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奴隷になるためのミルクティーの話

他人のプレイレポを書いている、と話すと、おおむねは奇異な目でみられる。だからそういうときは、この話を読んでもらうことにしている。

ある女の子に出会ったのは都内の某SMバーでのことで、仲良くなるのにそう時間はかからなかった。物書きを趣味とする筆者は、彼女の話を聞くうちに、小説の題材になってくれないかと熱心に頼むことになる。どうやって今の彼女になったのか、とても興味がわいたから。聞いた話を換骨奪胎し、読んでもらい、また修正し、追加で聞かせてもらったセリフを足して……とても楽しいやり取りだった。

だからこれは、実在の人や場所に関わるものではない。あくまでも嘘のお話。彼女のことを探すことも、たぶんできないと思うし、しないでほしい。ただ、筆者が彼女と話した時間だけは本当のものだから、そのつもりで読んでいただければと願う。

奴隷未満の女の子と、ご主人様になってほしいひとのお話。



背の順ではいつも前から2番目か3番目の身長。ぷにぷにのお肉。丸い額とたれ目で、幼く見えるのがコンプレックスだ。その手のバーやイベントに通いはじめてから、虐めたくなる、と言われることが多くなった。

でも、わたしが本当に痛めつけてほしいひとは、そう言ってはくれない。すらっとしたモデル体型の子ばかりを何人も侍らせて、今日も傲然と座っている。

わたしがご主人様と呼びたい方、Kさんは、加虐趣味の男性だ。漫画描きの趣味が高じてSMものの取材として訪れたイベントで、うっかり出会ってしまった。上質なスーツに知的な面差し。かなり歳上で、でも、年齢を感じさせないハリのある声。

「試しに、虐めてあげましょうか」

わたしはよほど、熱のこもった目でかじりついていたのだろう。そんな言葉をかけていただいた。縛られて、殴られて。今思えばずいぶんと手加減されたものだったけれど、この人に与えられた痛みが快感に変わることを知った。そこから、彼のサロンに通うようになるまではすぐだった。女の子を奴隷として何人も侍らせる、彼の住処。

こういうの、多頭飼い、と言うらしい。わたしはまだ、飼ってほしいなんて言えるような関係性でもないし、彼の好みの見た目でもない。そんな子が迷い込んでいっても構ってくださるのが、彼の懐の広さのようにも思う。

その日は、他の子が、到底こんなところでは話せないような虐め方をしてもらっていた。わたしはその撮影を命じられていた。ハードなもので、わたしもやってほしいとまでは思えなかったけど、言われた通り、ファインダーから目を離さないでいる。おなかの底がぎゅんぎゅんと疼いていたから、いいところでばかり手振れを起こして、こらえるのに必死だった。


カメラをチェックしていたKさんから呼ばれる。手振れはばれなかったものらしい。あるいは、カメラの手振れ補正機能に助けられたのかもしれない。いつものソファに座っているKさんの足元に座ると、ご褒美の時間だ。

脚で首を挟まれる。Kさんの長い脚が何度も組み替えられて、繰り返し、苦しい形で首を絞められた。このときに、彼の滑らかなスーツにファンデーションがつかないよう、下地と透明のお粉だけでベースメイクをする。こういう配慮も、最近覚えたことだ。

Kさんの膝の間で、私の右腕の関節がきまっている。右足がお腹に向かって振り下ろされる。革靴の踵がドスドスと下っ腹に食い込み、痛みと共に子宮を揺さぶる。

以前蹴っていただいたときより革靴が柔らかい。この靴は、女の子たちの皮膚でなめされているのだろうか。革の重たい感触を感じる。

これは以前から何度かされている虐められ方だ。腹筋に力を込めると硬いもの同士がぶつかるから痛いんだと、前回理解した。今日も力を抜いて、快感を拾いにいくと、甲高い声が出る。体の震えの波が引いてゆくと、テンポはそのままに、鳩尾にむかって踵を叩きつけられる。

感じ入った声の色が段々と変わる。喘ぎ声がうめき声になり、徐々に苦痛が滲む。

苦痛一色に変わったところで、パッと両脚の間に顔を挟み込まれる。Kさんの親指の関節が、わたしの右の頬骨にくいこむ。指で押し上げて、脚の力でさらに締め上げられる。小顔マッサージなんかで感じるあの痛み。あれが純粋に強くなった感じ。

突然痛みの種類を変えられて上ずるうめき声に、「頬骨痛いな、なぁ」と楽しそうにお返事が返ってくる。たぶん今頃、目尻にうれしそうな皺が寄っていることだろう。

そのままKさんの脚が下に動いて、今度は首を締め上げられる。ときどき、息を漏らすことができる程度に、わずかに脚が緩む。ふふっと楽しそうな声が、上から漏れ聞こえてきた。 

私の苦しみがKさんの愉しみになって、それが私の悦びに変わって、この時間が幸せ。今日はずいぶん長く構ってもらえて嬉しいなぁ。いいのかな?
今度は指で頸動脈を押さえて、意識が飛ぶ寸前まで首を絞められる。縁が暗くなって行く視界とぼんやりする頭。
「まだ落ちない。まだ落ちない、まだ大丈夫」
と、優しく声をかけられる。

脚の締め付けと酸欠から、解放されるのは突然だった。Kさんはサッと立ち上がっていかれた。他の子のお相手もあるだろうし、今日はもうかまっていただけないだろうな。

床に取り残されたわたしは、呼吸を落ち着けてから立ち上がる。髪や衣類の乱れを整えていたら、Kさんが木製のパドルを持って帰っていらした。持ち手から柔らかく曲がった優美な形。人を叩くためだけに存在する道具がこんなにきれいでいいんだろうか。

左手に髪の毛を掴まれて、ソファの下に引きずり戻される。
「もう終わりか?もう終わりか?」って右手のパドルでぺしぺしお尻を叩かれて、混乱と痛みでキャンキャン鳴いた。

今思えばこの時は相当軽く叩かれていた。それでも、心の準備がなければびっくりするくらいには痛いのだ。力を込めてお尻に振り下ろされた木製のパドルが尋常じゃなく痛くて、床に突っ伏して叫ぶ。

「尻上げろ」

とお声をいただいて、なんとか従う。そのまま尻に振り下ろされたパドルに息の続く限り叫ぶ。吐き出せるものを出し切った後に吸い込んだ息も、後を引く痛みのせいで、泣きの入った吠え声に変わる。頭の上からKさんの高笑いが聞こえる。

「アッハッハッハ!!フハッ、ハハハハ!!」

あぁ、泣き叫ぶ私が面白いならよかった。この時間を楽しんでくれていて、すっごく嬉しい。でも気持ちとは裏腹に、お尻は痛みに耐えかねている。パドルをピタピタ当てられるだけで勝手に跳ねる。一歩前に出るように指示を出され、四つん這いのまま進んだ。

「腕だけだ、腕だけ」

と言われて、脚だけ戻す。四つん這いだった先ほどよりも、体勢に遊びが少なくなった。恐怖にビクつく腰が、逃げられない。

「んー、痛いなぁ、ここだなぁ」

優しく話しかけられ、逃げ場がない。そのままひたひたとパドルをあてられる。恐怖と喜びでもみくちゃ。半ばパニックだ。痛い。痛いよ。情けなく泣き叫ぶ。痛いですと丁寧に言えない。そんな余裕が無い。Kさんが、また楽しそうに笑う。

「あと3発。受けられるか?」

よく覚えていない。でも、受けられますとかお願いしますとか言った気がする。以前ケインを受けた時は12回って言われたから、あと3回でいいんだとホッとしたのは記憶にある。

「よし、がんばる。」

優しいトーンと、自分で言ったんだからな?とでも言わんばかりに言い切る口調で、ふわふわの頭の中をまたもみくちゃにされる。
パドルが振り下ろされる。叫び声が上がる。無意識のうちに逃げようとして手足がジタバタ動く。

 「あと何回だ?」

2回です、とお伝えする語尾が濁る。

「じゃあ尻上げろ」

もう腕を立てる余裕がなくて、お尻だけをなんとかあげた。「まぁいい」という気のない声とともにその声の穏やかさに釣り合わない激痛が飛んで来る。悲鳴が上がる。腹ばいになって、手足をじたばた動かす。

「はい、すぐ起きろ。」

はい、と声を振り絞ってお応えする。あと1回。これで終わり。そう自分に言い聞かせて。痛みも引き切ってない身体に気合を入れ直して、腕ごとえいっと起こして四つん這いにもどる。そこからはよく覚えていない。

痛みに悲鳴をあげて床に爪を立てているわたしの髪を掴んで、Kさんが持ち上げた。

「よし、がんばった」

膝の間に座らせられる。広げられた両手の間に飛び込んでぎゅっと抱きつく。いい匂い。暖かい。嬉しい。

「頑張ったなぁ。痛かったなぁ」

左手で頭をわしわしとなでられて、右で背中に平手を落とされた。
もうおしまいだと思っていた痛み。さっきと違う場所に与えられる痛み。不意打ちの、幸せしか受け取る用意をしてない心に打ち込まれる痛み、痛い、背骨周りの肉の薄いところに立て続けに平手をされる、痛いよ……!

「そうだ、もっと泣け。」

暖かい責めだった。ちゃんと、姿勢を保てなかった自分ごと“そうだ、それで良い”と言ってもらえた気がして、ひどく安心したまま、痛みにわんわん泣き叫んだ。

「さっき撮りながら震えていたろ。こうなりたかったんだろう、もっと泣け」

あ、わかっていただけていた。脳髄が溶けそうだ。いつもよりもずっと長くよしよししてもらった気がする。

それでも、いつもそうだけれど、向こうからこの時間の終わりを告げられるのが怖くて、嫌で。喜びや安心にとっぷり浸かった思考が少しでもクリアになってきたらすぐに自分から一歩離れる。ありがとうございました、と頭を下げた。

「よし!」

いつものお返事をいただく。そうだ、さっきはいつものこの、プレイの終わりを告げる挨拶をいただいていなかったな。


立ち上がるとお茶を持ってくるように命じられ、キッチンに向かった。お茶……淹れたらいいのかな。戸惑っていると、奴隷の女の子が1人、こちらに向かってきた。顔は知っているけれど、面と向かってきちんと話すのは初めて。すらりと背の高い彼女は「教えてあげるね」と微笑んだ。

カップを温めること。紅茶は95度で淹れること。ミルクを40度まで加熱すること。温めすぎると牛乳の嫌な匂いが出るから気をつけて。カップのこの模様までお茶を入れたら、ミルクを静かに注ぐこと。

「今日は私が作ってあげたから、次はあなたがやるんだよ」と言われて、持っていく。あ、これ、奴隷の役割なんだ、とそこで気づいた。
 
はじめて足置き以外の役割をもらった、特別な日になった。いまは、次お会いできる日のためにダイエットしている。ご飯、飲み物、いろいろなものをローカロリーに置き換えたけれど、同じ作り方のミルクティーだけは飲みながら。



彼女が言うほどに痩せる必要があるとは、筆者には思えなかったけれど。話すほどにほのかに赤みを増す、透き通りそうな頬に目を奪われながら、聞いた話。

ライター:全回答


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