい。動いていないと世界に取り残されていく、そんな焦燥感と孤独に苛まれるのはきっとこの変な気温に充てられたからだ。
 制服姿の高校生たちが目の前を通り過ぎていく。前のカゴには買い物袋、後ろにはベビーシートがついた自転車を、母親が真剣な顔で漕いでいる。何台もの車が目的地へ向かっていく。みんな、動いている。

 自分はこうしていればいい。この場所にいれば、この人といれば、どうにかしてくれる。そうやって枠組みやシステムの中にいるというのは安心するし、大きな流れに身を任せていればいいというのはとても楽だ。でもその安心感に身を委ねすぎてしまうと、一日はあっという間に終わって気がつかないうちに世界は僕を取り残していく。自分のパフォーマンスを引き出すのも、自分を成長させるのも、いつだって自分自身だ。流れがそうしてくれるわけじゃない。停止した車の中で、そんなことを思う。

 環境や他人の言葉、姿勢に影響を受けて、良さを引き出してもらったり、エネルギーをもらったりすることはたくさんある。けれど、それを経験値にしてレベルアップにつなげるかは、結局自分がやるかやらないかに委ねられている。
 例えば、帝国劇場で上演する作品の稽古に参加していればとりあえず帝国劇場には立てるわけだけど、それをいいパフォーマンスにするのも次に繋げるのも成長につなげるのも全部自分次第。「帝国劇場に立った」というゴールでその物語が終わるのか、「クリエターとしてひとつ大きくなった」という実績を獲得して、壮大な物語はもっともっと続いていくのか。それは自分が決めていい。
 このゲームの勇者は、僕だ。

 コントローラーの代わりにハンドルを握る。車の流れに合流して、家に向かう。流れに乗って一緒に走るトラックも、軽自動車も、バイクも、みんながそれぞれの場所へ向かっている。

 そうだ、この前までの公演は確かに楽しかった。
 王様から貰ったクエストクリアの報酬が、後部座席から部屋に移されて、アジトの機能が拡張される。紙袋に溜め込んだ差し入れのお菓子を食べると、いままでのことが経験値になって、レベルが上がっていく。コントローラーをハンドルからペンに変更すると、ゲームは次のストーリーへと進みはじめる。少し強くなった勇者の新たな冒険を祝福するように、季節に似合わない暖かい風が吹き抜けていった。


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東京都在住の23歳。俳優。エムキチビートラボメンバー。 CLipCLover所属。
「川﨑志馬」と書いて「かわさきしま」と読みます。

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