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熱々のつゆ蕎麦、待つ間

年の暮れ、大掃除の合間の昼食は
手っ取り早く済ませたいもの。
僕はカップ麺が多い。
今日はどん兵衛の天ぷら蕎麦。
勿論、緑のたぬきも大好きだ。

ストーブもヒーターも点けてない部屋。
蕎麦のプラスチックのカップに熱湯を注ぐ。

その湯気を見ていて、ふと思い出した。

小学5年生の頃、
代々木の予備校で冬期講習を受けていた。
その校舎4階の大教室には
殆どの生徒が一人で通い、
いつも静謐な空気が漂っていた。

休み時間には気付かないのだが
授業中に限って、どこか空腹をそそる
美味しそうな匂いがしてくる。

蕎麦のつゆの香り。
その校舎の1階には
立ち食いそば屋「梅もと」があった。

午前の授業は確か1コマ45分で計4コマ。
僕は1コマ目が終わる9時15分になると
もの凄い勢いで階段を駆け下りる。
そして、食券売り場でかけそばを注文。
確か300円だったと思う。
いずれにしても、小学5年生がお小遣いで
気軽に食べれる値段だったはず。

醤油と鰹の香りに包まれて、
僕は立ち食いカウンターでひとり、
熱々を頬張る。
刻み葱を大量に入れ、七味唐辛子も。
ときに、生卵をトッピングで入れる。

その美味しさに割り箸の動きが早い早い、
ズルズルっと、勢い良くかきこむ。
僅か5分で、つゆの最後の一滴までをも
飲み干し完食。
あとは、ゆっくりと階段を上がり、
何の自慢にもならないが
楽勝で9時30分の授業に間に合っていた。

あの予備校はまだあるのだろうか。
「梅もと」は?
僕に立ち食い蕎麦の醍醐味を、
つゆの味と香りが染み込むように、
濃密に教えてくれた存在が確かにあった。

以来、僕は全国のどの駅に行っても、
時間があれば無意識に、条件反射で
立ち食いそば屋を探すようになった。
今でもあの醍醐味、味と香りを
追いかけるているのだ。

北の地の、吹雪の駅での
一杯の蕎麦は格別。そんな季節になった。
風が冷たい程に、つゆの風味が引き立ち、
旨味が染み込む。
至福の世界が立ち上がってくる。

これもまた、この国に生まれて
良かったと思える瞬間。

こんな感染拡大下、
自宅で妄想するしかなく、
せめて寒い部屋でのカップ麺。

そんなことを考えていたら、
もう5分も経過していた。
おっとっと、そばが伸びないうちにと、
熱い蒸気を纏ったフタをゆっくり開く。
後乗せのかき揚げも忘れずに。

今日は生卵をおとすかな。

このカップ麺一杯が食べれるだけで
「ふぅーっ」と、心安らぐ。

いつかまた、あの雪舞う駅舎の立ち蕎麦へ。
そしていつか、代々木にも立ち寄ろう。

「雪の駅舎や探す立ち食い蕎麦の香」弥七


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